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第十三話 私はズボンを作るんだ

 私たちは一度、カーターの家を出てから、ロバに野菜を載せてもう一度戻って来た。

 すぐに戻るのはちょっと気まずかったけど、街に入る言いわけは必要なくなったし、荷物を軽くしておきたかった。

 野菜はその場で、カーターが買ってくれた。

 その日の晩、宿の部屋が少し広くなった。


 翌日、私たちはカーターさんに教えてもらった仕立屋を訪ねた。

 私は、昨日着ていた服の背中に穴を空けてしまったので、カーターさんの奥さんの服を借りて着ていた。

 大通り沿いだけど間口の狭い店で、入口の脇には鋏と糸巻きを描いた木製の看板が吊るされている。

 開け放たれた入口から中を覗くと、手前の作業台にいる男性と、奥に座る女性が見えた。

 店に入ると、声を掛けられた。


 「いらっしゃい」


 作業台から顔を上げた男性は、老人というほどの年ではないようだけど、痩せぎすで顔は皺くちゃだった。その声は、歓迎よりも疑問の調子が強かった。

 作業台は大きく、店の中央を占めていた。その上には布や糸、鋏などが並んでいる。壁際の木箱には、色の違う布が何本も巻かれて立てかけられていた。

 奥で布を繕っている女性は、奥さんだろうか。


 「あの、カーターさんから、ここで服を作ってもらえるって」


 私がそう言うと、そこで男性は合点がいったような顔をした。


 「ああ、君たちだったのか。もっと年配の女性たちだと思っていたよ。服を三着ずつ作るなんて、それなりにお金がかかるからね」


 「よろしくお願いしま~す」


 ミルカが元気よく返事をする。

 店主だろう、その枯れ木のように細い男性が、麻紐に印をつけながらミルカを採寸していった。


 その間、私はお願いする服について考えた。

 この辺の女の人たちの服と言えば、スカートの裾が足首まである長袖のチュニックだ。

 でも、これからの旅で加速する機会があるだろうし、長いスカートでは動きづらい。


 「それでは、今度は君の番だよ」


 やがて、ミルカの採寸が終わり、私が声を掛けられた。


 「あの、私、ズボンを作って欲しいんですけど」


 そう言った瞬間、ミルカはポカンと口を開けた。

 店の奥に座っていた女性も、目を見開いて裁縫の手を止めた。


 「あ~、何というか。女性がズボンをはくというのは、すごく奇妙なんだが…」


 店主は、困ったようにそう言った。


 「私たち、これからきっと長い旅をするんです。それで走らなきゃいけないこともあると思うので」


 「いや、ズボンをはいたからって、野盗や狼から逃げられるわけじゃ」


 加速。


 私の目には、周りの全ての動きがスローモーションのように変わる。

 私は店の石の床を踏み込んで、走りだした。

 手首の穴から空気が入り込み、袖とチュニックの背中が膨らんだ。

 両足にスカートが絡みつき、足の間も風をはらんだ船の帆のようになった。

 台風の中を進むようで、一歩を出すのも苦労する。

 無理して進んで服が裂けても困るので、全力は出せない。

 ミルカを回り込んで、背中から店主の肩に手を置く。

 実際に動いたのは、ほんの五歩の距離だった。


 解除。


 「ふぅ。こんな風に、スカートじゃ走りづらいんです」


 店主が首を回して、私の方を向く。

 度肝を抜かれたように目を見開いた店主が言った。


 「は、速い」



 結局、私はズボンを作ってもらえることになった。

 それも走る時に無駄な膨らみが出にくいように、なるべく私の脚に合わせてだ。


 ただ、ここで問題なのが、採寸は店主、つまり男性がするということだ。

 どうもこの工房は、採寸して布を裁断するところまでを店主が、その後の裁縫を後ろの奥さんがするらしい。

 採寸を奥さんに代わってもらえるよう言ったが、現代のメジャーと違い、目盛りのない麻紐で測るにはノウハウいるらしく、奥さんではできないということだった。


 枯れ木のようなおじさんとはいえ、男性に服の上からでも腰回りを測られるのは抵抗があった。

 でも太腿は、今の足首までのスカートを、片脚だけとはいえ腰近くまでめくり上げないといけない。

 仕方がないので、恥ずかしい思いをしながらめくり上げていくと、店主が首を傾げた。


 え、何? こんなところで、首を傾げられても困るのだけど。


 「スモックは……」


 「あっ」


 ミルカの着替えを見ていて分かったけど、この世界の女性はスモックという、シュミーズのようなものを下着にしている。ただし、袖は七分丈ぐらいで、裾も膝下まである。そしてパンツは穿いていない。

 ただし、私はこの日、日本から持って来たパンツを穿いていた。スカートをめくってもスモックが見えないので、下着を着けていないと思われたかもしれない。

 困惑する店主と、どう言っていいか迷っている私を見て、ミルカの行動力が悪い方に出た。


 「リンさんは、ちゃんと下着は付けているのです。でも、エッチなのです」


 そう言って、私がゆっくりめくり上げていたスカートを、勢いよくめくった。


 「エッチだな」「エッチね」


 店主と奥さんの口から、ポロリと漏れる。

 私は赤面しながらミルカの手を払いのけ、両頬を掴んで引っ張った。


 「コラ、ミルカ~~!」


 「い、痛いでひゅ~」


 店主が斜め上を見ながら思案している。


 ちょっと、何を考えているの?


 「そんなに短くちゃ、チュニックが汚れやすくならないかね」


 どうやら、彼が考えていたのは、服の汚れだったみたい。

 毎日お風呂に入って下着を替える日本と違って、こっちでは下手したら下着も数日着続けたりする。

 だから、下着が短いと上着のチュニックが汚れることを、問題だと思ったみたい。

 それはそれで、私の心境としては複雑なのだけど。


 その後はミルカを睨みながら、自分で片脚だけ出して太ももや膝、ふくらはぎなんかを測ってもらい採寸を終える。

 それからわたしたちは、服に使う生地を選んで、店を出た。

 八日後には全部できるけど、六日後には出来ている分だけ取りに来てもいいらしい。

 恥ずかしい思いをしたけれど、新しい服が出来るのは楽しみだ。

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