第9話「Goodbye Girl」
翌日、バネッサとあまねは木の実を拾い、緑団子を食べ、あちこちを探索するといった、これまでと変わらぬ日中を過ごした。
歩いている最中、あまねが質問する。
「バネッサさん。他の魔法は持って無いのですか?」
「ありますよ。ただ、他の魔法は今回のケースに合わなくてですね」
「……そうですか」
「ごめんなさい、魔法も大して万能じゃないのです」
バネッサが遠くを見つめる。その横顔が何だか寂しくて、あまねは次の言葉が出せなかった。
その夜、焚火の前であまねは決心したようにバネッサに伝えた。
「バネッサさん、記憶の消去、お願いします」
「そう、ですか。分かりました」
「……消したいのは、あの」
「あ、それは口にしなくて良いのです。なるべく詳しく正確に思い描く必要がありますが」
「……えっと」
「ちょっとこちらの都合の問題もありまして、魔法をかけるのは明日の朝にしましょう」
◇ ◇ ◇
やはりこれは残酷な道具だ。忘れたくてたまらないものを詳細に思い描く必要とか。
真横で眠っているあまねの横顔をみながらバネッサは思った。
◇ ◇ ◇
翌朝、焚火の後始末が終わっていない事に、あまねは少し驚いた。
毎朝のトレーニングらしい槍の訓練をしていたバネッサが、起き抜けのあまねに声を掛ける。
「朝ごはん、マシュマロ焼こうと思って」
「あ、朝に食べるのは久しぶりですね」
焚火を囲んで、だまってマシュマロを齧る。
バネッサは今日が最後だからマシュマロを炙ってくれたのだろうか。
「あ、『忘れる魔法』なんですが、終わったらあまねさん、少し寝ちゃうんです」
「……はい、わかりました」
「一応、先に教えておかないとと思って」
焚火の片付けを終え、荷物も整理した。
「ここからどこに行って魔法掛けるのですか?」
「水のある所が都合が良いのです。ですので川辺まで行きましょう」
移動中、あまねはいつもより無口なバネッサが気になった。
魔法使うときは色々あるのかな、とその程度で考えていた。
程なく二人は川辺に到着した。少し見覚えがある気がする。
家出した当日、川に落ちた付近ではないだろうか。
「じゃあ、始めますね」
「……お願いします」
「この三角の赤と青の宝石を指で触れてください。私はこちらの紫の宝石に触ります」
「はい、これで良いですか」
「では私はしばらく黙ります。あまねさんはその間に忘れたいことを、順番に頭の中で考えて下さい。考え終わったら終わりましたと口にしてください」
「終わりました、は声に出すということですね、分かりました」
「……では始めましょう」
バネッサが持つ道具から、小さく高い音が聞こえる気がする。
少し怖くなったが、バネッサを信じて一生懸命考える。
二つの忘れたいこと。
思い出すのは辛い。
でも、忘れないと前に進めないのだ。目を閉じて思い出す。
一つ目。右手で触っている宝石が熱くなって震えてきた。
二つ目。左手の宝石も同じだ。ビリビリと震えている。
両手の親指がビリビリしている。大丈夫…きっと大丈夫。
嫌なことを忘れたら、自分の問題が解決したら、またバネッサに会えるだろうか。
バネッサは、また一緒にマシュマロを食べてくれるだろうか。
あまねは目を開けた。バネッサに言われた言葉を口にする。
「……終わりました」
次の瞬間、あまねは昏倒した。




