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第7話「Unmask」

バネッサは横になりながら、ため息をついた。


このところ、色々と失策が続いている。

あまねと山中を歩き回り、たまに銭湯につかり、気がつけば3週間くらい過ぎてしまった。


あまねの事情については直接は聞かなかったが、会話の端々から主に母親が原因となっていると予想してはいる。


あまねの知覚能力、特に視力と聴力が常人の域を超えている。

その認識の仕方から推測するに、ある種の天才なのだろう。


表情はだいぶ増えた気がするが、感情を表に出すのを警戒しているためか、今一つ、あまねの問題解決の糸口がつかめない。


あまねの体調変化については、センサーを使って常に気を付けている。体調が落ちてしまう前に、街に降りて休ませてきた。その程度の配慮はしてきたつもりなのだが。


数日もたてば、感情や考えも落ち着いて山を下りるだろうと、楽観していた自分の甘さが嫌になる。


こんなに長期戦になるとは予想外だった。


◇ ◇ ◇


「バネッサさん、何もお返しできなくてすみません」


脱衣所恒例のフルーツ牛乳を飲みながら、あまねがぽつりと言う。


「……いいって事ですよ。出世払いで返してもらえれば」

「出世払い?」

「ええ、大人になったら」


まずい、言葉を間違えたかもしれない。大人という単語は不用意だったか。


「……うん、そうですね。……大人になったら」


あまねの表情に浮かんだ陰りを見て、バネッサは猛烈に反省した。


◇ ◇ ◇


「バネッサさん、今日もカレーでしたね」

「はあ、好きなんですよ。次は牛丼にしようと思ってもついカレーにしちゃう」


山へ戻る道の、どうでも良いやりとり。


しかし、バネッサは脱衣所でのやりとりの反省点もそうだが、「大人」というキーワードへの、あまねの反応が妙に引っ掛かった。


あまねは発育が良い。11歳という実年齢を最初に聞いた際、正直驚いたくらいだ。


銭湯であまねの身体を観察した際、妙なアンバランスな印象だった。

成長途中なのだろうと、その時はあまり意識しなかったが、保存食を吐いたり、腹部を撫でる癖、を見ているうちに、だんだんとある考えが浮かんできてしまう。


あまねは、もしかして妊娠しているのではないだろうか。


各種の魔道具もあり、山の中の脅威から襲われる心配はない。

しかし、妊娠中(可能性)の女性をいつまでも山中においておけない。


銭湯から戻った山の中。焚火の前でバネッサは意を決した。


「あまねさん、ちょっと失礼しますよ」

「え?」


バネッサは、センサーをあまねに向けて生体調査を行った。

結果はすぐレシーバーから返ってきた。


妊娠していた。


バネッサはこれまでの自分の鈍さにがっかりした。


「あまねさんって……ご妊娠されていたのですね」

「……う、うん」

「気付いてあげられなくて、ごめんなさい」

「バネッサさん、違うの。言えなかったの。でも、私まだ」


「あまねさんは、生みたくないんですか」


あまねは自分の身体の中から聞こえる、自分のそれとは違う鼓動の音を聞いている。何故だかよく分からないが、その鼓動の主をこの目でみたいと思っている。


無茶なことを考えている自覚はあるのだが、どうすればよいのか分からずこの数週間を過ごしてきた。バネッサには感謝しかない。これ以上甘えるのは申し訳ないのだが、この人になら正直に気持ちを聞いてもらえる気がする。


「……産めるなら産んでみたいです」


「じゃあ、そろそろこの旅を終わらせなくちゃですね」


「……でも」


「あまねさん、難しいことは、後でゆっくり考えましょう」


あまねが顔を覆う。産むまでの道筋が、全然現実的なものに思えない。

母親のあの時の表情が、常にあまねの考えを邪魔するのだ。


「でも、ママが……お母さんが」


◇ ◇ ◇


やはり母親との確執があったのか。さて、どうしたものか。


バネッサは別れには慣れている。何といっても久遠(不老)だからだ。

あまねのことは好きだ。しかし別れた後、数ヶ月もすれば別れの痛みは消える。

そう、私のことはどうでも良いのだ。


あまねを説得して街に返してあげるべきだろう。


しかし、あまねが山にやってくる前の問題は、何も解決していない。


問題は彼女の中にも勿論あるだろうが、外部の問題の方が大きそうだ。


山で彼女は少しは癒えたかもしれない。


しかし知らなかったとはいえ、妊娠している彼女を一ヶ月近く連れ回したのも事実。

その責任を取る必要がある。ここで放り出したら、数十年後悔するだろう。


しかし、では、どうしたものかとバネッサは苦悩する。


彼女の心の傷に対処する方法に心当たりはあるが、それが本当に彼女の為になるのか。


出会った日の翌日、心が壊れそうなあまねの暗い瞳。

いま、また同じ顔をして静かに涙を流している。


転生者であるバネッサには、あまねに寄り添って救うことはできない。


ならば、目の前の少女の心の負担を、少しでも軽くしてあげるだけならどうだろう。

後悔してしまう決断かもしれないが、今のバネッサには他の方法が思いつかなかった。


「あまねさん。まだ幼いあなたに……決断を迫るのは止めますね」


あまねは無言のまま頷いた。


「……なので無理に帰れとは言いません」


バネッサは内心、次の言葉を口にするのかどうか、最後の最後まで躊躇ためらった。


「あまねさん、私、……実は魔法が使えるんですよ」

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