とにかく痛い
「とにかく痛い。何がって体中が! あ、心は痛くないです、むしろ幸せすぎて辛いです……」
ベッドに埋まっているオズの口から時折漏れる呟きがおかしい。
高熱で関節やら筋肉やらが悲鳴をあげているが、オズの顔はほんのりにやけていた。オズ付きの侍女のケイトがキモいとうっかり呟いたほどだ。アンを含めた王族が側にいたら解雇の上に学院敷地内から追い出されるほど不敬な言葉で、侍女は慌てて口を押えたが、ポロリと出てしまったそれは消えなかった。
「キモいかあ……」
しかもオズに聞かれている。
「もももも、申し訳ございません!」
ケイトは床に頭をこすりつけるようにして必死に詫びた。実はこの侍女、貧乏な男爵家の三女で下に5人の弟妹がおり、実家に仕送りしている。寮の王族付き侍女は時間が比較的規則的なのと、学院にいる間は時間に余裕がある上、手当がついて他より給金が良い。その分ちゃんとした働き(男子寮だとさらに王族に手を出さない貞節)が求められるので大変だが、人気職なのだ。
そんな職を失言でなくすかもしれない。ケイトは必死だった。
「いいよ、頭、あげて。ごめん、今、手を貸してあげられないから、自分で立って、こっち来て。声、出ない……」
かさかさした小さな声で呼ぶと、ケイトは飛び上がる勢いで立ち、オズの枕元で膝をついた。
こわごわと覗き込む。
熱に浮かされて赤くなっているオズの口元は蕩けて緩んでいた。苦しそうなのに幸せそうというギャップがすごく気持ち悪いし怖い。
顔に出ているのだろう、オズは目を閉じたままホフゥと息を吐いた。
「ふふふふ、キモいかあ……」
「うう、本当に、申し訳ございません」
「大丈夫、自覚して、る。いつも良く、してく、れるのに、ごめんね。仕事増や、してる上、に不快な思い、させてる自覚、はある。ごめ、ゴホゴホ……」
咳き込む。慌てて水差しの水をグラスに注ぎ、少しだけ手を貸してオズの体を起こして、グラスの水を飲ませた。少し蒸せたがグラスの水をすべて飲んだオズはにこりと笑って礼を言う。
ケイトは自分の担当がオズでよかったとしみじみ思う。侍女に礼や謝罪を言い、さらに失言を笑いに変えて咎めないなど、今まで仕えた貴族ではありえなかった。
現在、寮には王族意外以外にも高位貴族が25人おり、それぞれに侍女がつけられていた。王族なら5人、それ以下の高位貴族なら3人が基本で、あとは本人の希望に合わせて調整される。
他国からの留学生は自分で侍女を連れてくる場合もあるが、大体10人くらい、身の回りの世話をする者がいた。護衛担当もいるらしいので多くはない。ただ、その場合、使用人部屋の関係でほかの担当者を減らす必要がある。
「ああ、僕に侍女はいらないから」
多数の貴族が自分にはたくさん侍女や使用人が必要だと騒ぐ中、オズは1人もいらないと言った。
驚いたのは使用人の調整をしていた寮の担当者だ。オズはアンと結婚したら公爵になるが、今はまだ隣国の王子扱い。使用人をつけないわけにはいかない。
担当者が焦りつつそう言うと、オズは首を斜めにした。
「僕はこの国に骨を埋めるつもりで来てる。本当は部屋も1階でよかったんだけど、祖国を軽んじていると思われてもいけないし、なにより王族が混じって変に緊張したりされると嫌だなと思ってそこは譲歩した。自分のことはある程度自分でできるし、人手不足ならば不要なところから削ったらいいじゃない」
「しかし……」
「あ、でも誰もつけないってのも対面的に問題があるのかな? そしたら2人でいい。それも同時に来てもらう必要はないから、交代で休みを取れるようにね。もちろん、雇用条件や賃金の問題があるようならば手が空いているときは別の仕事をしてもらって構わない。過剰労働にならない範囲でね」
この後、オズには5人の侍女が付くことになったが、それはあくまでも「名目上」だけで、実際は1日に1人の侍女が付き、残りは寮付きの侍女として働くことになり、市民や下位貴族を担当する侍女たちに歓迎された。
この話を聞いていたので、ケイトはどんな高潔な王子様なんだろうと、初対面ではものすごく緊張した。
他の四人も同じだった。初めて顔を合わせた者ばかりだったので全員無言だったが、緊張感で満ちた部屋は異様な雰囲気だったと思う。
そんな中にやってきたオズは寮生活を始める市民と同じくらいの小さなカバンを持って来た。使い込まれた革のカバンはビックリしたオズの手から滑り落ち、くたりと崩れる。
下げていた頭をあげると、銀髪に赤い目の男の子が後頭部に手を置いて困った顔をしているのが目に入った。
「あ、なんか、僕でごめん」
すらりと高い背、美しい銀の髪、印象的な赤い目、王族らしい整った顔立ち。
ああ、なぜだろう、見た目はいいのに溢れ出る残念感。最初のセリフのせいだろうか?
困惑している侍女たちに、オズはぺこりと頭を下げた。
「全員そろって会うのはたぶん僕が卒業する日になるんじゃないかな。一人ずつなので不安になることもあるかと思うけれど、僕が解決するのは難しいと思うから、その時は外の部屋の侍女に話を聞いたり、この部屋担当の別の子と話をしたりしてみて」
オズの言葉は侍女たちをますます混乱させていく。無理もない、王族という国で一番上にいる相手がどこにでもいる少年のような言葉で話しかけてくるのだ。
「僕からは以上。明日くらいに荷物が届くからその辺に置いといて。今日は王宮に行く用事があるから帰ってこられないかもだけど、これからよろしくね」
じゃっ、と駆け足で出ていくオズを眺めた侍女たちはなんとも複雑な顔で互いを見あっていたが、やがて力が抜け、その場に座り込んだ。
その後、婚約者の王女に飛びついたとか、イチャイチャしようとして失敗して青くなっていたとか、ベッドの上で転げまわりながら「もうだめだあああ」と叫んでいるなど、数々の残念な姿を目撃され、使用人たちすべてをほっこりさせていくのはまた別の話。
まあそんなオズが初めての発熱でダウンしたので、侍女たちはとても心配していた。それでも世話は一人でと言うのがなんとも切ない。
今日の担当はケイトだが、ほかの侍女たちも手が空くとオズの様子を見に来る。
「オズワルド様は先ほどまで熱が上がってて寒気と体中の痛みを訴えていたけれど、お薬が効いたのかしら、先ほどおやすみになりました」
報告に、扉の前に集まっていた侍女たちは安堵のため息を漏らした。
「よかったわ。アンジェラ姫様は?」
「そろそろ授業が終わるのでいらっしゃるのではないかしら?」
「いらしたらその時間はこの辺り封鎖ね。他の王族の方がいらしたときはどうしましょう?」
「すでに使用人たちに根回し済みよ。ハニートラップとかいろいろ」
ちなみにこの場合のハニートラップは『はちみついっぱいのお菓子で誘惑』だったりする。毎回引っかかる王子たちは実は甘いものが苦手なのだが、オズたちの恋を応援しているので引っかかったふりをしてくれるのだ。
「アンジェラ姫様がいらしたら、護衛も遠くにして、しばらくは二人きりにね」
「もちろんよ。おやすみになったばかりだから、きっとお目覚めね」
「姫様が枕元にいらしたら、驚かれるでしょうね。そして後で喜びにむせぶに違いないわ」
「そんなオズワルド様をじっくりと愛でましょう」
「その時は協力してくれた方々に報告を忘れずに」
入念なる打ち合わせをしていると、階下から王女が来たと連絡が入った。
その夜は同じ階の留学生を始め、使用人たちが入れ代わり立ち代わり、こそこそとオズの部屋を訪れた。名目上は「お見舞い」だ。
部屋の主に気づかないようにと隙間から覗いて去っていたが、中にいたオズが高熱にもかかわらず嬉しそうにじたばたしつつ蕩けているのを見てほっこりと心を温めたのは関係者以外秘密である。
読んでいただいてありがとうございます。
今回は初めて第三者の書き方にしてみました。視点は侍女のケイトです。他人の視点が入ると角度が変わって楽しいですね。時々入れてみようかなと思います。
GWも後半になりましたね。緊急事態宣言が延長されて残念ですが、大事なのは「自分がかからないこと」だと思います。どうかご自愛ください。
この話が少しでも暇つぶしになれば嬉しいです。




