手が震えて
手が震えて持っていたクッキーの袋を落としてしまった。
「オズ、寝込んでるんですか?」
「はい」
オズのクラスメイトで赤い髪の男子生徒が言いづらそうに教えてくれる。隣にいた女子生徒が落としたクッキーの袋を拾ってくれた。大丈夫ですか? と言いながら手渡してくれる。
今朝は魔術師クラスが朝いちばんで薬草採取の実習だったので、オズとは一緒に登校しなかった。いつも一緒に食事をする昼休みは午後からの薬草加工と調理の実習が重なっていたのでずっと教室にいたけど、帰りには会えると思っていたのに……。
だからといって、大事な人の体調不良を知らなかったのがショックで呆然とする。
「なんだか昨日、夕食時間まで星を見てて風邪ひいたらしいんす」
「剣士になるのに体調管理できてないよな」
「姫様のせいじゃないですよ」
「そうそう、姫様が気にしたらオズもっと熱出すから」
オズのクラスの皆様は私にとても優しい。このクラスの皆様だけ、なぜか私のことを「姫様」と呼ぶけど、オズの婚約者として受け入れられているらしいので嬉しい。
でも話を聞いていて、私はとても落ち込んだ。
昨日の夕方……。
私がオズを困らせたせいね……。
王妃教育が辛いって泣いたから、心配させちゃったんだ……。
知らないうちにぽろりと涙が一粒こぼれ、慌ててぬぐう。
王妃教育では涙も自分で管理できないとだめだと習う。王妃及び国の重鎮が人前でぽろぽろ泣くなどは国の威信にかかわる。さらに言うと涙をこれぞと言う場面で出せてこそ、信頼を得ることもできる。王妃様なんて、片目ずつ自由に涙の調整ができるんだから。
案の定、うっかりこぼれた涙を見たオズのクラスの皆様はとても慌てた。親切な方々を不愉快にさせてしまっていないか、不安になる。
「あああ、姫様、泣かないでー」
「そんなつもりで言ったわけじゃないんです~」
「姫様のせいじゃないから!」
「そんな顔が綺麗過ぎて尊い……」
温かい言葉で止まらなくなりそうな涙を必死にこらえ、皆様に丁寧に頭を下げた。
急いで寮に戻り、荷物を置いてから、男子寮の入り口にある受付に向かう。
女子寮には男子は入れないけれど、男子寮は婚約者かつ寮職員の許可があれば入室できた。ただし会える時間はたった10分。よからぬことがないようにという配慮と聞いているけれど、寮でどんな不埒な真似をするのかしらね。学び足りないのか、私にはよくわからない。
オズは留学している王族なので、私と同じように最上階の3階にある王族専用の部屋を一人で使っている。そういえば留学生はオズを入れて三人だったかしら。それぞれ3階にある個室にいると聞く。
「オズ……?」
オズの部屋の扉をそっと開けると、小さく荒い息遣いが聞こえた。王族用の部屋と言っても学院の寮なので少し広めの部屋にベッドと学習用の机がある程度。他の部屋との違いは応接用のソファがあることで、これは女子寮も同じ。おかれている場所もおんなじなのだけど、色遣いが違ってて、男子は水色、女子は薄い黄色が基調になってる。
間違いのないように扉は少し開けておくことになっているので、ドアストッパーを置いて、そっと近づいた。
オズは顔を赤くして眠ってる。
口呼吸でハアハアと荒い息が出てた。苦しいのかな?
額に置かれていたらしき布がずり落ちて枕を湿らせてる。
布を取り、サイドテーブルに乗っていた洗面器の中ですすいで、ちょっとだけ水魔法を乗せて、顔を拭く。冷たかったのか、オズが一瞬身を竦めた。
「ごめんなさい」
鼻がツンとする。今なら誰も見てないけど、泣いているところをオズ以外の人に気づかれたくない。
汗をぬぐった布をすすいでもう一度額に乗せると、布団から手が伸びてきて手首を掴まれた。
「ごめんね、アン」
手が熱い。声を聞いた瞬間、涙が止まらなくなってしまい、慌てて袖で隠したら、オズは私の頬に手を置いた。その手の熱で余計に涙が溢れてしまう。
「泣かないで、って言いたいけど、泣くときは僕の前でだけ、泣いて」
「オズ……」
「だってほら、それはさ、僕だけのものにしたいから」
ふふふ、と笑う。
「元気になったら、キスしていい?」
なんということを!
思わず両手で顔を隠したら、同じように顔を隠したオズが布団の中でじたばたし始めた。
オズにはかなわない。
私はオズの指にそっと口をつけた。
読んでいただいてありがとうございます。
なかなか風邪が治らなくて難儀してます。皆様ご自愛くださいませ




