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8話 気分はアーサー



 銀次郎さんとも挨拶を済まし、引き続きジェニファーさんに街を案内してもらい領主様の屋敷に戻ってきた頃には、少し日が傾き始めていた。


「おお、戻ってきたか。どうだ? ドラグロワは気にいったか?」


 領主さまに聞かれたが、気に入ったとしか言えない雰囲気なのでおれは頷くことしかできなかった。

 もし「何にもない田舎ですね、マジうけるww」などと言おうものなら領主様の丸太のように分厚い腕で締められていたかもしれない。ふぇぇ、領主様怖いよぉ……おうち帰りたい。


「お世辞でも嬉しいものだな。そうだお主、年はいくつだ?」


「じゅ、十七です」


「もう成人しておるのか。成人の儀もやってしまおう」


 この国では、十七はもう成人扱いなのか。

 後にジェニファーさんから聞いたのだが、この国は十五歳で成人を迎えるらしい。


「忍だけ着いて来い。ジェニファーは真穂の面倒を見ててくれ」


「はい、かしこまりました旦那様」


 メイドのジェニファーさんは主人にかしこまり、真穂ちゃんも「お兄ちゃんいってらっしゃーい」とプラプラと手を振っていた。

 おれは言われた通りに着いて行く。




 屋敷の地下には長い螺旋階段があった。

 室内にも関わらずとても寒い。

 おれと領主様は黙って階段を下り続ける。

 階段を下りるたびに、カツーン、カツーンと足音が木霊する。


「成人の儀と言っても緊張するな。ただ剣を抜くだけだ」


 もしかしてアーサー王伝説みたいな感じかな。


「その剣が伝説の剣とかですか?」


 おれが聞いたら、領主さまが笑った。その笑い声もまた反響して、まるで悪魔の声のように聞こえる。


「伝説というほどではない。吾輩が昔の戦争で使った魔法の力が付与された剣だ。あの剣は誰かに使われるべきだと思うのだが、あの剣は面食いでな……イケメンしか使えん」


 どうしよう、なんか色々ツッコミどころがあるけど、領主さま相手にツッコミをしてもいいのかが分からない。

 「イケメン……? 領主様が? ははっww 冗談は鏡を見てからにしてくださいよww」と言おうものなら領主様の鉄柱のごとく固い足で胴を撃ち抜かれる恐れがある。

 ふぇぇ……筋肉怖いよぉ……。


「このドラグロワの領地もかつての戦争で手柄を立てたため、国王からいただいたのだ。同時に爵位もいただいた。つまり、成り上がり貴族なんだ。成り上がり貴族を嫌う生粋の貴族が多いからのう。敵も多いから、昨日のようなことがある」


 領主さまはため息をつく。

 領主様のため息は凄まじく、その風圧でおれの前髪が持ち上がるほどだった。

 肺活量化け物かよ……。


「た、大変ですね」


 おれは、そう答えるのが精一杯だった。

 ドラグロワ地方は気候が悪く植物もあまり育たず住みにくい。

 だがこの国の財を支える大きな金山があり、重要な拠点として扱われている。

 その金山も、今は魔物により制圧され金がとれない状況と領主様はまたため息を吐いた。


「金山に魔物を放ったのも、敵の一味だろうな。早々に対処しないと、舐められたままだ」


 ブツブツと愚痴る領主さまに続き階段を下りると、広い空間に出た。

 部屋の真ん中に置かれた台座に、黄金に輝き鍔に宝石が埋め込まれた剣が刺さっている。


「あの剣を抜いてみるだけでいい」


 おれは言われるがまま、剣に近づき柄を握り、引き抜こうと力を込める。


「まあ、この三十年間、吾輩以外に抜けなかったのだ。そう簡単には抜けないだろう」


 領主さまの言葉を聞きながら、ちょっと剣が持ち上がった。

 あれ? これ抜けちゃうんじゃね?

 どどどど、どうしよう。もしかして剣が抜けちゃったら、魔王を倒しに行けとか言われるかもしれない。

 てか、おれが大好きななろう小説のテンプレに従えば、間違いなく言われるはずだ。黙っておこう。

 おれはそっと、若干持ち上がった剣を再び押し込む。


「抜けませんでした」


「そうか。じゃあ、戻ろう。夕餉にするぞ」


 再び階段を上り、地上に戻ると窓の外は暗くなっていた。


 夕食は鶏肉のソテーとゴロゴロとジャガイモが入ったスープだった。

 少し味が薄かったけど、美味しい。

 しかし、夕食の席にもイリーナさんは顔を出さなかった。


「お兄ちゃん、暇だね。何か面白いことない?」


 当たり前のように真穂ちゃんがおれのベッドで横になっていて、今日もおれのベッドで寝る気満々だった。


「子供はもう寝ないとダメだよ」


「じゃあ、寝る前に本読んでよ」


 そうは言ってもねぇ……。

 この部屋には本棚があるが、いかんせんこの世界の文字が読めない。

 本と言えば、おれが持ってきた通学カバンに入っている国語の教科書くらいだ。


「あ……そういえば」


 ふと妙案が浮かび、おれは着ている学ランからスマートフォンを取り出す。

 異世界に来てから一度も充電できていないが、バッテリーはまだ問題なさそうだ。

 スマホに入れている電子書籍を読み込み、それを読み聞かせることにする。

 ライトノベルだけど、高校生の国語の教科書よりかは面白いはずだ。


 魔法少女物のラノベで、女子小学生の口に合うか分からない。

 多分、合わなかったのだろう、真穂ちゃんはだんだんまぶたを重たそうにしていき、気付くと眠っていた。


「おやすみ、真穂ちゃん」


 そこで、ドアがノックされ再びメイドモードになったジェニファーさんが入ってくる。


「忍様。夜分に失礼します。イリーナさまが忍さまと話したいと申しております」


 イリーナさんが呼んでいるだって?

 彼女とは、昨日からずっと会っていない。

 どんな状態か気になる。


「もちろん、行きます」


 月明かりの射し込む廊下を歩き、おれが貸してもらっている部屋の反対側にある部屋までやってきた。

 ジェニファーさんがドアをノックすると、「入ってください」と小声で返事があった。


「父さまに見られてないですよね?」


「もちろんです。イリーナさまが嫁ぎ遅れているのは、伯爵が過保護なせいですから」


「その通りですけど、一言余計です。さあ、入ってください」


 部屋へ通されると甘い香水のような匂いがした。これが女子の部屋なのか。

 初めて入った!!

 次いつ女子の部屋に入れるか分からないので、ここで酸素の吸いだめをしておこう。

 部屋の明かりはランプだけで薄暗く、何だか大人の雰囲気がする。

 もの凄くドキドキしてる。


「さあ、お掛けになって」


 座ったら折れそうなくらい繊細な細工の椅子に座るように勧められた。

 おれはおっかなびっくり腰かける。

 窓の近くに座るイリーナさんを、月明かりが儚く照らす。

 彼女の白い美しい肌と、月明かりに反射して輝く金髪に、宝石のような綺麗な瞳は薄暗い部屋によく栄える。

 とても美しい……。


「この椅子って、綺麗なだけで座り心地が悪いんですよね。貴方の馬車の椅子はすごく良い座り心地でしたね」


 クスクスと笑うイリーナさん。元気そうで安心した。

 彼女は笑い方もどこか上品で、気品にあふれている。

 だけど、こういう時って何を話したらいいんだ?

 今までボッチだったおれには分からない。

 現実の女子と最後にした会話と言えば、「忍! 洗濯物はちゃんと出しなさいって言ってるでしょ!」「分かってるよかーちゃん! 今出そうとしてた所だよ!」――あ、これ母親との会話だ。だからかーちゃんは女子じゃねーって。


「運び屋として、ここで暮らすんですよね?」


「はい、一応」


「じゃあ、わたしが初めての仕事を頼んでもいいですか?」


 美人のお願いは断れない。おれは頷いてしまった。

 トラックのオッサンの意見も聞いてないのに!


「小麦を冷害で苦しんでいるシンゴー村まで送ってほしいのです。わたしの母は、そこの出身なんです。守ってほしいというのが、母の遺言だから」


「え、遺言ですか?」


 確かにイリーナさんの母を見ていなかったけどさ。


「ええ、わたしが五歳の時に病で亡くなってしまったんです。ああ、お悔やみ申し上げますとか言わなくていいですよ。かなり昔のことですし」


 優しくて強い女性なんだなと思った。


「ああ、もう夜も遅いですし、詳しい話はジェニファーに説明しておきますね」


「うん。分かった」



「あっ、忍様っ!」


「なんですか?」


 ドアノブに手をかけると、名残惜しそうな声色でイリーナさんに呼び止められる。


「あっ、えっと……その。なんでもありません。おやすみなさい」


「うん。おやすみなさい、イリーナさん」


 今度こそドアノブを捻る。

 部屋を出るとジェニファーさんが部屋の前で待っていた。

 彼女に連れられて、おれは自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。

 あ、真穂ちゃん寝てるじゃんと思ったので、ベッドの端っこで眠ることにした。


「おれは……この世界で……これから……」


 おれが守らないといけない少女、真穂ちゃん。

 まだまだ謎の多い、生きたトラック、銀次郎さん。

 決して豊かな土地とは言えず、更に敵も多いこのドラグロワの土地。

 そして――儚くも強い意思を持った少女、イリーナさん。


 おれは一体、この世界で何をすればいいのだろうか?


 隣で気持ちよさそうに眠る真穂ちゃんの髪をそっと撫で、おれは思案にふけっていた。


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