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10話 健全な運び屋始めます


 昨夜イリーナさんから受け取ったお金は、街外れの空き家を借りるのに充分だそうだ。

 おれが住みたいと考えている家は、あのトラックのオッサンが停まっている空き地の隣の建物だ。

 いつまでもイリーナさんにお世話になっているのは気が引けるし、おれは今日から引っ越しの準備を始めることにした。


 前の世界にいた頃なら明日でいいやと言って結局やらなかった。そんな生活を送っていたよ。やればできるじゃん、おれ。


 じゃあ、思い立った日が吉日だ。行動開始する!


「ジェニファーさんに相談したいことがあるんですけど」


 しかし、この世界の知識がないので誰かに頼ることしかできない。それが少し歯痒かった。

 真穂ちゃんとイリーナさんの三人で昼食を食べた後、メイドのジェニファーさんを探し、声をかけた。


「見ての通り、私は掃除をしております。もう少しお待ちください」


 と、汚物を見るような目で睨まれた。ふえぇ、異世界のメイド怖いよ。おれは秋葉原の野生のメイドの方が好きかもしれない。

 ジェニファーさんの手が空くまで、ただ待っているのも嫌だった。だから、真穂ちゃんを連れて屋敷の書庫へ向かった。この世界の字を読めるかを確かめるために。


 書庫は日光で本が傷むのを防ぐために薄暗く、本棚と本棚の間がドン●ホーテくらい狭かった。息苦しい感じがして、あんまり長居はしたくないな。

 字は読めたが書庫にあったのは、食事のマナーとかダンスの仕方とか貴族の心得とか、領主さま向けの本ばかり。なんか、こう時間を潰せるような本はないのかと本棚を見ていると官能小説を見つけた。


 ペラリと中を確認する。


『ぐへへ。こりゃ上玉のエルフだぜぇ』

『くっ、貴様! 私を誰だと思っている! 蛮族である貴様らオークがエルフに触れようなど……あんっ』

『お? どうした高貴なるエルフ様、こんな可愛い声を出して』

『か、体が……熱い……貴様ら、私の体に何をした……』

『ぐへへ、ちょっとお薬をな……』

『こんな奴らに……屈辱だ。くっ、殺せ!』


 集中してページを捲ると隣にいる真穂ちゃんが、


「お兄ちゃん、何か面白い本あった?」


 と、ぴょんぴょん飛んでおれの持っている官能小説を覗きこもうとするので慌てて見えないように本を掲げる。

 あぶねぇ……。

 真穂ちゃんにこれはまだ早い。

 にしても、どの世界でも《くっころ姫》は人気なんだな。

 真穂ちゃんにこれが官能小説だと悟られないよう、そっと本棚に戻した。


 しかもこれ、よく見たらシリーズ物で2巻だけ抜けてる。

 もしかして誰かが借りてるのか? 領主さまも独り身だし、必要かもしれない。だけど、ジェニファーさんとか、イリーナさんで、夜な夜なその持て余した若い肉体を慰めているのだと想像すると夢が膨らむ。

 膨らむのは夢ではなく股間のイチモツだけど……。


「し、忍さま。どうして、ここに?」


 官能小説の2巻を抱えたイリーナさんが話し掛けてきた。妄想だけで良かったのに借りた本人とあっちゃうなんて、気まずい!


「えっと、わたしはジェニファーが借りた本を返しにきただけですよ」


 棒読みでおれから目を逸らして、イリーナさんが言った。


「ほ、本当なんですよっ!」


 雪のようなくすみのない白い肌を桜色に染め、持っている本を隠すように胸に抱え込む。

 もう深くは追及しないでおこう。エロ本を買う時にクラスメイトと会ってしまうのが、どれほど辛いか。おれは知っているからな。


 とりあえず、おれは異世界人だけど、何故かこの世界の文字が読むことが出来る。その事実が分かっただけでも収穫だった。



 さて、イリーナさんが落ち着きを取り戻してから、おれは家を借りるにはどうしたらいいのかを聞いた。すると、イリーナさんは少し残念そうな顔をしてから教えてくれた。


「家主に挨拶して気に入られれば借りれますよ。どこの家を借りるのですか? わたしが口添えして差し上げましょう」


「トラックが停めてある空き地の隣の家です」


 それを聞いたイリーナさんが目を輝かせた。


「そこは前の家主が夜逃げして、公営住宅になっているんですよ。だから、家主はわたしです」


 Dカップくらいの胸を張り、イリーナさんがドヤ顔している。


「忍さまなら、2つ返事で貸して差し上げますわ」


 なんやかんやで家を手に入れることが出来た。こんなに嬉しいことはない。



 その日の午後、おれはジェニファーさんと一緒にあの家の前に立っている。いわゆる内見というやつだ。

 ちなみに真穂ちゃんはイリーナさんと勉強しているらしい。異世界に来ても勉強するとは、真面目な子だ。


「ここか……ここは前にいかがわしい物を売ってた店だったんだよな。忍、知ってて借りただろ?」


 オフモードのジェニファーさんがおれをからかってくる。

 この人本当オンオフのギャップ激しくないですかね?


「知りませんよ。早く入りましょう」


 ジェニファーさんが鍵を開けて、中に入ると家具もない広い部屋があった。ここにテーブルとか並べて受付カウンターみたいなのを作ればいいかな。


「1階はこの部屋と小さなキッチンだけだな。奥にあるドアを開けると、2階への階段があるから」


 ジェニファーさんが言っていたドアを開けるとキッチンがあり、おれから見て右側に少し急な階段があったのだが、窓がなく昼なのに真っ暗だった。おれは仕方なく明かりも点けないで上って行こうとした。


「ここに魔電灯の明かりがあるだろ。もしかして魔導車に乗ってるのに知らないのか?」


 おれが頷くと、ジェニファーさんは噴き出すように笑ってから教えてくれた。魔電灯とは火を使わずに魔力で明かりを得る画期的な道具らしい。

 ジェニファーさんが壁にあるスイッチを押すと、オレンジ色の明かりが階段を照らした。おれは階段を上り、2階へ上がる。

 2階は細い廊下の両脇に部屋が1つずつあるだけだった。真穂ちゃんの部屋と自分の部屋としても使えそうで、しかも備えつけのベッドもある。予想よりも良い物件だった。



 次の日、お世話になった領主さまやイリーナさんに挨拶して借りた家へ引っ越すことにした。


「えー、このままイリーナお姉ちゃんの家で暮らしたかったよ」


「そうです。忍さまさえ差し支えなければ、ずっとここにいてもいいんですよ?」


 イリーナさんの善意を気持ちだけ受け取り、真穂ちゃんを新居に連れて行く。

 その姿は人さらいのように見えたらしく、警備兵を呼ばれてしまった。ふえぇ、捕まっちゃうよ。

 この年で前科者になる訳にはいかない。

 しかし、イリーナさんの弟のウィンが来て誤解を解いてくれた。異世界に来てから、運がいいみたい。


「おもちゃみたいで可愛い! しかも一軒家だ! ここに住むの?」


 借家に着くと、真穂ちゃんの機嫌が直ったみたい。おれはほっと胸を撫で下ろした。

 少ない荷物を2階のそれぞれの部屋に置いて、買い物へ出てみた。必要なものは沢山ある。

 今日は食料と調理器具と、寝る時は寒そうだから毛布なんかがあればいいかな。あと、看板を作れそうな板が欲しい。

 それにパジャマを買いたい。おれも制服で寝るのは辛いし、真穂ちゃんも服は1着しか持ってないみたいだから。


「近くに引っ越してきた忍です。それと妹の真穂です。これからよろしくお願いします」


 こんな感じで近くにある店のおばさんに挨拶してみたが、好感触だった。


「たぶん、私のお蔭だからね。お兄ちゃんだけだったら、また警備兵呼ばれるかもよ」


 隣にいた真穂ちゃんが言葉のナイフを飛ばしてきた以外は好調な滑り出しだった。

 買い物を済ませて家に戻ってからは、看板を作り始めた。四角い木の板に『運び屋』と異世界の言葉で書いただけだが、最初はこれで大丈夫だろう。

 異世界での新たな生活が始まろうとしていた。


「忍さま、新しい生活はどうですか?」


 新居を構えた翌日。

 金色の美しい髪を持った超絶美少女、イリーナさんが訪ねてきた。

 領主様と血が繋がっているとは思えない美少女っぷりだ。

 お母さん似でよかったね。


「忍さま? どうしたんですか?」


 イリーナさんは不思議そうに俺の顔を覗きこんでくる。


「別になんでもないです。イリーナさんがあまりに可愛いので、見惚れてしまった」


 適当に言い訳をでっちあげると、イリーナさんは「ふぇっ!? かわっ!」と顔を真っ赤にした。


「お兄ちゃんのバカ」


 すると真穂ちゃんにスネを蹴り上げられた。

 痛い。なんで? ねぇなんで蹴ったの?

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