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学校紹介

少し長めかもしれません。

 教室に机が一つ増えていた。しかも、ユリの席のとなりに。

「うわぁ~すごいね~ユリさん。転校生が隣に来るって~~」

 ユウヤミはパチパチと手を叩いていた。彼はルンルン気分なのだろうが、ユリにとってはどんな奴が隣に来るか分からない不安が心を覆っていた。もしもシズクのような五月蝿い奴が来たら、今までより二倍疲れることになるだろう。

「あれでしょ~?隣に来た転校生と仲良くなって恋しちゃうっていう~少女漫画的なことがユリさんに~~っ!」

「…………ごめんなさい、どう考えてもそれはないわ。」

「そう考えた矢先っ~~付き合うことになって~何かあって別れて~~、ユリさんが落ち込んでいるところを僕がゲッ~~~ト!」

 そんなやり方では、はじめからそうなることを予測していて、おいしいところだけもっていく人みたいで、批判をうけそうだと思った。が、それを言葉にしたところで、話は更なる『純愛系少女漫画』の世界が広がっていきそうだったので、ユリはそのことを口に出さなかった。

「え~~ユリさん~~、まさか僕が妄想をべらべらしゃべっているだけだと思ってる~?」

 ユリが話に耳を傾けなくなっても、ユウヤミは話を続けた。だから、はっきり言って純愛ものに興味のないユリは、はやく会話を終わらせるために話を切るような発言をしてみた。

「私、そういう話に興味がないの。」

 ずいぶん素っ気なく言ったのだが、ユウヤミはそんなことは気にしなかった。

「え~~でもね~~冗談なんかじゃないよ?」

 ユウヤミはそういった後、ユリに接近しようとした。しかし、何者かの指がこめかみあたりに触れたのを感じ、動きを止めた。目だけを動かし、犯人の姿を見てみると、そこにはシズクが立っていた。

「……ユウヤミ君~~~?先程の話は、ドウイウコトカナ?」

 シズクは笑顔でそういったが、その笑顔では涌き出てくる殺気に蓋をすることができなかったらしく、動いたら殺す、と言っているように見えた。

「どういう意味って~?それはね…………ふふふ~~どう、だろうね~~~?」

 ユウヤミは相変わらずほんわかとした笑顔だった。その態度にシズクは目元のあたりを少しピクッとさせたが、指をゆっくりとこめかみから離していった。

「そういやさ!今日だよね!転校生!!どんな子かな~?女の子だったらいいなぁ~!」

 シズクがその場の空気を転換するように、明るい笑顔で新しい話題を提示する。

「…………残念ね。それはないと思うわ。」

 ユリは席をたつと、隣の椅子の名前のシールが貼ってある面を二人に見えるように回すと、そこには「椎名ヒササキ」という文字が書いてあった。

「これが女の子の名前に見えるかしら?」

 そう問いかけるとシズクは一瞬顔を歪めたが、瞬きをすると、もとのシズクの表情に戻っていた。一方その横でユウヤミは表情一つ変えず、笑顔のままだった。

「え~~そんなぁ。男の子かぁーー。♂かぁーーー。」

 シズクはがっかりとした顔で肩をおとした。

 ___ユリは、最近のシズクの様子がおかしいと感じた。表情に違和感があるのだ。一瞬だけ、その場にはそぐわぬ表情をすることがしょっちゅうある。そんなことがあったのはいつからだろうか。最近、ということは思い出せる。しかし、正確なことを思い出そうとすると、記憶の中のシズクの顔が黒いクレヨンで塗りつぶされようになって、思い出すことを拒むのだ。

「__どうしたの~~?ユリさん?………………そんなに怖い顔して。」

 ユウヤミの最後の言葉がユリの心に触れたような気がして、うなじがゾッとした。思わず今まで下を向いていた顔をユウヤミに向けると、そこにはいつもの和やかな笑顔のユウヤミが立っていた。

「何でもないわ。考え事をしていただけよ。」

「そうなのかー。」

 某シューティングに出てくるキャラクターの真似をして、両手をひろげるユウヤミ。そんな彼を見ると、自然と先程の感覚が消えていった。

 そう。そうだ。あんな天然な子が自分の心を見透かすなんて、ふつうあるはずがないのだ。

 そんな風に自分を言いきかせると、周りの雑音が増してきていることに気がついた。ふと時計を見ると、針は朝の学活の時間間際を示している。つられて時計をみたシズクはやべぇ!と言ってから急いで自分の席に走っていった。

 

 それから暫くたったが、今日の朝は珍しく朝の学活の開始時間が過ぎても先生が現れなかった。そのせいもあって転校生がもうすぐ来る教室はいつもより騒がしくなっている。

 教室の騒がしさが増す度に、ユリの心は落ち着きをなくしていった。何故かこんなことがあった気がするのだ。そう、丁度こんなところで、こんな空気で…………

 ユリは目を閉じた。途端、黒い世界が広がり、騒がしさが鮮明に聞こえた。

 ___思い出せない。こんな空気で、何かがあったはず。あともう少しでその正体に触れられるのに、手が届かない。…………あの教室のドアから何かが来た。その何かはどんな形だっただろうか。どんな声だっただろうか。

 記憶の中で自分の体が揺蕩っているような感覚だった。「何か」に触れようとしても空を切る手。あぁ、あれは何なのだ。先生の後ろに…………ついてきた…………

 突如、教室のドアの開く音が教室に響いた。それは、今までのざわめきを一瞬にして殺し、教室に静寂をもたらした。ユリがゆっくり目を開けると、先生が遅れてごめんな、と口をパクパクさせていた。そして、先生が教壇に着いた頃、少年がゆっくりと教室に入ってきた。実際は普通のスピードで教室に入ってきたのかもしれない。だが、先生が教室に入ってからその少年が教壇につくまで、ユリの目にはすべての動きがスローモーションのように見えた。

 そのおかげで少年の様子がはっきりと分かった。この学校の制服を着た、長石のような白い肌。そのせいか、よく映えて見える黒く短い髪。

「それじゃあ椎名、自己紹介を……」

 少年は頷くと、白いチョークで文字を書いていった。黒板に白い文字が広がっていく。文字は下へ下へ広がり、名前の最後の文字を書き終わると、少年はチョークを置いてからこちらに振り向いた。


「椎名ヒササキです。よろしくお願いします。」


 その爽やかな笑顔は昨日帰り道の途中にあった木の下で出会った少年のものであった。

 ヒササキを見つめていると、彼がこっちを向き、目があった。

「前、会った子。ここにいたんだ。」

 ヒササキはそういうや否やスタスタとユリに近づいてきた。先生が突然のことに戸惑い、「おい、まだ紹介が___」と言ったが、お構いなしにヒササキは歩いていった。そして、ユリの席の前に着くと、机の上に放り出されるようにされていたユリの手を握った。

「よろしくね、ユリさん。…………また会えて嬉しいよ。」

 ヒササキの突然の行為何故か驚かなかったユリは、こちらこそよろしく、と言おうとした。が、その言葉はシズクの高速スライディングで掻き消されてしまった。

「……ヒササキ少年?まずは先生のところに行こうね?」

 シズクの顔は作り笑いで塗り固められていた。それをみたヒササキは少し不敵な笑みを浮かべると、ユリにごめんね、と言って先生のところに歩いていった。

 その後、ヒササキの自己紹介があり、先生の話へと移っていった。その間ユリはボーッとしていた。何だか沢山の事が一遍におこった感じがしたのだ。自分の目の前で、複雑な何かが一瞬にして絡み合った。その正体が何なのかは分からない。だが、自分は今、強い力に流されている…………そう感じた。

 先生の話が終わり、日直が号令をかけると、自分を含めた皆が一斉に立ち上がり、礼をした。その直後、教室にざわめきが戻り、休み時間となった。それでもユリがボーッとしていると、シズクがユリの席に光速でやって来た。

「おぅいどーしたのさっユリ!転校生が隣に来てるんだぜ!」

 シズクはその場で光速足踏みを行い、工事現場でよくしているようなドリルの音を教室中に響かせた。ユリはため息をつくと、シズクの鼻を摘まんでシズクを停止させる。

「あなたの停止ボタンは鼻なのね。」

「そうそう!そしてやる気スイッチはなんと__」

「それは聞いていないわ。というよりも聞きたくないわね。」

「えーー!?天才と名高き天才シズクちゃんのやる気スイッチ知りたくないの?!」

 シズクがそういうと、隣の席のヒササキがクスクスと笑った。ユリとシズクははっとしてそちらを見ると、ヒササキは涙目になりながら、ごめんごめんと呟く。

「いやぁ~、そういえば二人は前会った時もこんな感じだったよね。本当に面白いよ。もしかして幼なじみとか、そういう関係なの?」

 すると、シズクはユリより先に、胸まで張って答えた。

「そーだよ!私とユリは超がつくほど小さな頃から超が二個つくくらいのダチなんだよ!おかげで常人なら心が折れるであろう『ユリの心にグサッと発言』等はダメージ0と言ってもいいくらいになったのさ!ねっっ!ユリ!」

 シズクはかっこつけてウィンクしながら振り向き、ユリに賛同を求めた。それを見たユリはわざとそっぽを向き、何も見ていないという態度をとった。するとシズクは、うあああん、と叫びながらユリに向かって突進してきた。ユリは即座に机を傾け、机の足をそのままシズクの足にひっかける。そして倒れてきたシズクの額をペシっと叩き、頭を机に伏せさせた。

「あら?ダメージは0じゃなかったのかしら?おかしいわね、天災シズクちゃん。」

 ユリが手をどけると、シズクはそのままの状態で白旗白旗…………とぶつぶつ言い始め、降参の合図をだした。

「……本当に、仲が良いね。」

 ヒササキは微笑みをユリに向けた。ユリはそれに気づき、微笑み返す。

「ふふふ、仲が良くても悪くても、こいつはなかなか厄介なものよ。」

 ユリはシズクの頬を指で数回押した。しかし、シズクは反抗もせずにしなびれている。


 ___ヒササキは、またクスクスと笑った。





 それから、全ての授業を終えた教室に放課後が訪れた。ある生徒は部活に、ある生徒は自分の家に。いつのまにか騒がしかった教室も、今では静寂の幕が降りた空間となっていた。

 その中でユリはヒササキに学校紹介をするために、ある人物を待っていた。そして、その人物が来るまでユリは、ヒササキと椅子だけ向き合わせて雑談をしていた。

「ねぇ、ユリさんは何の教科が好きなの?」

「そうね…………数学、理科、社会かしら。」

「へぇー!俺も理科と数学が好きなんだよ。…………あぁ、でも社会は地理が苦手かなぁ。」

 この雑談が始まってからユリとヒササキはだいぶ打ち解けていた。雑談の中で、好きな食べ物や本、色…………沢山の好きなものを聞かれた。好きなものが一致したときはそれについて語り合い、意外なものがあったときは驚いたり…………後から思えば、ユリの待っている人物が来るまでのこの時間が、あっという間に覚めてしまう夢のように感じるほど楽しかった。


「ねぇ、ユリ?」


 雑談が一段落したことによって訪れた静寂をこっそり破るように、ヒササキはユリに話しかけた。

「何?」

雛罌粟ひなげしって知ってる?花弁の色で花言葉が違うらしいんだよ。」

「へぇ……雛罌粟は好きだけど、花弁の色で花言葉が違うのは知らなかったわ。」

「どうやら、赤い花弁のは『慰め』とか『感謝』っていうのがあるらしいんだけど、白い花弁のはね____」

 ヒササキがその答えを言い終わる前に、教室のドアが開いた。そこにはユリが待っていた人物である、シズクとユウヤミがいた。シズクはジャージを着ており、首にタオルを巻いていた。ユウヤミは制服姿でのんびりと遅れてごめんね~、と言っている。

「はーーーい注ッッッッッッ目!!!!!天才シズクちゃんっ、後輩に「先輩~少し指導してください!」と言われ、校庭を36周し、ハードルを305回飛び越え、テニスラケットを157回振り、サッカーボールを56回蹴ってきた!!!只今、参ッッッッッッ上!!!!!!!」

 シズクはどこのキザキャラだとツッコミそうになるポーズを決め、こそこそとした声でユウヤミにもセリフを求めると、ユウヤミはどこかで見たことがある戦隊ヒーローもののポーズを決めた。

「え~~っと、この学校一の~最狂の~破戒の~…………」

「待ってユウヤミ!!!!!!!それは某RPGのパクリ!!」

 マイペースなユウヤミとハイテンションなシズクはかみ合うはずもなく、やはりグダグダであったため、ユリは立ち上がって二人のところに行き、二人の鼻を摘まんだ。

「紹介するわ。このゆっくりな男子生徒委員がユウヤミ。そして……こっちは改めて、というかたちになるけど、自称天才の天災シズクちゃんよ。最近の趣味はソニックブームを発生させることらしいわ。」

 シズクは反論しようとしたが、鼻を摘ままれているため、親にくわえられた仔猫のようにふんにゃりとすることしかできなかった。一方ユウヤミは鼻声を楽しんでおり、先程から「ワレワレハウチュージン」という台詞が聞こえてくる。

 ユリは二人の鼻から手を離すと、自慢顔で話しはじめた。

「この二人は一度見ただけでは頼り無さそうに見えるけど、この学校については相当の知識を持っているわ。分からないことがあったら何でも聞いてちょうだい。この二人が豆知識を添えて答えてくれるわ。」

 シズクはそのユリの台詞に「ハードル高いっす」と小声で言ったが、ユリはそれを掻き消すように、手を一回叩いた。それからヒササキに正対し、手を取る代りにそのまっすぐな瞳を向けた。それが学校紹介の合図なのだと感じ取ったヒササキは微笑むと、ゆっくりと立ち上がって三人を見つめた。

「ありがとう。そして…………よろしくお願いします。」

 ヒササキはそう言ってから一礼すると、ユウヤミがヒササキの背中を軽く叩く。

「堅苦しいのはだいじょーぶだよ~!これからもーーーっと仲良くなったら皆チョリーーーッスになるんだし~!」

 その意味不明な挨拶の変り様の説明にあきれたユリは、ヒササキの背中を軽く押して教室の出口まで誘導し、首だけユウヤミの方に向けて、早く来いという合図を送った。


____こうして、運命の歯車が再び回りだす、学校紹介の時間へと、ユリ達は駒を進めた。





「ここが体育館。朝会、集会、体育の授業で使うわ。…………シズク!ここでの面白いはなしがあったら教えてちょうだい。」

 ユリは急に話をシズクにふった。しかしシズクは待ってましたと言わんばかりの顔で話し始める。そう、彼女は学校での噂話に強い。性格が明るく社交的なので沢山の友達がおり、沢山の人からいろんな話を聞くそうだ。

「そうだねぇ~。体育館の用具の倉庫でバスケ部のエースさんが、幼なじみらしいマネージャーに壁ドンしたら、マネージャーの必殺肘鉄がバスケ部のエースのみぞおちにヒットしたらしいよ。ちなみに、その後二人は全く口をきいていないんだとよ。」

「漫画みたいな展開はなかったんだねぇ~メデタシメデタシ♪」

 ユウヤミがめでたくもないのにそんな締め方をするものだから、シズクはすかさずツッコミを入れようとユウヤミにチョップする。しかしユウヤミもうまいもので、そのチョップを膝を曲げることで避ける。

「二人ともなにやってるの?某教育番組の体操じゃないんだから。それにシズク!!人にチョップしてはいけないと何度言ったら分かるの?人によっては死に至るのよ?」

 シズクは『ガーン』という音が出そうな顔をし、ヒササキの方に向くとユリの方を指差して叫んだ。

「ねぇ~!!ヒササキお兄ちゃん!!ユリちゃんがひどいこと言ってくるんだけどー!」

 ヒササキはそれを聞くなりクスクスと笑いだした。この三人のコンビネーションが良いのだろう。その笑みはだいぶ柔らかくなっている。それにつられてユリも少し微笑むと、ヒササキは今まで閉ざしていた口を開いた。

「君たちなら何だか受け止めてくれそうだね。」

 ヒササキの声が体育館に響く。車が道路の上を走る音が遠く聞こえた。

「実はさ、俺……持病があってさ、すごく不安だったんだよ。でも、君たちみたいな人なら何だか、分かってくれそうな感じがする。」

 ユリはその言葉を聞くなり、ヒササキの喉を凝視した。そして速足で近づくと彼の目を見つめた。

「……ごめんなさい、少し、首を触らせてもらえるかしら。嫌なら嫌って言って。」

 ヒササキはすべてを受け入れるようななんとも言えない笑みを浮かべ、呟くように良いよ、と言った。ユリはそれを聞くと震える手をヒササキの喉にあて、丁度甲状腺のあたりを触った。

 その手には普通の人には感じないはずの感触が伝わっていた。ユリは手を離すと熱くなった目の周りを手のひらでしばらく隠し、流れてきた涙を親指で拭った。

「…………今まで、辛かったでしょう?…………あぁ、何でなのかしら…………この子にはなんの罪もないだろうに……」

 …………甲状腺が腫れている感触。無意識に震えるヒササキの手。


 これは、バセドウ病ではないか。


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