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歪み

 家の周辺に鳥が巣でも作ったのか、鳥の大きな鳴き声がユリの耳につんざき、脳みそに電撃がはしったような感じがしてユリは重いまぶたを一気に開けた。目の前には家の天井と閉めたカーテンから少しだけもれた太陽の光がちらちらと部屋を照らしている景色で、いつもの目覚めと同じ状態だった。

 だが、それに反してユリの頭のなかは靄がかかっているようで、頭のなかが飽和状態になっていた。今日が何日であったか確認するため、ユリは身をおこし、机の上にある卓上カレンダーを目を細めながら見つめると、カレンダーにはある日付に赤いインクのペンで丸く囲ってあり、『始業式』と書いてあった。それを見た瞬間、ユリは細めていた目を見開き開いた口を手でおさえた。何故忘れていたのだろう。今日は始業式の日ではないか。

 ユリは急いで鞄を持ち上げ、自室のドアを開けると駆け足でリビングへと向かう。冷たい廊下の上をトタトタと音をたてて走り、リビングのドアの前に着くとドアを開けて鞄をテーブルの側に置いた。それからリビングの隣部屋の洗面所に向かい、洗面台の棚の中にある歯ブラシを取り出してすぐさま水で濡らすと、口の中へ突っ込んだ。それから髪の毛を整え、歯を磨き終わると口をすすぎ、水を吐き出してから顔を洗った。

 顔に冷たい水がかかる度、先ほどまで靄がかっていた脳が冴えてきて始業式の日を忘れてしまうなんて一体自分はどれだけ長い休みに浸かっていたのだろうかとおもった。次の日の日程を必ず確認しておくユリにとって始業式の日を忘れるなど、あり得ないという言葉に等しいくらいなのだ。しかし彼女はこのとき、何故靄がかっていたのかなど休み明けだからぼんやりとしているのだろうとしか思わなかった。

 スッキリしたユリは、リビングで朝食をとっていた。先程トースターでこんがり焼いた食パンを口にしながらながれていくニュースをききながしていく。だが、ユリの耳はひとつのニュースに何故かが釘付けになっていた。



『___今朝、県内で変死体が発見されました___』



 殺人のニュースなどよくやるものだ。異常なことなのに、毎日のようにおきるから普通という流れに隠れてしまっている。ユリの心のなかでもそうだ。だから普通、興味など抱かない。それなのにこのニュースには興味を抱いてしまった。ユリは何だかその事が不気味で、テレビの電源を切るとトーストの最後の欠片を飲み込み、後片付けをしてから学校へ向かうために玄関のドアを開いた。


___嗚呼、そういえば始業式の校長の話は長いんだ。


 ドアを開けた時に入ってきた外の空気が自分の体にまとわりついた時、そう思った。

 この日の通学路はいつもどうり平凡であった。歩く度に流れていく景色は一枚の絵を動かしている動画のようで、なにも考えることがない道である。そんな道に涼しい風が何かから逃げるように走り去っていった頃、幼馴染みの少女であるシズクが十字路の曲がり角からひょっこり出てきた。

「おっはよー!!ユリぃぃいい!!!!」

 シズクは両手をぶんぶんと台風の如く振り回しながら近づいてくる。彼女の力は怪物並みなのでこれ以上振り回していると周りの物に害がある危険性があるためユリはその台風の腕を止めるべく足取りを早めた。

「シズク、これ以上凶器を振るうのはよしなさい。傷害事件の目撃者になるのは勘弁よ。」

 するとシズクは両手を振るうのを止めたが、何故か進行するのも止めたため、足踏みしている状態になりやがてコンクリートの地面にヒビが入りだした。ユリはそんな状況に呆れ、ため息を吐きながらシズクの鼻を摘まんだ。

「ひょっほおおお!!はあなひておおおおお!!ういぃぃぃぃぃ!」

「放せと言って放す人じゃないわよ、わたし。」

 しかしいつまでもシズクの鼻を摘まんでいるわけにもいかないので、ユリはシズクの鼻を摘まんでいた手を放し、学校への道をすたすたと歩いていった。鼻が解放され、置いてけ堀をくらったシズクは音速で、先に歩いていったユリのもとに駆け寄る。このときのシズクの足のはやさは尋常ではなく、他の者から見れば目を疑う光景に見えるかもしれぬがユリにとっては幼い頃からこんな感じであったため、何ともないことであった。

「ねねねっ、ユリ、ニュースみた?殺人事件だぜ…………!!しかも県内で!」

 何故物騒な事件にハイテンションなのかと問いたかったが、こういうスクープ性のあるネタには敏感なシズクのことであるから仕方ないという考えで問う気持ちはもともとなかったかのようにさっぱりと消え去った。

「よくある話じゃない。」

 ユリが素っ気なく返すと、シズクは得意気な顔をしてちっちっちと指をふる。

「それがねぇ…………この殺人事件、変なんだってさ…………!!」

「殺人事件自体が変でしょう。」

 ユリの更に素っ気ない突っ込みが返ってきてもシズクは勢いを止めることなく、内緒話をするようにユリの耳元でこそこそと話した。



「______人がね、人を殺した上に、食べた事件らしいよ_____」



 いままで興味のなかった話だった。だが、この囁きがこれからのユリの道をねじ曲げていくひとつとなることに気付く訳もなく、ユリはその事件に興味を抱いてしまった。

 ユリはその事件についてシズクに尋ねようと口を開きかけた。だが、ユリが言葉を発する前にどこからかシズクの名前を呼ぶ爆音が耳につんざく。

「シーーーーズーーーークーーーーーーせーーんぱーーーーーーい!!!!!!」

 爆音の主を探すと前方の彼方から短髪の少年が全速力でこちらに向かっている姿が見えた。ユリは朝からよくそんな声が出せるものだと思い、学校へと向かう足を止めなかったが、シズクは直ぐ様立ち止まると戦闘体勢を整え、まるで格闘ゲームのキャラクターのようなオーラをはなっている。そんなシズクにユリは何をやっているの、はやくいくわよと声をかけようとした。


「来たなっ!!!!!!混沌世界カオスワールドより刺客としてこの地球(ほし)に舞い降りし、漆黒の翼を授かった闇ノ堕天使…………後輩・ミゾレ!!!!!!」


 突如シズクが中二病的発言をこちらに走ってきているミゾレと呼ばれた少年に向かって大声で言い放つ。それに続いて少年も走りながら中二病っぽいポーズをとる。


「待たせたな!!!!!!天界より舞い降りし 聖ナル姫(ホーリィプリンセス)、天才シズクちゃん!!!!!!今日こそこの黒き魔力が宿りし右腕で放つ必殺・エンドレス・ダークネス・ブラストで宇宙の塵となるがよいっっ!!!!!」

 

 このままでは二人が衝突し、道路という公共の物が混沌世界(カオスワールド)行きになりそうだったので、ユリはため息を吐きながらシズクとミゾレの間に立ち、素早くシズクの足を払って転ばせると道路に俯せにし、走ってきたミゾレの足を引っ掛け、宙にかるく飛んだ彼の服を引っ掴むなり道路に俯せにした。

「朝から私の目の前で衝突事故を起こさないでくれないかしら。」

 シズクとミゾレはその言葉を聞いた瞬間ビシッと立ち上がり、普通のテンションに戻った。シズクはユリのとなりに、ミゾレは頭を少しかきながらユリに挨拶をした。

「あ~~いやあ、改めましておはやうっす、ユリ先輩!今日もきれいっすね!」

 この時、ユリに違和感が生じた。そう、ユリにはこの少年…………ミゾレに会った記憶がないのだ。それなのに『今日も』という言葉を使っているのだ。これは要するに、ミゾレとユリが前にどこかで会ったことがあるということを示している。こういう状況で相手に偽って話をするのは気が進まないため、ユリは思いきって尋ねた。

「___ごめんなさい、あなた、どこかでお会いしたことがあったかしら…………?」

 ミゾレは一瞬だけ口角をあげたが、豆鉄砲を食らったような顔をしていたため、その笑みに気付くものはいなかった。

「もー、ユリ先輩ったら、朝から忘却ネタっすか!ほら、科学部の天才と名高いミゾレっすよ!」

 ミゾレは胸をはってそう答えた。ユリは靄のかかった頭の中からその少年の姿を探しだそうとしたが、やはり探しだすことができず、自分は後輩のことも思い出せぬ酷い奴だな…………と心のなかでため息をついた。

「って、学校にはやくいかなきゃだめなんじゃ!?早く行こうっっ!ユリ!!

 …………となると、ミゾレ殿…………妾と全速力競争になりますな。どれ、妾はユリを連れた状態で勝負してやろう…………」

 シズクが意味のわからないことをミゾレに言うと、ミゾレはニヤリと笑みを浮かべる。このままではユリが危険な目にあいそうだったため、シズクに捕まる前にユリは歩き出した。



____二人のお陰で事件のことなど、ユリの頭の中から消え去ってしまっていた。


 



 中二病二人のせいで少し遅めについた休み明けの教室は、いつもより騒がしかった。始業式を行う体育館に行くために廊下に整列しなければならない時間になっても、廊下にはちらほらとしか人が出ておらず、ユリははやく整列しろと言わねばならないのがめんどくさく思えて、ため息をついた。

 こんな灰色の騒がしい空間には似つかわしくない柔らかな風が、教室内のカーテンをふわりと踊らせ、そこから漏れた朝の優しい日光が机たちの上で舞っていた。この平凡でありながら平和な美しい景色に気付くものはユリ一人であろう。

「もう並ぶ時間だよね~?ユリさ~ん」

 ゆったりとした聞いたことがあるような声を追って振り向くと、そこには男子の生徒委員であるユウヤミが立っていた。

「相変わらずゆっくりね、ユウヤミ君。そのとおりよ。そろそろ並べって言おうとしていたところなの。」

 ユウヤミはそれを聞くとホッとした表情になり、礼を言ってから教室にいる生徒たちに並んでね~とまたゆっくりとした声で整列を促した。ユリは腕をくみながら列の先頭になる位置につき、制服が乱れていないか確かめようとした。が、スカーフを整えようとしたユリの手は止まってしまった。

 脳のなかをつきん、としたものがはしった。それを言葉で言い表すなら、違和感…………というような感じであるが、その違和感はいつものように整列をさせるユウヤミを見た途端、波がひくように消えていった。

 この一瞬の出来事にユリは特に何も思うことなく、少し静かになった生徒の成す列を見つめ、もう整っただろうと思った頃に体育館の方へ向いた。

 ___今日という日が自分のなかに訪れたときから、頭が鉛でも詰められたように重い。身にまとわりつく空気も泥のように重かった。もっと頭も空気も軽かったはずだと思い、ユリは自分の記憶を探ろうとしたが、そうしようとした瞬間、休み前の学校での自分の状況をフィルターがかかったようにぼんやりとしか思い出せない焦りに襲われた。それはまるで、休み前の日々がなかったかのように思わせる感触で、ユリは少し慄然とした。

 無数の靴の音が少しだけ耳に入ってきたとき、ユリは現実に引き戻された。はっとして正面を見ると、前のクラスの列が体育館に向かって歩き出していた。ユリはこの時、自分が今まで耳が聞こえなくなるほど考え込んでいたことにはじめて気がついた。

 前のクラスの列についていくようにユリたちも歩き出し、次々と生徒たちは体育館の中へ飲み込まれていった。

 




 始業式が終わり、教室に戻った生徒達は小さな声で喋り出していた。そのせいか、教室の中には言葉同士が重なりあったせいで死んだ声の塊が満ち、空気を灰色に変えている。そのなかでユリは机に突っ伏して重い顔を腕の中に埋めていた。

「さすがのユリもお疲れかな?」

 ユリが顔をあげると、そこには疲れの「つ」の字も見せぬ笑顔で立っているシズクがいた。

「あなたの辞書には疲れという言葉が無いのかしら。」

 ユリがため息混じりにそう言うと、シズクは戦隊ヒーローの決めポーズを複雑にしたような、普通の人なら筋肉が悲鳴をあげるであろうポーズをとる。

「そう…………私の辞書に不可能という言葉が無いように、ユリのように力尽きるという言葉もない………

 そうっっ!!私は天才最強天使、シズクちゃん!!!!!!」

「『そう』っていう言葉、二回使ってて何だか文章的に違和感があるわよ。それに、どんな辞書にも『ユリのように力尽きる』という言葉は無いわ。あと___」

「うあああぁぁぁああ!!もうそれ以上言わないでぇぇえ!!私のガラスのハートがチクチクしちゃう~~!!!」

 ユリが言葉攻めをするとシズクは叫びながら泣く真似をしていた。しかしユリは更に笑顔になるばかりで、シズクの方が「何だかよく分からない状態で騒いでるやつ」という感じになり、シズクはなんだか急に心が小さな虚しさでおおわれ始め、叫ぶのを止めた。だが、このままやられているわけにもいかないと思ったシズクは人差指をユリに突き付け、また叫ぶ。

「ユリの鬼っ!サディストぉぉお!!悪魔ぁああああ!!」

「あら、私にぴったりの言葉だわ。ありがとう。」

 ユリはシズクの叫びを無視し、笑顔でシズクの鼻を摘まむ。そうされた瞬間シズクはビシッと気をつけをしてぶすっとした顔をユリに向けた。そのときのシズクは何か言いたそうであったが、その言葉はまたユリによって打ち消されることが目に見えていたのだろう。頬を膨らまし、ぶっすとすることが最善の行動だとシズクは考えた。

「あら、騒がないの?」

 ユリはそんなシズクの状態を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。シズクは負けたと思い、頬を膨らますのを止め、しょぼんとした声をだした。

「だって~~~あーーもうっ…………煮るなり焼くなり好きにしてくださいまし~~ユリお嬢様~~」

「ふぅん…………それじゃあ、トマトと一緒に煮てみましょうか。」

「ぇええ"?!ちょっ、それってグロいのと勘違いしちゃう!!しかも私、トマトの味がしみて美味しくなって食べられちゃうぅうう!!!!!!」

 冗談を言い合っていると、教室のドアが開き、先生が現れた。途端、生徒達はぱらぱらと自分の席につきはじめ、暫くすると教室に水面のような静けさが訪れる。先生は教壇に立つと、始業式で校長が言ったことの内容(校長の話はものすごく長かったので全く頭に入っていないため、そうであるかは定かではないが)から始まり、早めに帰ったからといって気をぬいて事故に遭うな…………といった在り来たりな話をしていた。ユリはその話の間、ずっと先生の目のあたりをぼーっと見つめ、考え事をしていた。


___頭に支えた謎の違和感の正体を突き止めるために、今朝の事から今の事まで、『変』であったことを一つずつ、氷を溶かすようにゆっくりと思い出していく。


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