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崩壊

「___来たんだね。」

 ヒササキはユリをおいて部屋を出た。部屋の鍵を閉めると、むかえ撃つための道具がある部屋へと向かった。





 シズクは一番近くにあったドアに手をかけた。力ずくでドアを引き抜き、前に倒すとシズクは部屋の中に入り、周りを見わたした。しかしユリもヒササキもそこにはおらず、空っぽの空間が広がっているだけだった。シズクは緊張で吐くことが出来なかった息を肺から押し出すように吐き出し、何気なく天井を見上げた。

 その瞬間、シズクは素早く後方に下がり、先ほど倒したドアを盾のように自分の前にたてた。それから間も無く、ドアに何かが刺さる音がドスッドスッと聞こえシズクは今回二度目のため息をついた。天井にはドライアイスとガラスの破片と釘が入ったペットボトルがシズクを待っていたようにたくさんぶら下がっていたのだ。

 シズクは音が止むとドアを前に放り投げ、もう一度部屋を見渡した。部屋にはガラスの破片、よく見れば錆びている釘、ペットボトルの破片が散らばっていた。

「殺る気なのかい…………本気で。」

 シズクは自分が冷や汗をかいていることにはじめて気がついた。シズクは乾いた唇を舐めると、ヒササキを倒すためにバットを握りなおしてから歩き出した。 







 ユリは部屋の隅にいるヒササキの両親とみられる物体を見つめていた。二人はぐったりとしており、死んでいるようだった。だが、その二人はどう見ても…………

「ヒササキ…………あなたは…………どういうことなの?」

 ユリはの声は孤独な部屋に響くこともなかった。







 シズクはドアをバットで殴り、ドアを真っ二つに割った。ドアは破壊音と共に部屋の床に落ちる。シズクはその先にいる人物をしっかりととらえ、睨みつけた。部屋のなかにいる人物であるヒササキはいつもの笑顔でシズクを待っていた。

「___ユリを返せ。」

 シズクの口からはこの言葉しかでなかった。ただ、ユリを取り戻したいという思いが胸のなかに渦巻き続けており、他の言葉など脳中から排除されていたのだ。

「嫌だよ。いつだってお前は遅い。だからこういう事になる」

 シズクはその言葉を聞いた直後、床に落ちていたドアの残骸をヒササキめがけて力一杯投げた。ヒササキは紙一重でかわすと、ドアは壁に突き刺さって、破壊音が部屋のなかに波のように広がった。

 シズクはその頃にはヒササキの方へ走って近づき、バットを振り上げていたが、ヒササキはそれをよんでいたのか、今まで隠していた液体の入ったフラスコをすぐさまシズクのいる方へ投げた。シズクはその液体をかわそうとしたが、バットを降り下ろすために踏み込んでいたため動作が間に合わず、液体が腕にかかってしまった。

 その瞬間、腕に痛みが走り、鼻の中にはつんとした臭いが突き刺さる。シズクは腕と鼻の痛みに少しだけ動きを止めた。ヒササキはその隙を見逃さず、シズクが動き出す前にドライアイス爆弾を素早く作ってシズクの足元になげる。

 爆弾には水とドライアイスだけが入っていたため、爆音とペットボトルの破片がシズクを床に倒した。シズクはまたペットボトルに錆びた釘などが入っていると思い、大きく後ろに下がろうとしたのだ。だが、ペットボトルには危険物など入っていなかった。それにシズクといえどすぐに行動を起こそうとすれば稀に足がもつれたりする。

シズクは実際には襲いかかってくる事がなかった危険物が自分を騙したことに床に倒れた後に気づくこととなり、強く歯をくいしばった。

「はは。やっぱりお前、バカなふりした頭のいいやつじゃなくて、バカなんだな。」

 シズクは立ち上がろうとしたが、その前にヒササキがシズクの腕の火傷部分を足でぐりぐりと踏みつけていたため、シズクは激しい痛みに小さな悲鳴をあげることしか出来なかった。

 ヒササキは、そんなシズクの姿を見て、くすくすとわらっていた。

「シズク。何で俺がユリをさらったと思ったの?」

 ヒササキはベルトにくくりつけていた黒い布から、鈍く光る物を取り出した。

「…………だって…………お前以外に誰がッ……!」

 ヒササキはその言葉を聞いた瞬間、顔を少ししかめ、鈍く光る物を強く握りしめて構えた。

「___やっぱりお前、バカなんだな。」

 シズクは迫ってくる恐怖から逃れようと体を動かそうとした。だが、死神が自分の命に鈍く光った刃先を突きつけているような殺気に、体は硬直してしまい、動くことはなかった。

 ヒササキはシズクめがけて、鋭いナイフを降り下ろした。

 シズクの腹にナイフが深く突き刺さる。ヒササキはそのままシズクの腹を切り裂いた。

 断末魔の叫びと血の臭いが混じり合う。ヒササキはその臭いに酔ったのか、狂ったように笑いだし、シズクの目を滅多刺しにする。

「ははははっ、どうだ?お前の馬鹿力も目が見えなくなったらどうだ?あはははっハハハハハハ!!!」

 目を刺しているうちに、ナイフは脳のほうにまで到達したらしく、シズクの顔は目のあたりが脳と血の湖のようになって見れたものではなくなっていた。

 シズクが動かなくなったのにヒササキが気がついたのは、シズクの顔が目の周辺を境目に別れてしまったあとだった。







 ユリは目を閉じていた。そのせいか音がよく聞こえる。聞きなれた声が悲鳴となって自分の耳に突き刺さった事はユリの涙腺から涙を産ませて、閉じた目から次々と溢れさせた。止めどなく流れていくそれは、頬を濡らして、乾いた床に染みを作っていった。

「ただいま、ユリ」

 ユリはゆっくりと目を開けた。霞んだ景色に一人の人間が立っている。その人は何かを持っていて、その物からは自分の涙のように赤色の液体が滴っていた。

 彼が近づいて来たときにはもう、否定しつづけた現実は受け入れなければならなくなっていたものだから、ユリは顔を両手で覆って小さな泣き声を漏らしながら泣いた。

 霞んだ景色の中だって分かった。ヒササキが真っ赤に染まった服を着ていて、手が赤く濡れていた事が示す事を。

「__どうして泣いているの?あいつ、ユリの友達でも親友でも無いんだよ。ユリを傷つけた元凶なんだよ」

 ヒササキは死んだような無表情で淡々と言葉を紡いでいた。ユリは何を言っているのか分からなかった。そんなこと、知らなかった。

「___何でっ………シズクを殺したのっ!?あの子は何も悪くないじゃない!それに、あなたの事が好きだったのよ!?それなのに……何でっ_____」

 ヒササキは目を細めてユリの近くにしゃがみこむと、言葉ごとユリを抱きしめた。自分が脆い砂糖菓子のようだったら、すぐに崩れて粉々になってしまうくらいに強く抱き締められたユリは、鉄臭い香りと彼の暖かさに霧のかかった記憶がゆっくりと心のずっとずっと奥の何かを解凍していく複雑な感触に襲われ、震えていた。

 ヒササキはユリから少し離れると決意の感情を宿した瞳でユリを見つめた。

「__シズクは…………いや、ヒ___」

 ヒササキがそう言いかけたときだった。ドアが爆音を響かせながら壊れた。ドアがあった所には低い体勢で立つ人物がいた。その人物は、片手にバットを、短パンにはどこの部屋で手にいれたのか分からない小さなドライバーを刺している。

「…………ろ……」

 彼女の口からは絶え間無く小さな言葉が漏れ出ていた。

「こ…………す………………」

 言葉は殺気で満ちていた。彼女は垂れた首を上げ、今まで前髪で隠れていた目を露にした。その目はまるで_____



「___殺ス…………殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス…………」


 

____死神のようだった。

 ヒササキはポケットに隠し持っていた試験管の液体を彼女にかけようとしたが、その前に彼女はヒササキめがけて小さなドライバーを全力で投げていた。ドライバーは空気を抵抗を無視したような速さで切り、ヒササキの肩に突き刺さった。

「…………さっきのお返し。もので刺される痛みを知りな。」

 彼女は、シズクではないように冷たい目でヒササキを見下ろしていた。一方ヒササキは試験管を落としてしまったが、辛うじてシズクの方へ向いて、ドライバーが突き刺さったところをおさえながら体勢をととのえていた。



 もうこの空間は歪み、元に戻すことはできないと、この時三人は悟りはじめていた。



 シズクは狂ったように笑みを浮かべながらヒササキに歩み寄る。

「ヒササキぃ~~酸性の薬品で怪我しちゃうって痛い~~~~?ねえぇ、痛い?痛い痛い?痛い?痛い?痛い?痛い痛い?あはっあはははははははは」

 シズクはそう言いながら「まぜるな危険」と書かれたトイレ用洗剤を取りだし、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。ヒササキは反撃しようと立ち上がり先程シズクを刺した包丁を構えたが、その時既にシズクはバットをヒササキの肩あたりにある急所めがけて投げていたため、ヒササキは壁に叩きつけられてしまった。

「痛い?痛い?痛い?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い?痛い?痛いぃぃぃいぃ?あははは痛い?ねえぇ痛いかなぁぁあぁ?」

 シズクは壁にもたれ掛かりながら崩れ落ちていくヒササキの髪の毛をわしづかみにし、トイレ用洗剤をヒササキの片目に突っ込んだ。そして、目を潰すが如くグリグリと押し込む。途端、ヒササキの小さな悲鳴と片目から涙のように溢れ出るトイレ用洗剤の液体の音が混じり、均一に混じりあわなかった赤と青の色が織り成す不気味な音となってユリのシズクを止めようとする気持ちを捻り潰した。

 液体はドクドクとヒササキの頬を伝ってはフローリングの床に落ちていたが、シズクはかなりの量の液体が床に広がっているのに気付かないくらいに夢中でトイレ用洗剤の本体を握りしめていた。その狂気を帯びた目は好きな人を見る目ではなく、恨みを宿した目であった。

 ユリは止めてと言い続けていたが、シズクの耳には届く気配すらない。どんなに止めてと叫んでもシズクはトイレ用洗剤の本体を握りしめる力をゆるめることはなかった。

 そんなことが災いとなったのか、シズクはヒササキが一瞬ニヤリと笑ったことに気付けなかった。ヒササキはゆっくりとベルトの後ろに手を伸ばすと、何かを震える手で握りしめていた。

 ユリはその正体に気づいたが、その瞬間彼が今からやろうとしていることを悟り、叫び続けていた言葉は殺されてしまったように姿を消した。

 ヒササキは漂白剤を握りしめていたのだ。シズクはそれが露になってから奪い取る行動にでようとしたので、漂白剤に手が届いた頃には中身が床にこぼれだしていた。





________その漂白剤には赤い文字ででかでかと書いてあった。「まぜるな危険」と_____





 シズクはこぼれたトイレ用洗剤の液体の上に漂白剤が広がっていくのに危険を感じ、反射で身をひいてしまった。その行動でヒササキの目からトイレ用洗剤の先端が離れ、強く握りしめていたものだからドポドポという音をたてながら液体が床に広がっていき、二つの液体が混じりあっていった。

「________それ、酸性のトイレ用洗剤だよね?そしたらどうなるか…………分かるよね?」

 ヒササキの乾いた笑い声が部屋に響いていた。それは命を放り投げるような声で、自分の死を悟っているようだった。

 この部屋にいる三人は、これから起こることを既に理解していた。急いでシズクは窓を開けようと窓を探したが、この部屋の窓は、ヒササキによって封じられており、シズクの怪力でもどうすることもできなくなっていた。

 シズクはユリを連れてこの部屋から出ようと思い、ユリの腕をつかむとドアが壊されて開いている部屋の出口へと駆け出した。

 しかし、シズクの足はすぐに動きを止めることとなった。

「嘘…………でしょ………?こんなことできるわけ……ない……」

 出口は何故か、ふさがれていたのだ。この部屋にいる三人は出口をふさぐ暇などなかったのに。シズクは力一杯ドアを叩いた。何度も何度も叩いた。いつもならドアなど一度殴れば壊れるのに、ヒビすらはいらぬドアを何度も叩いた。

「何でッ……!何で何で何で何で何で何でッッッッッ!!!壊れろよっ!壊れてよぉぉぉおおおお!!!」

 シズクは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ドアを力一杯叩き続けた。

「もう…………無理なんだよ。もう、変えられないんだよ。」

 ヒササキは薄笑いを浮かべながらボソッと呟いた。その頃には鼻を刺す刺激臭が部屋に充満してきており、ドアを力一杯叩いていたシズクも、薄笑いを浮かべていたヒササキも、動くことさえできなかったユリも、咳こみはじめ、吐き気が襲いかかった。

 喉の中が刺激され、かきむしらずにはいられなかった。ユリは喉をかきむしりながら、床に倒れこむと、視界の先には、同じく床に倒れこんでいるヒササキがうつっていた。

 彼はユリに向かって手を伸ばし、口をパクパクと動かした。

「ヒ………………シ………………」

 ヒササキのその言葉が耳に届いた頃には、ユリの視界は真っ黒く染まっていた。



_____どうしてこうなったのかしら_____



 わずかに視界に残る光は、ユリに考える余地を与えた。



______彼を傷つけてしまったのだろうか__



 窓に微かにうつる人影は、無機質な表情でこちらを見つめていた。



_____全ての元凶は_______



 ヒササキに抱き締められた時に溶けて思い出した記憶。そう、元凶となった『    』は…………









______あの日だった_______ 







 ユリは思い出した。だが、そのときにはもう、ユリの意識は深い闇の中へと落ちて、戻ってくることはなかった。

 

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