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そのころから、ルクスはアルテミシアとよく薬草摘みに行くようになった。
ルクスが毎日のように、行こう行こうと誘うので、アルテミシアも、つい、つられて、だったのだけれど。
手に入れられる薬草の種類は格段に増えたし、四季折々、ほんの僅かの期間にしか手に入らない珍しい薬草もちょくちょく手に入れられるようになったので、郷の人たちからも、なかなかに重宝されて、それにまたルクスは気をよくして、ますます張り切って薬草摘みに精を出すようになった。
アルテミシアに習って、畑の世話も上手くなったし、重労働の水汲みも、イヤな顔ひとつせずやる。
あのいたずら小僧が、ここのところ、すっかり立派になったと、評判も上々だ。
それもこれも、しっかりしたアルテミシアのおかげ、と、ルクスの母親は、アルテミシアを褒めちぎっていたけれど。
それも、前ほどには、イヤな気にはならなかった。
それに、アルテミシアの祖母には、ルクスがいるから安心だ、などと言ってもらって、もうすっかりルクスは、自分はずっとアルテミシアの傍にいて、アルテミシアを守るんだ、などと思い込んでいた。
季節は巡り、冬至祭りの朝。
今日は、薬草ではなく、祭りの灯のための火口にする香草を採りに、ルクスはアルテミシアと出かけていた。
冬至祭りは、郷の家々や、周りの木々に灯を灯し、森の再生を祈る大切な日だ。
冬の早い日暮れ時から、郷中総出で灯を灯し、族長の祝福の後に、祝歌を郷人全員で歌う。
その後には、何日もかけて用意したご馳走を並べて、楽しい祝宴があった。
ルクスは、ご馳走の並ぶ祝宴が楽しみで、もう、何日も前から、わくわくしてこの日を待ち焦がれていた。
族長の祝福と、その後の歌はちょっと退屈だけど、ご馳走のためなら仕方ない。
ことに、歌は、ルクスはあまり好きじゃなかった。
歌の文句を覚えるのは面倒だったし、大きな声で好きに歌うと、周りに合わせろと叱られる。
うっかり、歌詞を間違えることもしばしばだったし、間違えるのはわざとじゃないのに、そのたびに、じろっと睨まれる。
おまけに、祝祭のひと月ほど前から、毎晩のように、寒い中集まって練習をさせられて、つくづく、うんざりしていた。
けれど、今年は、その退屈な歌も、いつもと少し違っていた。
歌の途中には何か所か、ソロで歌うところがあるのだけれど、そのひとりに、アルテミシアが選ばれたのだ。
これは、たいそう名誉なことらしい。
この年齢で、ソロに選ばれたのは、郷の開闢以来、初めてのことだ、と、大人たちも、しきりに噂していた。
アルテミシアの歌は、何度も聞いたことがあったけれど、そのすんだ声の美しさは、あまりそういうことには興味の薄いルクスですら、感動したくらいだった。
夜の練習のときにも、何度もアルテミシアのソロを聞いたけれど、思わずぞくぞくするほどの歌声だった。
うるさがたのお年寄りも、ほう、と唸ったきり黙ってしまうくらいで、文句をつける人もひとりもいなかった。
ルクスは、それが、自分のことのように嬉しかった。
いっそ、ソロパート全部、アルテミシアが歌えばいいのに、とすら思った。
そうして、やってきた、当日。
郷の人たちは、朝早く起きて、祝宴の準備に余念がなかった。
そうして、大切な今年の火口を探しに行く、という大切な役割を、ふたりに任せてくれた。
アルテミシアは、幼いわりに、いつも、淡々と冷静な方だったけれど、流石に、今朝は少し、いつもより興奮しているようだった。
ルクスのほうはもう、手がつけられないくらいに、うかれきっていて、意味もなく走ったり、高いところにのぼったり、奇声をあげたりしていた。
うっすらと雪の積もる冬の森は、しん、と静かだった。
鳥も虫も獣も、冬ごもりをしているのだろう。
うさぎが一匹、ルクスの奇声に驚いたみたいに飛び出してきたけれど、すぐに、迷惑そうな顔をして、草むらに帰っていった。
ルクスは、木の枝を一本手に持って、意味もなく、そのあたりの木の幹を叩きながら、小径を歩いていった。
夜の祝宴が楽しみ過ぎてたまらない上に、名誉な役目を与えられた光栄に胸も高鳴り、おまけにアルテミシアもいる。
とにかく、じっとなどしていられない気分だった。
火口にする香草は、いくらでも郷の近くに生えていたけれど、ルクスは、そのどれにも、顔をしかめて首を振ってみせた。
「今年は、特別な冬至祭りだからな。
こんなんじゃ、ダメだ。」
いっぱしの知恵者のふりをして、重々しく言ってみる。
そうかな?とアルテミシアは首を傾げたけれど、ルクスの言う通り、もう少し行ってみることにした。
「俺さあ、昔、弟、ほしかったんだよね。」
歩きながら、ルクスはアルテミシアにそんなことを話し始めた。
「昔は、俺、お前のこと、あんま好きじゃなかったからさ。
一緒に遊べる弟、いたらいいなあ、って。」
なんだか、ちょっと、夜に炉端で話すおばあちゃんみたいだな、とアルテミシアは思いながら、黙っていた。
「ほら、あの、泉の傍の家。
あそこのふたりって、兄弟なんだろ?
あいつら、仲良くて、いっつも一緒にいてさ。
俺、いいなあ、って思ってて。
やっぱ、弟だよ。
それしかないよ。」
確かに、泉の傍の家の兄弟は、仲良しだ。
何が、それしかない、のかはよく分からないけれど、アルテミシアは、とりあえず、曖昧に頷いた。
「だから、母ちゃんに頼んだんだ。
弟がほしい、って。
そしたら、母ちゃんは、冬至祭りの日に、森の精霊に頼め、って。」
冬至祭りの日は、森の精霊が、子どもたちに何かいい贈り物をくれる日だけれど。
弟も頼めるとは知らなかった。
アルテミシアは、今年は、新しい木槌を頼むつもりだけれど。
来年は自分も妹を頼もうかな、と思った。
「だからさ、俺、今夜頼むつもりなんだ。
森の精霊にさ。
弟をください、って。」
そこまで話してから、あ、とルクスは気付いたように付け足した。
「いや。
今はもちろん、お前のこと、嫌いじゃないけど。
だけど、お前だって、いたらいいと思うだろ?
俺の弟。」
アルテミシアは、よく分からなかったけれど、とりあえず、うん、と頷いた。
「だからさあ、今年の冬至祭りは特別なんだよ。
願いを叶えてもらうためにも、灯をしっかり灯さなくちゃ。」
灯を灯しながら願い事を唱えると、灯に惹かれてやってきた森の精霊たちが、願い事を叶えてくれる。
郷では、そんなふうに言われていた。
ルクスがこんなに火口にこだわるのは、そういう理由だったのかと、アルテミシアは納得した。
なら、仕方ない。
今日は、早く帰って、木の実のパイの作り方を習うつもりだったけれど。
木の実のパイは、また今度にしよう、と思った。
ふたりはせっせと歩いて、とうとう、森の滝のところまで来てしまった。
この滝のむこうには行ってはいけない、と言われていた。
郷の森、と呼ばれるのは、この滝までだった。
「なんだ、あんま、いい草、生えてなかったなあ。」
ルクスはちょっとがっかりしたように、そのあたりの石ころを、木の枝で突いた。
ころころと石は転がって、滝壺にぽちゃり、と落ちてしまった。
何気なく滝を見上げたルクスは、あ、と小さい声を漏らした。
「おい。あそこ、見ろ。
あれ、なんか、光ってねえか?」
ルクスは、滝を見つめながら、持っていた木の枝でアルテミシアを突いた。
アルテミシアは、木の枝で突かれて迷惑だったけれど、ルクスの言うように、滝を眺めた。
確かに。
言われてみれば、光っているようにも見える。
ちょっとした光の加減かもしれないけれど。
いや、少し移動してみても、やっぱり、そこは明るく光っていた。
「なあ。
あれ、火口にする香草じゃねえか?」
おまけにその光っているところにあるのは、ふたりの探していた香草だった。
「いや、これは、あれだ!
あれしかねえ!
俺たちは、今日、あれを探しにきたんだ!」
ルクスは興奮してまくしたてると、木の枝を放り出して、滝の横の崖を登り始めた。
「あ。
ここは、登っちゃダメだ、って…」
ここは、郷の森の境界だ。
滝は登るなと、言われていた。
アルテミシアは、慌てて、引き留めようとした。
「大丈夫だ、って。
滝のむこうへ、行くな、って言われてるだけだろ。
この崖なら、ぎりぎり、滝のこっちじゃねえか。」
確かに。
ルクスの言うのにも一理ある。
アルテミシアは、はらはらしつつも、登るルクスを、じっと見守っていた。




