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後から思い返せば、それは、郷のすぐ近くに行っただけの、お使いのようなものだったけれど。
ルクスとアルテミシアにとっては、初めての小さな冒険だった。
その辺の森は、古くから、郷の森の民の手でよく手入れされている森だった。
獰猛な獣は、追い払われていて、子どもふたりでも、危険なこともなかった。
森の中には小径もつけられていて、迷う心配もない。
木々を見回る大人たちともときどき出会う。
つまりは、安全を確保された、お使いだった。
道々、アルテミシアは、お目当ての薬草の他にも、いろいろと薬草を見つけては摘んでいった。
ときには、大きな岩の上や、高い木の上に生えていることもあって、そういうときは、ルクスの出番だった。
ルクスは木だろうと崖だろうとするすると登って、薬草を採ってきた。
そして、薬草を手渡すとき、自分を見て、有難う、とにこっと笑うアルテミシアの笑顔に、毎回、どきどきしていた。
なんだよ、アルテミシアのくせに。
胸の中では、精一杯の強がりを、何度も、繰り返してみたけれど。
その笑顔を見るためなら、ひやりとするほどの危ない場所だって、少しも怖いとは思わなかった。
お目当ての薬草は崖っぷちというより、崖に生えていた。
とても珍しい草で、花の咲く間にだけ、薬効を持つ草だった。
その草を摘めるのは、一年の間にも、ほんのわずかな期間だけだ。
けれども、その花は、森のうさぎたちの大好物で、咲くとすぐに食べられてしまう。
花がなくなると、薬効もなくなるので、その薬草摘みは、いつもうさぎとの競争だった。
ふたりは、うさぎも来られないような険しい崖に、その薬草が群生しているのを見つけた。
早速、ルクスは、ひょいひょいと崖をよじ登ると、草を摘んで戻ってきた。
ルクスにとっては、造作もないことだったけれど。
アルテミシアは、両手いっぱいに草をかかえて、とても、嬉しそうに笑った。
「有難う!」
なんだよ。アルテミシアのくせに。
ルクスは、もう一度、胸の中でそう呟いたけれど。
その呟きは、最初のころより、もうだいぶ、小さくなっていた。
お目当ての薬草を無事に摘んで、お弁当を食べたら、暗くなる前に郷に帰ってきた。
母親の作ったお弁当は、ルクスの好物ばかり入れてあって、とびっきり美味しかった。
アルテミシアも、自分の好きなお弁当を、美味しそうに食べているのが、なんだか嬉しかった。
持って帰った薬草は、たいそう喜ばれた。
こんなに立派な薬草は見たことがない、と、アルテミシアの祖母は何度も何度も言ってくれた。
少し照れながらも、ルクスも、悪い気はしなかった。
その一日は、びっくりするくらい速く過ぎた。
そうして、ルクスは、その日の終わってしまうのが、とても惜しかった。
翌朝。
いつものように早起きをして、水汲みに行こうとしたアルテミシアは、扉を開けるなり、そこにいたルクスと鉢合わせした。
「おはよう!」
ルクスは視線を逸らせたまま、ぎこちなく片手を上げて挨拶をした。
アルテミシアも、小さく、おはよう、と返した。
「なあ、あの、薬草、足りたか?
もしかして、足りなかったら、今日も採りに行くか?」
ルクスにいきなり尋ねられて、アルテミシアは目を丸くした。
「昨日、採ってきた分で、一年くらいは、大丈夫だと思う…」
それを聞いたルクスは、あからさまに落胆した顔をしたけれど、すぐにまた、気を取り直したように、アルテミシアに言った。
「じゃあ、違うのは?
薬草ってのは、いろんな種類のを使うんだろ?
今日は採りに行かないのか?」
「…今日は、昨日採ってきたのを、洗って、干して…」
今日の予定を思い出しながらアルテミシアが言うと、ルクスは、つまらなさそうに口を尖らせた。
「それって、急ぐのか?」
「早くやらないと、せっかく採ってきたのに、萎れてしまうから…」
「その仕事はばあちゃんに任せて、お前は、薬草摘みに行く、ってのは?」
「今日は、畑の世話もあるし…」
どう言ってみても、今日は、薬草摘みには行けないらしい。
ルクスは、むぅ、と唸った。
「…ごめんね?」
思わずアルテミシアは謝ってしまう。
ルクスは、ぃゃ、と小さく呟いてから、突然いいことを思い付いたみたいに、明るく言った。
「そっか。
じゃあ、俺、薬草、洗ったり、干したりするの、手伝ってやるよ!」
「ええっ?」
「畑の世話も。
ふたりでやったほうが早いだろ?
それで、仕事が終わったら、また薬草摘みに行こうや!」
「ええっ?」
驚くアルテミシアに、じゃあな、とだけ言い残して手を上げると、ルクスは朝食をとりに、さっさと帰ってしまった。
アルテミシアが朝食をすませて畑に出ると、そこにルクスはもう来て待っていた。
鍬も持ち、額の汗を拭く真似をしながら、よっこいしょ、と一人前に腰を伸ばしてみせた。
「おう!
この辺、なんも植わってなかったから、土、耕しといてやったぞ!」
「ええっ?」
そこは、この間、アルテミシアが種を撒いたばかりのところだった。
アルテミシアは慌てて確かめたけれど、種は土と混ざってしまって、分からなくなっていた。
「…ここは…、種を撒いてあったんだ。」
「え?
そうなのか?」
途端にルクスはしまった、という顔になった。
アルテミシアは、そのルクスの顔を見て、大真面目に頷いた。
「そうなんだ。」
ルクスはしまったと思った。
しょんぼりとうつむいて、ぼそぼそと言った。
「どうしよう…俺…ごめん…」
アルテミシアは、うん、とひとつ頷いてから、畑の物置小屋に走って行った。
ルクスもしょんぼりとそのアルテミシアについていく。
ごそごそと物置小屋の中を漁っていたアルテミシアは、土ふるいをひとつ、取り出した。
「大丈夫。」
アルテミシアはルクスに一度だけ笑ってみせると、また畑に走っていった。
それから、ルクスの混ぜてしまった土を、丁寧にふるいにかけ始めた。
「あの草は、種が大きいから。」
そう呟きながら土をふるうと、ぽろぽろと種がふるいの上に残っていた。
「ほらね?」
心配そうに覗いているルクスに、にこっと笑ってみせる。
その笑顔と目が合って、ルクスは、お、おう、と慌てて頷いた。
「よし。それは、俺がやる。」
「じゃあ、任せた。」
アルテミシアから受け取った土ふるいを、ルクスはまるで、魔法の道具か何かのように感じた。
そうして、なんとか貴重な種は、もう一度回収された。
「ごめんな。
今度からは、もう、勝手なことは、しないよ。」
集めた種をアルテミシアに渡して、ルクスはしょんぼりと言った。
「うん。そうだね。
あたしも、こんなふうに手伝って、って、ちゃんと言うよ。」
アルテミシアはそう返した。
ルクスは、もう二度と邪魔をするな、って怒られると思っていたから、ちょっと驚いた目をした。
それから、嬉しそうに、おう!と答えた。




