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しゃららん。
族長はもう一度竪琴をかき鳴らした。
その音に、ルクスは、顔を上げて、族長のほうを見た。
「ゆえに、わたしたち、森に生きるものは、森の意志に逆らってはなりません。」
族長はにこやかに穏やかに、語った。
「自らの命を生かすため以上に、森のものをとることも、いけないことなのですよ。」
それは、この間、ベリー摘みに行ったときに、母親にも言われたことだった。
夢中になって、籠から溢れんばかりにベリーを摘むルクスは、母親にそうたしなめられたのだ。
食べきれないくらいとってはいけない。
母はそう言ってルクスを叱った。
なんだ、たくさんあるほうがいいじゃないか、とむくれるルクスに、母親はいつものお決まりの文句を言った。
「それが、森の掟なんだよ。」
まったく、掟、掟、って、このあいだから、うるさいったらない。
「ねえ、いつも、掟、掟、って言うけどさ。
それって、破ったらどうなるの?」
まあ、と母親は目を丸くした。
息子がこんなふうに言い返すとは予想していなかったのかもしれない。
それから、ちょっと声を低くして言った。
「掟破りは即追放。
ひとりぼっち、郷から出て行かなくちゃならないんだよ?」
夏の夜、怖い話をするときみたいに、母親は、ルクスに顔を近付けて、声を潜めた。
たったひとりきり、郷から出ていく。
それは幼い子どもには、とてつもなく恐ろしいことのように思えた。
ルクスはぐっと押し黙った。
「夜も、暗くて寒い森に、ひとりぼっちだよ。
あったかい布団もない、ご飯も食べられない。
そうなるんだよ。」
母親は追い打ちをかけるように続けた。
ルクスは震えあがった。
息子の怯えきった顔に、流石にやりすぎだと気付いたのか、母は、ちょっと苦笑して腰を伸ばした。
「だからね。
掟は守らなくちゃいけないんだよ?」
「分かった。」
ルクスは、何度も頷いていた。
掟、おっかねえ。
ルクスの中に、それはしっかりと刻み込まれた。
そのことを思い出したルクスは、族長に尋ねてみた。
「もしかして、それも、森の掟?」
族長は、おや、とルクスを見た。
「難しい言葉を知っていますね?
お母さんに習ったのですか?
そう。掟、です。」
掟かぁ…
ルクスは、ごくりと唾を飲んだ。
掟には、逆らっちゃいけない。
逆らったら、大変なことになる。
「森で、仔ウサギを拾っちゃいけない、ってのも、掟だったんだね?」
ルクスは、族長に確かめるように言った。
そうですね、と族長は頷いた。
「自らの命のためでないなら、森のものはとってはいけません。
たとえば、仔うさぎ一匹でも。」
「俺は、とったんじゃない。
助けたんだ!」
「ええ。
だとしても。」
族長はにこやかに、けれど、きっぱりと言い切った。
「あの仔うさぎの命は、森の意志に委ねられたもの。
わたしたちのように小さきものが、それにうかつに手を出してはいけません。」
森の石、かあ。
ルクスは、でっかい河原の岩が、むしょうににくたらしくなった。
「だけど、あの仔うさぎは無事かなあ。
獣に食べられたりしていないだろうか。」
「もしも、食べられてしまったとしても、それもまた森の意志。」
「そんなの、かわいそうじゃないか。」
「では、あなたは、もしも仔ぎつねが、お腹をすかせて死んでしまったとしても、かわいそうではありませんか?
そのうさぎを食べれば、助かったとしても?」
ルクスは、うっ、と押し黙った。
ちなみに、ルクスは、仔ぎつねも、拾ってきたことがあった。
「うさぎを助けるか、きつねを助けるか。
それは、わたしたち人には決められません。
だからこそ、森の意志に委ねるしかないのです。」
なるほど、とルクスは思った。
思うしかなかった。
けれど、まだ、なにか、心の中に、ごろごろしたものが残っていた。
しゃらら…
族長は竪琴をかき鳴らして、月を見上げた。
細い細い月が、背の高い木のてっぺんにひっかかったみたいに浮かんでいた。
「よい月です。」
族長は、しょんぼりしているルクスに、明るく言った。
「あれはまだ、生まれたての、あなたたちのような月です。
細くて頼りないけれど、美しい。
これから、荒波の中に漕ぎ出していく、小さな舟にも見えます。」
言われてみれば、なるほど、そうだな、と思った。
もっとも、舟ってものの実物を見たことはなかったけれど。
寝物語に聞く、大昔のご先祖は、舟に乗って海とやらを渡ったらしい。
その話しを聞いたときに、舟、の絵も見せてもらった。
「この郷は、長らく、子に恵まれませんでした。
しかし、近年、あなたとアルテミシアが、次々と生まれてきた。
これも、もしかしたら、森の意志かも知れませんね。」
また、森の石かあ。
頭の中でずんずん大きくなっていく石に、ルクスはため息を吐いた。
「あなたがたはきっと、一族を、幸せの岸へと導いてくれるでしょう。
あなたがたは、皆の大切な希望です。
あの月のように、これから満ちていく光です。」
ルクスは、旧い言葉で、光、という意味だ。
この名前は族長がつけてくれたらしい。
ルクスはそれを思い出した。
「さあ、もう、おかえりなさい。
お母さまが、ご心配なさっていますよ?」
あ。そうだった。
いったいどこまで手を洗いに行ったのか、と、またお小言をくらいそうだ。
母親のことを思い出した途端、ぐぅとお腹が鳴った。
「じゃあ、また。」
ルクスは軽く手を上げると、さっさと家にむかって駆けだした。
族長は、友だちに返すように、ええ、また、と手を振ってみせた。




