2
仔うさぎ。仔きつね。鳥のひな。
次から次へとルクスは拾ってくる。
そのたびに、母親からお小言をくらうのだけれど。
しばらくすると、けろりと忘れて、また拾ってくる。
無理やり捕まえてくるわけじゃない。
親とはぐれ、迷っているのを拾ってくるのだけれど。
それは、郷では、いけない、と戒められていることだった。
けれど、ルクスには、それが何故いけないのか、どうしても分からなかった。
どれも、ひとりじゃ生きていけない、か弱い命。
ほうっておけば、すぐに消えてしまうかもしれない命だ。
やわらかくて、あたたかい、小さな命を、掌にすくいあげると、それだけで、居ても立っても居られなくなった。
食事は、自分の食べ物を分け与えればいい。
食いしん坊のルクスにとって、食事が減るのは、少しばかり辛いことだったけれど。
寒くなる夜は、寝床に入れて、あたためてやろう。
小さな生き物と一緒に眠るのを想像しただけで、ルクスは、昨日叱られたことも、食べる量が減ることも、全部忘れてしまった。
けれど、そんなルクスの野望は叶ったことはなく。
たいていいつも、連れて帰ってすぐに、見つけられた。
いつも小さな生き物たちの隠し場所が同じだから、ということを、母親はあえてルクスには言っていない。
言えば、隠した生き物を見つけるのに、余計な苦労をすることになる。
おかげで、ほぼ毎回、ルクスの野望は、簡単に打ち砕かれるのだった。
今日も野望を打ち砕かれたルクスは、夕暮れ時、しょんぼりと郷に戻ってきた。
森に返した仔うさぎは、ルクスをちらりとも振り返らずに、草むらの中に消えていった。
仔うさぎの消えた草むらを、ほんのり淡い期待を抱きつつ、ルクスはしばらく見つめていたけれど、仔うさぎは、ルクスのところには戻ってこなかった。
無事に家に帰ったかなあ。
母ちゃんとは会えたんだろうか。
ちゃんと家に帰れよ。
ルクスは声には出さずにそう呟くと、しょぼしょぼと、郷に戻っていった。
郷に戻ると、家々の夕餉の支度の煙が、そこここに上っていた。
シチューを煮込む匂いやパイを焼く匂いが、あちこちから漂ってくる。
その匂いをかいだ途端に、ぐー、とお腹が鳴った。
大急ぎで家に帰ると、母親は、振り返りもせずに、おかえり、と言った。
「ごはん、できてるよ。
お皿、並べて。」
ルクスが料理の盛られたお皿に近付こうとすると、あっ、と後ろから首根っこのところを捕まえられた。
「その前に。
あんた、手、洗った?」
「………まだ。」
答えるすきに、ひょい、と皿の上のベリーをひとつ、口の中に放り込む。
甘酸っぱい味が口いっぱいに拡がって、思わず、にんまりと笑みがこぼれた。
「こら!つまみ食いする前に、手、洗っておいで。」
郷の広場には泉があって、共同の水汲み場になっていた。
ルクスはひとっ走りそこまで手を洗いに行った。
家に帰ってくる前に手を洗っておいで、と母親には言われているけれど。
ルクスはいつも、それを忘れてしまう。
「顔もついでに洗っておいで!」
家を飛び出したルクスの背中を、母親の声が追いかけて来た。
面倒だな、とルクスはちょっと顔をしかめたけれど、ほーい、と適当な返事を返して、広場へと急いだ。
広場には、小さな東屋があった。
昼間は、郷のいろんな人が集まって、共同で仕事をしたり、おしゃべりを楽しんだりする場所だった。
夜になると、あまり人気のない場所だけれど、族長が、ひとりぽつんと、東屋のベンチに腰掛けていた。
今夜はいい月夜だ。
月と同じ色をした、どこからが髭でどこまでが髪か分からない族長の髪は、月の光を映してきらきらと輝いていた。
「こんばんは。」
水汲み場に近付いて行くと、族長のほうから、そう声をかけてきた。
「よい月夜ですね。」
幼いルクスにも、一人前の大人のように口をきいてくれる族長を、ルクスはちょっと好きだった。
「こんばんは。
いい月夜だ…ですね。」
ルクスは族長の真似をして言ってみた。
ちょっと、言い間違えかけたけれど、族長はそんな細かいところは気にしないようだった。
そんなところも、ルクスが族長を好きな理由だった。
「こんな穏やかな月夜が、永遠に続きますよう…」
族長は、手に持った竪琴を、しゃらら、と鳴らした。
しゃらら、と不思議な音のするこの竪琴に、ルクスはかなり憧れていた。
族長はそのまま静かに、竪琴を爪弾き始めた。
ふわり、ふわ、ふわ…
族長の周りに、小さくてあたたかなふわふわ?のようなものが、いくつもわきあがる。
そしてそれは、竪琴の音にのせられて、ふわふわと辺りに漂い出していく。
ルクスは目を丸くして、それを見ていた。
なんだろう、あの不思議なものは。
手を伸ばして捕まえようとしたけれど、捕まらない。
それは、器用にルクスのほんの指先をすり抜けて、行ってしまった。
「あれは、なに?」
振り返って尋ねるルクスに、族長はにっこり微笑んで答えた。
「エエル。」
「ええる?」
「願いの結晶、といえばいいでしょうか。」
ねがいの、けっしょう、とルクスは小さく口の中で呟いた。
そして、願いというのは、とてもきれいなものだなと思った。
「族長は、何をお願いしたんだ、ですか?」
「平穏な日々を。
毎日の糧を与えてくれる森に、感謝と祝福を。」
???
族長の言葉は難し過ぎて、ルクスにはよく分からなかった。
首を傾げたルクスに、族長は、ほほほ、と小さく笑った。
「わたしたちは、森に生かされています。
その森に、お礼を言ったのですよ。」
「お礼?」
「有難う、と。」
ふぅん、とルクスは分かったような分からないような返事をした。
「獣も鳥も、森の民も同じ。
わたしたちは、大いなる森の意志に生かされているものです。」
「おおいなる、もりの、いし?」
ルクスの頭の中に思い浮かんだのは、沢にごろごろしている、大きな岩だった。
それが見えたかのように、族長は、あはは、と声に出して笑った。
「森の意志は、森に棲むありとあらゆる命に、慈愛を注いでいます。
その愛は、あまりにも大きくて、わたしたちのような小さな者に、その全貌を知ることなど、到底、不可能なのです。」
「族長も、分からないの…ですか?」
「はい。」
族長はにっこりと頷いてみせた。




