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アルテミシアなら、大丈夫。
アルテミシアは、しっかりしている。
郷の人々は、よくそう言った。
そう言われるたびに、アルテミシアの両親は、娘のことが誇らしいと同時に、複雑な感情を抱いていた。
もちろん、褒められるのは嬉しい。
褒められるに値するくらい、うちの娘は素晴らしい、とも思う。
けれど、子どもと共に日常を暮らす両親にしてみれば、アルテミシアもやはり、ひとりの子どもに過ぎないのだ。
食べこぼしだってするし、我儘なこともある。
小さな失敗など、数えきれないくらいするし、叱られることもする。
けれど、家の外の人たちは、アルテミシアを、あまり、そんな子ども、だとは見ていない。
しっかりしている、と言われるたびに、そう感じるのだ。
ひと月違いのルクスが、またはちゃめちゃに、とんでもないことをやらかすものだから、どうしたって目立ってしまって、だから、ルクスとの比較でしっかりしているとなる、というのは分かる。
分かるけれど、それをまた少し、困った事態だ、と思っている。
アルテミシアは、言葉数が少ない。
またこれも、ルクスというとんでもなくよくしゃべる子どもと並べられるから、アルテミシアはほとんどしゃべらない、と思われるくらい、少ない。
けれど、アルテミシアはしゃべらないわけじゃない。
ただ、しゃべる前に、考える。
考えてからしゃべるから、どうしたって、先にルクスに言われてしまう。
ルクスとアルテミシアは、家も年も近かったけれど、うんと幼いころには、自分たちから仲良くしようとはあまりしなかった。
お互いの志向が違うから、それもいいだろう、とアルテミシアの両親はあえてそれに口出しもしなかった。
いつのころだったか、その関係が少しずつ変わっていった。
どちらかと言えば、ルクスのほうから、アルテミシアに懐いてきた、と両親には見えた。
そのことは、迷惑、というのは言い過ぎかもしれないが、多少の困惑はあったのは事実だ。
けれど、アルテミシアは、賢く慎重で、そうして心根の優しい子どもだったから、その本質を知れば、どんな者も、アルテミシアのことを好きになってしまうだろう。
両親はそれも分かっていた。
アルテミシアも、ルクスのことを、疎んじてはいなかった。
むしろ、子ども同士、楽しそうに笑い合っている姿もあった。
そんなときのアルテミシアの笑顔は、素直に楽しそうだったから、あえて、ルクスと仲良くするのを止めることもしなかった。
成長するにつれて、アルテミシアは、親から見ても、何を考えているか分からない、と思うこともあった。
何かを言われれば、きちんと答えるし、指摘されれば、素直に従う。
けれど、そんなアルテミシアは、どこか、無意識に、本当の自分を抑え込んでいるのじゃないか、と、両親は感じていた。
アルテミシアの、本当に望むこと、を、両親はずっと分からなかった。
薬草摘みや薬草作り。畑の世話。
アルテミシアは、幼い子どもとは思えないほど、一人前にそれらをこなす。
家事も、弓の稽古も、休みたいと言ったことがない。
あまりにも、よくできた娘、のことが、両親にとっては、心配だった。
森の拾い子を拾ってきたあのときから、アルテミシアはさらに、いいお姉さん、になった。
自分よりも、ルクスや幼子を優先して、率先してその世話をする。
ますます、自分の望みは口にしなくなった。
ルクスもまた、拾い子の世話をすることで、多少は、成長した。
そうして、いつの間にか、三人はいつも一緒にいるようになった。
その姿は、微笑ましかったし、仲のいいことは悪いことじゃない。
それでも、うっすらと、両親の心配は、続いた。
両親にとっては、しっかりしたお姉さん、のアルテミシアも、育てている大切な娘、なのだから。
ところが、あるとき。
畑の世話をしている三人が話しているのを、聞いた両親は、とても驚いた。
アルテミシアは、ルクスに何か言われても、違うと思えば、きっぱりと否定していた。
そうして、ルクスも、アルテミシアに次々に相談していたのだ。
自分勝手に先へ進むルクスに、いつもアルテミシアは振り回されている。
それは自分たちの思い込みだったと、両親は気付いた。
そんな事実は、実際にはなかった。
ときに、意見の食い違うこともあった。
そんなとき、ふたりは、本気になって喧嘩をしていた。
そうして、そのふたりを仲裁していたのは、一番幼い、拾い子だった。
アルテミシアが、誰かと喧嘩をする、というのが、両親にとってはまず驚きだった。
大人しく、素直で従順な娘、だと思っていたけれど、そんなことはなかった。
そして、ルクスに対するアルテミシアは、思ったより、手厳しかった。
口数は確かに多くはないけれど、耳の痛いことも、ずばずばと言っているようだった。
そうして、口数の多い、やんちゃなルクスは、アルテミシアに言い負かされては、しぶしぶ、その言うことに従っていた。
この辺りで、ようやく、両親は、この三人の子どもたちを認めた。
互いが互いの成長に、とてもいい影響を与えあっているのだと、心から思えた。
ルクスも、ただの我儘な乱暴者ではなかった。
拾い子は、手のかかる厄介者ではなかった。
アルテミシアの、いいお姉さん、には、ますます磨きがかかってしまっていたけれど。
それもまた、悪いことじゃない、と思えた。
何より、いいお姉さん、になることは、アルテミシアの望むことなのだとも思えた。
いいお姉さん、になるために、いつも少し、アルテミシアは無理をしている。
それは、間違いないだろう。
いつか、もし、そのことを、アルテミシアが辛いと感じたとしたら、そのときには、親として、助けなければならないと思う。
けれど、その無理は、アルテミシアを成長させることにもなるだろうから。
ならば、少し離れて見守ってやろう。
アルテミシアの両親は子どもたちをそんなふうに見ていた。
しかし。
今回のことは少し問題だった。
皆のアルテミシアへの期待は、幼い子どもへの期待とは思えなかった。
ある意味、嘘を吐き、誤魔化すことを、期待されているようにも感じた。
アルテミシアは、誰より誠実で、潔白な性質だった。
両親も、嘘を吐いてはいけない、とそこは幼いころから何度も言い聞かせてきた。
それなのに。
子どもを言いくるめ、嘘を吐かせるなど、いくら、アルテミシアはしっかりしている、としても、難しい。
大人になれば、あるいは、嘘もときには必要だと理解していくだろうけれど。
今すぐに、それをさせるには、アルテミシアはあまりにも幼過ぎた。
けれど、郷の人々は、アルテミシアに期待している。
あの子どもはしっかりしているから。
あの子どもなら、なんとかしてくれる。
皆のその期待が、アルテミシアの両親には、ずしりと重かった。
それに、もしも、嘘を吐いたことが稀人たちに分かってしまったら。
アルテミシアにどんな害があるか分からない。
それだけは、何をしても、避けなければならない。
もちろん、拾い子のことは、守りたい。
けれど、その責任を、アルテミシアひとりに押し付けられるのは困る。
困るけれど、ならば、どうすればいいのかと問われれば、いい考えなど、思い付かない。
けれども。
あの優しい娘を、守ってやれるのは、自分たちだけだ。
アルテミシアの両親の心は、そう複雑に揺れていた。




