25
ミーロンが戻ってくると、水瓶には水がいっぱいに満たされてあったし、おまけに、籠いっぱいのベリーもあった。
ミーロンは、へぇ、と目を丸くした。
「もしかして、水場を見つけた?」
「おう!そうだぜ!」
ルクスは得意気に笑った。
へえ~、とミーロンは子どもたちを感心したように見回した。
水場は元々小屋のすぐ裏手にあったのだけれど。
小屋と水場との間に誰かの植えたベリーの木が、やたらと蔓延ってしまって、すっかり水場を隠してしまったのだ。
その木は、とてもたくさんの水を必要とする種類だったけれど、水場から常に溢れている水のおかげで、すっかりそこが居心地がいいらしく、おまけに、そのベリーは少し珍しい、とても美味しい木だったので、もう長いこと、そのままになっていた。
すぐ近くにベリーがなっていれば、非常食の代わりにもなるし、ちょうどよかった。
「アルテミシアがさ、ばあちゃんに秘術を習ってたんだ。」
「へえ。そうなのか?アルテミシア。」
「うん。このペンダントを使うの。
このペンダントも、ばあちゃんからもらったんだ。」
アルテミシアはペンダントを首からはずして、ミーロンに見せた。
ペンダントの先には、錘のような飾りがついていた。
「あたしも、やってみたのは初めてなんだけど。
うまくいくとは思わなかった。」
アルテミシアは少し頬を赤くして、そう付け足した。
どこか誇らし気にも見えた。
「これを、こう、回してさ。
ちょちょいのちょい、だよ。」
ルクスはミーロンの手からペンダントを奪うと、ぐるぐると振り回してみせた。
「ちょっと!
それは、違う。
そんな乱暴にしないで。」
アルテミシアはルクスからペンダントを取り返そうと追いかけたけれど、ルクスはへへん、とペンダントを持ったまま小屋の中を逃げ回った。
しばらくそのルクスに付き合っていたアルテミシアだったけれど。
ぴたり、と立ち止まると、両手を腰に当てて、低い声を出した。
「いい加減にしな。ルクス。」
その声を聞いた途端、ルクスもぴたりと止まった。
それから、おずおずとペンダントを、アルテミシアに差し出した。
これ以上やったらまずい、とそれは子どもたちの間の暗黙の了解のようだった。
ミーロンはそれを見ていて、思わず笑い出してしまった。
ミーロンは同じ年頃の子どもが郷にいなかったから、こんなふうに友だちとじゃれあうような経験はなかった。
三人の子どもたちを見て、なかなかいい仲間だなと思った。
ひとしきり、騒動の収まった辺りで、おずおずと遠慮がちに、拾い子はミーロンの近くにやってきた。
そうして、ミーロンの前に立つと、両腕を高く差し上げた。
いつもの、抱っこしてほしい、の仕草だった。
「父さん、おかえりなさい。」
「おう、ぼうや、ただいま。」
ミーロンはいつも家でやるように子どもを抱き上げてやった。
それは、家庭のいつもの習慣だった。
拾い子は、嬉しそうに、顔をくしゃくしゃにして、そのままぎゅっとミーロンの首に抱きついた。
大人しくて、滅多に困らせるようなことをしない子どもだけれど。
今の状況は、幼いなりに、不安なのだろう。
首に抱きついた小さな手の力に、ミーロンは何か胸に迫るものを感じた。
親子のその様子を、ルクスとアルテミシアは、じっと見ていた。
ふたりとも黙っていたけれど、目には、うるうると涙が盛り上がっていた。
それに気付いたミーロンは、膝をつくと、両腕をひろげた。
「お前らもおいで。」
それを聞いたふたりは、ミーロンの胸に駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。
ミーロンは、子どもたち三人をまとめて抱きしめた。
抱きしめられて安心したのか、三人は、揃って声をあげて泣き始めた。
やんちゃ坊主も、しっかりしたお姉さんも、まだまだ幼いことに変わりはない。
突然のこの事態に、動揺していて当たり前だ。
それでも、ルクスは、いつも通り、明るいムードメーカーたろうとしていたし、アルテミシアも、しっかりしたお姉さんの立ち位置を守ろうとしていた。
不安を押し殺し、いつも通りを演じるために、張りつめていた気持ちの糸が、ふっと、この瞬間に断ち切れてしまったのだろう。
ミーロンは三人が気が済むまで、そのままじっとしていた。
そのくらいしか、できそうなこともなかったけれど。
安心できる人の腕のぬくもりは、子どもたちの心への、何よりの癒しだった。
最後に泣き止んだのは、ルクスだった。
一番泣き虫だったのを露呈してしまって、ルクスは少し恥ずかしそうにしていたけれど。
それをからかう者はいなかった。
「なあ、ミーロン。
やっぱり、あの秘術、教えてくれないか?」
泣き止んだルクスは、おずおずとそう言った。
「あの秘術?」
ミーロンにはそれは、あの葉っぱを飛ばす秘術だとすぐに分かった。
「ほら、母ちゃんにさ、ちゃんと言っとかないと。
ほら、また、怒るからさ。」
ルクスは言い訳のように付け足した。
ミーロンはそれもおかしかった。
「よし。
お前らも、あれ、やるか?」
うん、とアルテミシアも大きくうなずいた。
小屋の前の木から葉っぱを二枚ずつもらうと、ミーロンは秘術の方法を教えた。
「こうして、この葉っぱを、蝶みたいに組み合わせるんだ。
そうしてから、ここに、こう息を吹きかける。
大切な人に、無事を報せてほしい、って願うんだ。」
ミーロンはお手本をやってみせた。
子どもたちは、神妙な顔をして、そのお手本の真似をした。
「ふあ!」
最初に飛んだのは、拾い子の葉っぱだった。
それは見事に蝶のように、ひらひらとどこかへ飛び去っていった。
いきなりできるとは思っていなかったミーロンは、少し驚いていた。
「すごいな、お前。」
ミーロンも、最初はなかなかうまくいかなかった。
何回も練習して、ようやく、フラウラのところまで飛ばせたのだ。
それなのに、一回聞いただけで、拾い子はやってのけていた。
拾い子は、ちょっと照れたように笑った。
それから、まだ飛ばせないルクスとアルテミシアを見て、両手を組み合わせた。
「みんなの葉っぱも、ちゃんと、飛びますように。」
すると。
ルクスとアルテミシアの葉っぱも、ひらひらと飛び立った。
「うわ。すげ。
もしかして、俺たちって、天才?」
ルクスは嬉しくて思わず叫んだ。
アルテミシアも、嬉しそうに、葉っぱの蝶の行った先を、ずっと見つめていた。




