20
そのころ、子どもたちは、いつものように森にいた。
少し足を延ばして、遠くの沢に珍しい苔を採りに行っていた。
ここのところ、少しずつ日が短くなってきていて、暗くなる前に帰るように言われていた。
「べつに、郷の森なら、少しくらい暗くなったって、平気なのにな?」
夏の日の長いころなら、もっと外にいられたのに、短い一日が不満で、ルクスはぶつぶつ文句を言っていた。
「仕方ない。
言いつけを守らないと、また、森に行けなくなるよ?」
アルテミシアは、あれ以来、すっかりみんなのお目付け役だった。
「大人の言うことには、言ってること以上の意味があるもんだから。」
分別くさいアルテミシアがけむたくて、ルクスは肩をすくめた。
「お前はそりゃ、帰ったって説教されないだろうけど。
俺は、家に帰ると、母ちゃんにまた、がみがみ言われ続けるんだ。」
ならば、お説教をされるようなことを、しなければいいのに、とアルテミシアは思ったけれど、黙っていた。
何でも思ったままに言ってしまえば喧嘩になる、ということを、最近、学習したのだ。
ルクスは、面倒くさそうに、岩に生えた苔を、へらを使って、がさりがさりと大雑把に削り取っていた。
どうにも、こういう単調な仕事は苦手だ。すぐに飽きてしまう。
腰につけた籠に、土混じりの苔が、もうほとんどいっぱいになったあたりで、ルクスはへらを放り投げた。
「あーあ。
もう済んだぜ?
なんだ、お前ら、まだ、ぜんぜんじゃねえか。
手伝ってやろうか?」
アルテミシアは、ルクスが適当に削った苔を土ごと入れようとしたので、あわてて自分の籠を引き寄せた。
「あ、あたしは、いいかな?」
そのまま、無意識に森の拾い子のほうを見た。
森の拾い子は、さっきから黙々と、へらで岩についた苔を剥がしていた。
苔を傷つけないように、丁寧にそっとへらを使っている。
あまりにも丁寧すぎて、なかなか、仕事は捗らないけれど、広い面の苔を、土が混ざらないようにきれいに剥がしてあった。
同じ仕事をしているのに、こうも違うものかな。
アルテミシアは、ふたりの籠を見て、つくづく思った。
拾い子の採った苔は、ほとんどそのまま全部、使えるだろう。
ルクスの採ったほうは、きれいに選り分けて、洗って、半分くらいになっちゃうかも…
そう思ったけれど、それも黙っておいた。
すると、ルクスは、ずかずかと拾い子のほうへ寄って行って、籠を覗き込んだ。
「なんだ、お前、遅っせえな?
仕方ねえ、俺のをちょっと分けてやろう。」
ルクスはそう言うと、自分の籠のを拾い子の籠に入れようとした。
「あああっ!ちょっ!と、待った!」
流石に、黙っていられなくて、アルテミシアは拾い子の籠を素早く奪った。
「なにするんだ、お前?」
怪訝そうに見るルクスに、アルテミシアは、しまった、と思う。
さて、喧嘩にならないようにするには、どう言ったものかな?
「っこ、っこ、っこれは、さ?
えっと、混ぜない、ほうが…」
拾い子は、いきなり始まった騒動に何事かと顔を上げたけれど、にっこりして言った。
「すごいねえ、ルクス。
そんなにたくさん採ってすごいねえ、って、おばあちゃんがほめてくれるよ。
でも、僕はおチビだから、こんなにぽっちりでも、きっと、ほめてもらえるんだ。
だから、僕にくれなくてもいいよ。」
「そうか?」
「そうだよ。
ルクスは頑張ったんだから、うんと、うんと、ほめてもらわなくちゃ。」
「そっか。」
ルクスは、少し考えてから、自分の採った分を自分の籠に戻した。
アルテミシアは、心底ほっとして、拾い子の籠を元の位置に戻した。
「アルテミシアもたくさん採ったねえ。」
拾い子はアルテミシアの籠も見て言った。
「ふたりとも、すごいよ。
僕は、ぜんぜんだ。」
アルテミシアは、自分の籠を拾い子の籠を見比べた。
確かに、自分のほうが量は多いけれど。
ルクスほどじゃないにしても、やっぱり、少し土が混じってしまっている。
それに比べれば、拾い子の採った苔は、まるで、そのまま生えているみたいに、活き活きとしていた。
「いいんだよ。
みんな、自分のペースってのがあるんだから。」
「じぶんの、ぺーす?」
「そうそう。
やりやすい速さでいいの。
手の力も大きさも、違うんだもの。」
「そっか。」
拾い子は、自分の手を確かめてから、アルテミシアを見てにこっとした。
「よかった。」
その笑顔に、アルテミシアは、真顔になってしまう。
下手にごまかそうとしたけれど、なんだか、上手にまとめられてしまった。
拾い子は、多分、何かを意図して、そういうふうに言うのではないのだろうけれど。
この子どもと話していると、不思議と、周りから、ちょっとした争いやつまらない諍いは消えてしまう。
最近じゃ、ルクスと喧嘩することも、めっきり減っていた。
拾い子は、元の苔を剥がす作業に戻りながら、小さく鼻歌を歌い始めた。
「その歌は?
もしかして、苔の歌?」
「そうだよ。
苔さんたちが歌ってるの。
だから、歌が聞こえなくならないように、そーっとそーっと剥がすんだ。」
苔の歌。草の歌。
拾い子は、よくそんな話しをする。
木も草も花も、みんな歌を歌っているのだと。
どんなに耳をすませても、そんな歌は聞こえないのだけれど。
そう言うと、拾い子はとても悲しそうな目をするから、それも言わない。
「おい。そろそろ弁当にしようぜ?」
すっかり退屈したルクスは、そう言って、そそくさと包みを広げ始めた。
朝、母親が、三人分作って持たせてくれた軽食だった。
「おっ。
今日は、お前の好きなベリーのジャムが入ってるぜ?」
「本当?」
ベリーのジャム、と聞くと、拾い子は、いそいそと立って、ルクスのほうへ近付いていった。
「うわあ、本当だ。
おいしそう…」
ジャムは小さなカップに入っていて、一緒に一口サイズのパイもたくさん詰めてある。
ルクスはパイをひとつつまむと、ジャムにつけて、拾い子の口の前に差し出した。
「ほれ。食え。」
拾い子は、ためらいもなく、ぱくっと食べてしまう。
さくさくと噛みしめながら、美味しい~、と幸せそうに笑うのを見て、ルクスも、にっこり笑った。
「ちょっと、ルクス。
また、手も洗わずにつまみ食いして!」
すかさず、アルテミシアの小言が飛んできて、ルクスと拾い子は同時に首をすくめた。
「俺、食ってないぜ?」
ルクスはけろっと言い返したけれど。
「食わせて、も、ダメ!
先に、手、洗いなさい。」
叱られて、包みを脇に避けると、へえへえ、と手を洗いに沢に下りていった。
「あの。ごめんなさい。」
拾い子は、口の中のものを飲み込むと、申し訳なさそうにアルテミシアを見た。
「君はいいの。君は。
あ。でも、食べるなら、君も、手、洗ってね?」
はーい、といいお返事をして、ルクスを追いかけて手を洗いに行く。
ルクスは、拾い子が沢に落ちないように、後ろから支えて、手を洗わせてやっていた。
その仲のいい姿を見ていると、アルテミシアも、自分もパイを食べたくなった。
それで、急いでふたりを追いかけて、沢に下りていった。
それから、三人仲良く、ベリージャムつきのパイを、お腹いっぱい食べた。




