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それからも、森の子どもたちは、三人一緒に大きくなっていった。
春が来て、夏も過ぎ、秋が来て、冬になる。
季節ごとの遊びや、祝祭も、ひとつひとつ、来ては過ぎる。
より素早く、力強く。より賢く、もっと器用に。
ひとつひとつの段階を経て、みるみる成長していく。
それぞれ、得意分野も不得意分野もあるけれど、三人いれば互いに補い合い、大抵のことはなんとかなった。
悪戯坊主の問題児だったルクスは、恐れを知らず先へと進む力強さを身につけた。
早熟な優等生のアルテミシアは、三人の中では、立派な参謀だった。
いちばん小さい森の拾い子は、そんなふたりを心から信頼し、どこにでもついていく。
ルクスとアルテミシアは、よく喧嘩もしたけれど、そんなときは、拾い子が仲裁に入った。
泣いて笑って、喧嘩したら、仲直りした。
森は、子どもたちに優しかった。
ときには、大人たちに叱られることもあったけれど、彼らも、ゆっくりと森の掟を学んでいった。
変わらず続く穏やかな暮らしも、けれど、見えないところから、少しずつ、変化していた。
この辺りにはまだ届いてはいなかったけれど、世界は、崩壊を始めている。
そんな噂は、風に乗って、この森の奥の郷にも聞こえてきた。
世界の崩壊、と言われても、まったく実感など持てなかった。
郷の周りの森は、以前と少しも変わった様子はなかったから。
変わらず森は豊かに実り、暮らしに必要なものは、すべて与えてくれる。
だから、それはまだ、どこか、遠いところの物語、のように感じられていた。
けれども、そんなある日。
郷に、旅の一行が訪れた。
彼らは、遠い遠い森から来た森の民の五人組だった。
郷の正面からやってきた彼らは、近くにいた郷人に、族長に会わせてほしいと頼んだ。
郷人は慌てて族長に報せに走った。
その間に、旅人たちは、郷の広場に行って、水場で手足を濯ぎ、身づくろいを整えていた。
報せを聞いた族長は、急いで来訪者のいる広場へと駆け付けた。
すると、彼らは、族長の前に並んで、丁寧に、旧い森の民の挨拶をした。
「我らは、救いの御子を探して、遠いところから、旅をしてまいりました。」
彼らは、旧い掟に定められた、正式な使者の印を示してみせた。
「世界を救う御子は、もうこの世界に現れているはずなのに。
世界は崩壊にむかっている。
どこかで、間違いがあったに違いありません。
我らの使命はその御子を探し出し、儀式を滞りなく済ませること。」
近隣の郷とは多少の行き来はあったものの、それ以外の森の民など、滅多に訪れることはない。
同じ森の民の言葉を話し、姿形も似ているとしても、彼らは、異種族と変わらないくらい、異質な存在だった。
余所からの稀人の来訪の噂は、あっという間に郷に広まって、みな、次々に集まってきた。
稀人の挨拶も使者の印も、郷の人たちにとっては、大昔に話しに聞かされた、くらい、見知らぬものだった。
郷の人々は、稀人たちに、言葉にならない威圧感のようなものを感じていた。
ことに、稀人たちの代表らしき人物は、姿形からして飛びぬけていた。
氷のような銀色の瞳。秋の長雨のように長く直ぐな銀色の髪。
身に纏う白の衣は、長旅の埃にもまみれず、鋭い眩しさを放っている。
一見して、ただものではない風格を漂わせていた。
郷人たちは、固唾を呑んで、稀人と、族長とのやり取りに注目していた。
無駄口をきくものは、誰一人、いなかった。
稀人は、集まってきた郷人を見回して言った。
「この郷には、子どもはおりませぬか。」
郷の人々は顔を見合わせた。
三人の子どもたちは、この場にはいなかった。
いつものように、三人して、朝早くから、森に出かけていた。
稀人の問いかけに、誰かが思わず正直に答えようとした。
けれど、隣にいた郷人が、それを慌てて引き留めた。
余計なことは言わないほうがいい、と、彼は小声で忠告した。
稀人への対処は、すべて族長にお任せしよう。
郷人たちはそう視線で合図し合った。
郷人からの返答は期待できないと覚った稀人は、族長に真っ直ぐにむきなおった。
稀人の貫禄の前には、いかな族長といえど、いささか頼りなくも見えた。
華奢で小柄な族長は、小さな背をさらに丸めて、稀人たちにむかってお辞儀をした。
「救いの御子、の伝承は、わたくしも幼いころに聞いた覚えがございます。
しかし、あれはずっと、幼子に聞かせる物語かと、思っておりました。」
「いかにも。にわかには、信じ難い部分もありましょう。
しかし、あれは、作り話ではなく、真実を言い伝えたもの。」
稀人は、ちらりと目を光らせて、最初にうっかり本当のことを言おうとした郷人を見た。
「この郷に子どもはいますね?」
郷人は何も答えないようにしようとしたけれど、僅かに、首をうなずかせてしまった。
それを、稀人は見逃さなかった。
「なるほど。
して、子どもの数は?」
ごくり、と郷人全員、息を呑む。
今度こそ何も答えるまい、と、皆が構えて、辺りは凍り付いたようになった。
その中で、ゆるりと言葉を発したのは、族長だった。
「この郷にも、有難いことに、子どもは授かっております。
しかし、その子らが、救いの御子かどうかを、判断することは…」
「それならば、造作もないこと。
その子どもたちを、ここへ連れてきなさい。
この目は、救いの御子だけを映す目です。
一目見れば、すぐに分かります。」
稀人の代表はそう言うと、一歩、前に出た。
その不思議な銀色の瞳が、きらりと、冷たく光った。
郷人たちは、ルクスたちが拾ってきたあの子どものことを思い出していた。
救いの御子、というのは、あの子どものことじゃないのか。
皆、そう思い当たっていた。
けれど、今ここで、この稀人たちに、そのことを知られるわけにいかなかった。
ここで引き渡したら、子どもが何をされるか分からない。
どう見ても、この人々は、子どもを幸せに育ててくれるようには見えなかった。
さきほど言った、儀式を滞りなく済ませる、というのも気になった。
あのとき、占いの婆は、あの子どもを殺そうとしなかったか?
もしかしたら、儀式というのは、そのことじゃないのか?
あの子どもは、もう、すっかりこの郷の一員だった。
知らないところから来た稀人に引き渡すわけにはいかなかった。
子どもを守る。
郷の人々の心はその考えにひとつになっていた。




