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パラアマン王国伝  作者: 村野夜市


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18/31

18

幼子は、なかなか目を覚まさなかった。

郷は、重苦しい雲に覆われたように、うち沈んでいた。

ミーロンとフラウラはすっかり憔悴して、郷の人たちも、この家族のことをとても心配していた。

ルクスとアルテミシアの家族は、ことに心配して、毎日のように様子を見に行ったり、食事を届けたりしていた。

もちろん、ルクスとアルテミシアも、一日に何回も幼子の様子を見に行った。


そうして、七日目の朝。

朝の最初の光と共に、幼子は目を覚ました。


枕元には疲れ切ったミーロンとフラウラがいた。

ふたりとももう何日もまともに眠っていなかった。

そのときは、疲れ果てて、意識を失うように眠っていた。


幼子はそっと手を伸ばして、フラウラの手に触れた。

ほんのかすかな感覚だったけれど、それでも、フラウラはぱっと目を開いた。

そうして、目を覚ました子どもを見つけた。


「………。」


しばらくの間、言葉も声も出てこなかった。

けれど、何か胸の奥からふつふつとわきあがってきた。


「起きた?

 大丈夫?

 具合は?

 痛いところは?」


思い付く言葉を次々に、並べながら、両手で子どもを抱き寄せた。


「よかった。

 本当に、よかった。」


それから、ぎゅっと胸の中に抱きしめた。


その気配に、隣にいたミーロンも目を覚ました。


「………?起きた?

 起きたのか?」


ミーロンはそう繰り返しながら、フラウラごと子どもを抱きしめた。


「よかった。

 本当に、よかった。」


両親が泣いているのに気付いて、子どもは、小さな声で言った。


「あの。僕、ごめんなさい。」


「まったくだ。

 もうこんな危ないことはしないでね?」


フラウラはちょっと叱るように言った。

それを、まあまあ、とミーロンはなだめた。


「子どもはいろんな経験をするものだから。

 けれど、君のことは、いろんな人が心配している。

 それだけは、忘れてはいけないよ。」


幼子は、ミーロンに言われたことをしばらくよく考えてから、答えた。


「分かった。」


よしよし、いい子だ、とミーロンは幼子の頭を撫でた。


幼子が目を覚ましたという報せは、あっという間に郷中に広まった。

みんな、この数日、ずっと心配をして、息を潜めるようにしていたから、あちこちで、歓声が上った。


なにより、ほっとしたのは、ルクスとアルテミシアだった。

ふたりは、その話を聞くなり、食べかけの朝食を放り出して、ミーロンの家に駆け付けた。


幼子はちょうど朝食を摂っている最中だった。

何日も眠り続けていたのだから、と、フラウラは消化によさそうなものをたくさんテーブルに並べていた。

幼子は、なかなか見事な食欲で、その食事を片っ端から平らげていた。


部屋に入るなり、ルクスは幼子に駆け寄ると、いきなり抱きしめた。


「ごめんな?

 俺、ごめんな?」


他に言葉が出てこない。


アルテミシアも隣に来て言った。


「ごめんね?

 怖かったね?

 怪我、してなかった?」


「うん。大丈夫。

 僕こそ、ごめんね?

 すっごい、寝坊しちゃった。」


「まったくだぜ。

 どんだけ寝るんだよ、お前。」


ルクスは軽く幼子の頭をかき混ぜた。

幼子は、へへっ、と笑った。


そこへ、ルクスの家族とアルテミシアの家族もやってきた。


「目を覚ましたんだって?」


真っ先に尋ねたのは、ルクスの母親だった。

それから、幼子の姿を見つけて、そこへ駆け寄った。


「大丈夫かい?

 痛いところは?

 気分は悪くないかい?」


「うん。

 ごめんね、おばさん。」


幼子がそう答えると、ルクスの母親は、ぽろぽろと涙を零しながら言った。


「何を言うんだい、この子は。

 ごめんね、はこっちだよ。

 まったく、うちの息子が、とんだことを…」


ルクスの母親は子どもからむきなおると、ミーロンとフラウラに深々と頭を下げた。


「ちょっ、やめてくださいよ。」


慌てて押しとどめようとするミーロンを遮って言う。


「本当に、申し訳ない。

 小さい子に、そんな危ないことをさせるなんて。

 ほらほら、お前も。

 ちゃんと、おふたりに謝るんだよ。」


ルクスを強引に引っ張ると、頭を押して下げさせた。


「まったくもう、このバカ息子は。

 よくよく、言って聞かせますから。

 もう、お宅のお子さんにも、近付かないように、って。

 ね?ルクス。分かったね?」


ルクスは驚いたように母親を見た。


「母さん、それは、ないよ!」


「何言ってるの。こんなご迷惑をおかけしておいて!」


母親に叱りつけられたルクスの目に、じわりと涙が浮かぶ。

そのルクスの前に、幼子が割り込んだ。


「おばさん!それはやだ!」


幼子は、たどたどしい口調で、なんとか分かってもらおうと言い募った。


「僕、ルクスと遊びたい。

 ルクスは何も悪くないよ。

 僕が、上りたい、って言ったの。

 ルクスは僕のお願いを聞いてくれただけなの。」


ルクスの母親は目を丸くして幼子を見た。

それから、そうだったのかい、ごめんねえ、と言いながら幼子を抱き上げた。


「優しい子だねえ。

 ルクスを庇ってくれるなんて。」


幼子はぶんぶんと首を振った。


「そうじゃないの。

 悪いのは僕なの。」


ぽろぽろと涙を零しながら、悪いのは自分だと繰り返す。

そんな幼子を見て、フラウラは言った。


「この子もこう言ってますから。

 ルクスと遊ばせない、なんて言わないでください。」


「ルクスはもうずっと、この子をとても、可愛がってくれてます。

 これからも、仲良くしてやってください。」


ミーロンも言った。


「俺、約束する。

 もう絶対の絶対に、チビに危ないことはさせない。

 約束するから。」


ルクスも泣きながら訴えた。


「おばさん、あたしも約束する。

 ちゃんと、ルクスのこと見てるから。」


アルテミシアも加わって言った。


周囲から訴えられて、ルクスの母親も、そうかい、と頷くしかなかった。


「ルクス、だけど、その約束は忘れるんじゃないよ?」


「うん。分かった。」


ルクスは強く頷いた。


そのときの約束は、ルクスの胸に根を下ろして、ずっとずっと消えなかった。

そして、生涯、ルクスは、その約束を守り続けたのだった。









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