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パラアマン王国伝  作者: 村野夜市


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幼子は、ルクスに、ここでじっとしていろ、と言われた場所に、立っていた。

ルクスのほうを見て、凍り付いたみたいに、立ち尽くしていた。


けれど、ルクスには、どうすることもできなかった。

アルテミシアにも、どうすることもできなかった。


ぶつかる寸前、ルクスは、幼子のほうへ手を伸ばした。

何も考えていなかった。

ただ、本能的に、幼子を守るように、自分のほうへ引き寄せて、ぎゅっと胸の中に抱きすくめた。


ざあっという本降りの雨の森の中を、アルテミシアの悲鳴が貫いた。


その一瞬。

すべての音は消えた。

降る雨も、落ちるルクスも、すべての動きを止めた。

その世界を、七色の光が覆った。

不思議な花の放つ光だった。


アルテミシアは、見開いた目でその一部始終を見ていた。


もう、どうしようもない。

幼子もルクスも、きっとひどい怪我をするだろう。

自分はなんてことをしてしまったのだ。


絶望と後悔に押しつぶされた心に、七色の花の光は、希望のように差し込んだ。


七色の光は、ルクスと幼子を包み込むと、ゆっくりと下の安全な地面まで下ろしていった。

光のなか、ルクスの手足についた小さな擦り傷も、きれいに治っていた。


一瞬の後。

ざあざあという雨の音と、地面に下ろされたルクスと幼子は戻ってきた。


アルテミシアは、ふたりの元へ急いで駆け寄った。


ふたりとも、気を失っていた。

けれど、どこか怪我をした様子はなかった。

ルクスは、幼子を守るように、しっかりと抱きかかえていた。

冬の暖炉の前で、ふたり仲良く寄り添って、昼寝をしているように見えた。


「起きて!

 ルクス!

 起きて!」


アルテミシアはふたりのからだを揺すって起こそうとした。

すると、ルクスが、気持ちいい昼寝から起こされた、みたいな顔をして、目を開けた。


「なんだ?

 今、いいとこなんだ。

 もうちょっと頑張れば、あの花を…」


寝ぼけたように言いかけて、口の中に入ってくる雨に気付いた。


「うわっ!

 なんじゃ、こりゃ!」


髪も服も、どこもかしこもずぶ濡れだった。


「いいから、帰るよ!」


アルテミシアは間髪入れずに宣言すると、幼子を抱え上げようとした。


「おう!

 チビは、俺の背中へのせろ!」


ルクスもすぐに跳ね起きると、幼子を自分の背中へ背負った。


「走るぞ!」


アルテミシアに否やはない。

ふたりは、そのまま、郷を目指して駆け始めた。


郷に戻ったとき、ふたりともずぶ濡れだった。

心配して子どもたちの帰りを待っていた家族は、すぐにふたりを乾いた服に着替えさせて、火を焚いて冷え切ったからだを温めてくれた。


幼子は、郷に帰りついても、まだ目を覚まさなかった。

ミーロンとフラウラは、ルクスとアルテミシアにお礼を言って、子どもを連れて帰った。


温かい飲み物で、頬に赤みが戻ってくると、ルクスとアルテミシアは大人たちに取り囲まれて、事情聴取が始まった。


ふたりは、岩の上に不思議な花を見つけたところから、全部、包み隠さずに正直に話した。

それから、長々とお説教をくらった。


ふたりともお説教にはすっかりしょんぼりしてしまったけれど、それよりも、心配なのは幼子のことだった。


翌朝になっても、幼子は目を覚まさなかった。

枕元で香を炊いたり、音を鳴らしたりしても、効果はなかった。


ルクスは、放っておくとろくなことをしない、と、母親に、大量の薪割りを言いつけられた。

丸一日やっても、到底終わるはずのない量だったけれど、ルクスはそれを、たった半日で片付けた。

やり終えた途端、薪割りの斧を放り出して、ミーロンの家に駆けて行った。


ルクスが行くと、ちょうど、アルテミシアも、お見舞いに来たところだった。

持ってきた籠には、幼子のからだによさそうな薬草や香草がたくさん入っていた。


ふたりはその籠を抱えて、ミーロンの家を訪ねた。


「昨日は、うちの息子がお世話になったね。」


ミーロンは、そう言って、ふたりを家に入れてくれた。


フラウラはずっと子どもの傍にいて看病をしていた。

ふたりが行くと、無理して笑って言った。


「ごめんね。まだ、目を覚まさないのよ。」


フラウラは、子どもを心配するあまり、すっかりやつれた様子だった。


覗き込んだ幼子は、すやすやと寝息を立てて、眠っているようだった。

どこか苦しそうには見えなかった。


昨日の出来事は、大人たちには全部話していたし、それは、ミーロンたちにもちゃんと伝わっていた。


「不思議な花を見つけたんだって?」


全員が黙りこくっていると、ミーロンがそんなことを言い出した。


「俺も、聞いたことあるよ。

 七つの色に光るんだろ?

 それを見つけたら、すごくいいことがあるそうだね?」


「…本当にその花だったのか、思い出してみたら、自信ないな、って…」


しょんぼりと話すアルテミシアを、ルクスは遮った。


「いいや。あれは、確かに、七色の花だった。

 俺は、すぐ近くで、この目で見たんだ。」


それから、ミーロンを真っ直ぐに見て言った。


「あの花は見つけても、摘んじゃいけない花だったんだ。

 なのに、俺、あの花を摘もうとしてた。

 アルテミシアにも止められたのに。

 どうしても、持って帰りたかったんだ。」


「あたし、考えなしに、弓を射てしまった。

 だから、ルクスは岩から落ちて…」


「チビを岩に上げたのは俺なんだ。

 高いところを見せてやりたかった。」


「あたしたち、もっと注意するべきでした。

 本当に、ごめんなさい。」


ミーロンとフラウラはふたりの話しを静かに聞いた。

それから、フラウラは言った。


「アルテミシアは、その花が光って、ルクスとこの子を助けてくれるところを見たのよね?」


アルテミシアが頷くと、静かに微笑んだ。


「よかった。

 なら、きっと、大丈夫。」


大丈夫、大丈夫、と、フラウラは、まるで自分に言い聞かせるように言い続けていた。







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