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族長は、今日はとびきり忙しくて、郷のあちこちを回ったけれど、なかなか見つからなかった。
その間に、ルクスたちが赤ん坊を拾ってきた、という話しは、あっという間に郷中に拡がっていて、郷の人たちは、何事だ何事だ、と集まりだした。
ようやく族長を見つけたルクスは、族長に赤ん坊のことを話した。
「族長!
あのさ、木に、赤ん坊をくれ、って言ったやつって、誰だ…ですか?」
いきなりルクスにそう言われて、族長は目を丸くした。
「はて?
木に、何をした?と言いましたか?」
聞き返す族長に、ルクスはもどかし気に事情を説明しようとした。
「だーかーらー、崖のところの木に、赤ん坊が、生ってたんだ、って。」
「木に赤ん坊が?
はて、面妖な。」
「は?面倒?
面倒じゃねえよ、赤ん坊は。可愛いだろ?」
さっぱり進まない会話に、アルテミシアは見かねて口を挟んだ。
「あたしたち、崖の近くの木で、赤ん坊を見つけたんです。
その子のお父さん、お母さんを探さなくちゃ、って思ってて。」
「ミーロンとフラウラじゃないか、って思ってたんだけど。
違う、って言われてさ。」
「なんと!」
族長は目を丸くした。
「なんと!
あなた方は、赤子を拾ってきた、と?」
「そうだよ。
だから、さっきからそう言ってんだろ。」
なかなか話しの通じないまどろっこしさに、ルクスはいらいらしながらも、なんとか事情を伝えようとした。
ときどき、アルテミシアも手伝って、ようやく、事情は族長に伝わった。
「して、その赤子は、今、どこに?」
「あ。…っと、フラウラに預けたんだっけ?
ちょっと待ってな、今、もらってくるから。」
「それなら、この子です。」
赤ん坊を抱いたフラウラが、ちょうどそこへやってきた。
フラウラの後ろには、話しを聞いて集まってきた郷の人たちが、ぞろぞろとついてきていた。
集まった人たちは、フラウラの腕の中の赤ん坊の顔を、どうにかして一目見ようと、身を乗り出して覗き込んでいた。
赤ん坊は、不思議そうに辺りを見回していたけれど、誰かと目が合うたびに、にこっと笑ってみせる。
赤ん坊と目が合った人は、その瞬間に、赤ん坊のあまりの愛らしさに、胸を射抜かれてしまっていた。
「なんて可愛い赤ん坊だ。」
「わたしを見て、笑ったぞ?」
「やはり、子どもというものは、希望の象徴だな。」
赤ん坊を一目見た人たちは、みんなそう話し合った。
赤ん坊をまだ見てない人たちは、一目見ようと、人垣のむこうで、背伸びをしたりしていた。
「おい、赤ん坊を見たのなら、そこを代わってくれ。」
「ああ、そうだった。悪い。お前も一目見てやれ。」
「ほう、なんて、可愛い赤ん坊だ。」
「アルテミシアの小さいころを思い出すなあ。」
「確かに。あの子も、こんなだった。」
何故か、赤ん坊を見て、みんな思い出すのは、ルクスではなく、アルテミシアだ。
「崖の木のところにいたらしいぞ。」
「捨て子か?」
「赤ん坊では、自分から迷子になることはできないだろう。」
そんな話しをひそひそと交わす者もあった。
「木に生っていた、と、ルクスは言ったらしい。」
「まさか。赤ん坊は、木には生らんだろう。」
「ルクスのことだ。夢でも見たんじゃないか?」
「しかし、アルテミシアも一緒だったのだろう?」
「アルテミシアも言うのなら、間違いないのか?」
こんなところにも、日頃の行いというものは、出るらしい。
「鳥にさらわれたのじゃないか?」
「鳥がさらってくるか?」
「なにやら、近くに光るものがあったそうだ。」
「それは、鳥だ。間違いない。」
郷の人たちは、そんな推理も始めた。
「親は心配しているだろうな。」
「気も狂わんばかりに探しているのじゃないか?」
「しかし、どこの郷の子だろう?」
「帰してやりたいが…」
「とりあえず、近隣の郷には族長から連絡を入れるだろう。」
ふむふむ、と大人たちは、頷きあう。
「しかし、近隣とは限らんのではないか?」
「その鳥は、あの子を取り返しには来ないのか?」
「見つけたときには、鳥は近くにはいなかったのだろうな。」
「その鳥は、あの子を、可愛いからさらった、のではないだろう。」
「獲物だった、というわけか?」
そんなことを話しては、おおぅ、と、小さくからだを震わせている人もいた。
「なんにせよ、せっかく助かった命だ。」
「この寒い中、よく、生きていたものだ。」
「これもなにかの巡り合わせ、親が見つからなくても、郷で育ててやろう。」
「冬至祭りの精霊がくれた贈り物だ。」
確かに、確かに、と人々は頷いた。
「それにしてもなんて、可愛い。」
「ほんのちょっとでいいから、だっこさせてくれないかい?」
「赤ん坊なんて、何年振りだろう。」
「おおお、あたたかい。やわらかい。」
「赤ん坊というのは、こうだったか。」
そのうちに、赤ん坊は、だっこしたい人たち、結局、それは郷の全員だったけれど、の腕の中を、次々に移動し始めていた。
「ちょっと、わたしにも、その子を見せてください。」
族長は大騒ぎをしている郷の人たちの間に入っていった。
赤ん坊は、郷の人たちの手をするすると渡って、族長の前に連れてこられた。
「ほう。
確かに。これは、愛らしい。」
族長も赤ん坊と目を合わせて、にっこり微笑んだ。
「さっきの虹は、この前兆だったのでしょうか。」
族長の一言に、おう、そうだ、と周りの人たちは口々に言った。
そこへ、集まった人たちをかき分けるようにして、ひとりの老婆が現れた。
占いの婆、とみなに呼ばれている人だった。
郷の外れ、ほとんど森の中、という辺りの、小さな小屋に、もうずっとひとりで暮らしている。
郷の誰より長生きをしているという話しで、郷の全員が、生まれたときから、老婆はもう老婆だった。
郷の人々はみな、この老婆をどこか畏れていた。
何やら偉い方らしい、と思いつつも、どことなく近寄り難い、と思っていた。
最近じゃ、老婆は滅多に郷人の前に姿を現さなかった。
この間見たのは、ルクスの生まれたときか、と人々は囁きあった。
老婆が進んでくると、人垣は自然に分かれて道を作った。
その道の突きあたりにいたのは、赤ん坊を抱いた族長だった。
老婆は真っ直ぐに族長のところへ行くと、赤ん坊をじろりと覗き込んだ。
老婆と目が合った赤ん坊は、他の人にもそうしたように、にっこりと笑ってみせた。
あのばあさんを見て笑ったぞ、と、誰かがひそひそ声で言う。
あの赤ん坊、大物だな、と誰かがそれに返した。




