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第17話 化け物たちの帰還

 さあいくぞ!

 われらが近藤 vs. 不逞浪士の決闘だ。


 浪士は五人。

 いずれも抜き身の刀を握っている。


 ギラッ!

 ギラッ!

 西日を受けて、刃が輝いた。


 対する近藤の手には、みたらし団子の串一本。


 こちらもギラッと――いや、違うな。

 タレがこびりついているだけだった。


 いずれにしても、刀が五本に、串一本である。

 比べるのもバカバカしいほどの戦力差だ。


 それだのに、

(……な、何だこの圧は!?)

(なぜこっちが呑まれているんだ!?)


 浪士たちはどうにも斬り込めずにいた。


 やがて、

「……おめぇら!」

 浪士のリーダーが声を張り上げた。

「やるぞッ!」


 浪士たちが応じた。

「おぅ!」


 気勢の一つも上げないと、動き出すきっかけをつかめなかったのだろう。


 気持ちはわかる。

 よくわかる。


 しかし、目の前に敵がいる状況でそんなことをしてはいけない。


 声を張り、声を合わせる。――その刹那、意識が近藤から逸れてしまうのだ。近藤を斬ることよりも、仲間と呼吸を合わせることに注意が向いてしまうのだ。


 そこに隙が生まれる。


 近藤ほどの武人がそれを見逃すはずがなかった。


「チェストー!」

 近藤の野太い声が轟いた。


 同時に、閃光が走った。

 一切の予備動作を見せることなく、近藤が光の速さで突きを放ったのだ。


 竹串が、浪士のリーダーに向かってグーッと伸びていった。


 リーダーは、

(しまった!)

 急いで斬り払おうとしたが、もう手遅れだった。


 気づいた時には、

「ウギャー!」

 竹串が鼻腔に突き刺さっていた。


(お見事!)

 土方はひざを打った。

(さすがは近藤さんだ。弘法筆を選ばず、ってな!)


 まさにその通り。

 道具こそ竹串だが、いまの一撃のキレとえげつなさは、近藤が極めた「天然理心流(てんねんりしんりゅう)」のそれだった。


 ヌプヌプヌプのヌプ……。

 串が、鼻腔の奥の肉にめり込んでいった。


 頃合いを見計らって、

「そりゃ!」

 近藤は目にも止まらぬ速さで、串を引き抜いた。


 リーダーはその場に崩れ落ちた。

 鼻からはドロロロロロ、大量の鼻血が流れ出ていた。


 ――残りは四人。



◇◆◇◆◇



 リーダーをやられたということで、

「この野郎!」

 浪士三人が一斉に飛びかかった。


 右へ左へ白刃が舞う。


 近藤はボクサーよろしく軽いフットワークで、それをかわした。


 かわしにかわし――、

(ここだ!)


 一番右にいた浪士のこめかみに拳を叩き込んだ。


 天然理心流はただの剣術ではない。

 実戦武術である。

 ゆえにその技の中には、パンチも含まれているのだ。


 強烈な右フックを食らった浪士は、

「ウゴッ!」

 えらい勢いで左方向に吹き飛んだ。


 そして、浪士の頭が隣にいた浪士の頭に――ゴツン!

 さらにその浪士の頭が、一番左にいた浪士の頭に――ゴツン!


 三つの頭が玉突き事故を起こした。


 三人は衝撃で目を回し、よろめいたかと思いきや、ポチャン。

 鴨川に落ちた。


(あっぱれだ!)

 土方はガッツポーズを取った。


(一発のパンチで、頭三つにダメージを通すとは)

(いわば「串団子パンチ」だぜ)


 ――残りは一人。



◇◆◇◆◇



「ウォー!」

「キャー!」

 群衆から悲鳴が上がった。


 近藤が視線を向けると、

(ムッ!)

 五人目の浪士が、「鴨葱」の方に走っていくところだった。


(さては勝ち目がないと悟り、逃げやがったな)

(そうはいかんぞ!)


 近藤の顔に鬼の形相が浮かぶ。


 が、

(おっ? ……おお!)

 すぐに口元がゆるんだ。


 というのも、先ほど団子を食いながら言葉を交わしたあの五歳ぐらいの男の子。

 あの男の子がガタガタ震えながらも、団子の串を握り、その切っ先を浪士に向けていたのである。


 近藤の真似をして、悪に立ち向かおうとしているに違いなかった。


 近藤は頼もしく思った。

 この国の未来は明るいと思った。


(よーし、おれも負けてられんな)


 近藤は、いまだぶっ倒れたままの浪士のリーダーの腰から、刀の鞘を拝借し、

「そりゃ!」

 浪士めがけてぶん投げた。


 鞘は風を切って走り、浪士の足を払った。

 浪士が派手にひっくり返る。


 そこに、

「もう念仏を唱える時間もやらんぞ!」

 近藤が飛びかかった。


 浪士は泡を食う。

 慌てて立ち上がろうとする。


 だが間に合わない。

 近藤が背中にしがみついた。


 そのまま浪士の首に、自らのぶっとい腕を巻きつけて――。


「ウゴッ! ゴッ……」

 浪士の口からこの世のものとは思えないデスボイスが漏れた。


 近藤の裸絞(はだかじめ)、別名チョーク・スリーパーがきまったのである。


 首をグイグイ絞められて、浪士は息ができない。それどころか、脳に酸素が届かない。血流だって止まる。


 七秒後、浪士は気絶した。



◇◆◇◆◇



 近藤はたった一人で、しかも抜刀することもなく、五人の浪士を叩きのめした。


 新選組の強さ番付では、どうしても沖田や斎藤、永倉や土方といった名前が上位を占めるものだが、なんのなんの、われらが近藤だってメチャクチャに強いのである。


 戦いが終わり、スッ……近藤はさりげなく胸を張った。


(さあ、くるぞ!)

 そう思った。


 先ほどと同様に、群衆から声が上がるはずだった。

「いよっ、日本一っ!」

 と。


 ところが、

(……あれ?)


 あたりは奇妙な静けさに包まれていた。


 人びとは、ジッと近藤を見つめていた。


 彼らが近藤に向けるのは、英雄を見る目ではない。

 愛と敬意に満ちた視線ではない。


 それは、本(・)来(・)そ(・)こ(・)に(・)い(・)て(・)は(・)い(・)け(・)な(・)い(・)は(・)ず(・)の(・)モ(・)ノ(・)を見る目だった。

 恐怖と軽蔑とが入り混じった視線だった。


 ――まあ、無理もないのかもしれない。

 だって彼らは知ってしまったのだ。


 愉快なお兄ちゃんだと思っていた男が、じつは一切のためらいもなく人間を壊せる化け物だったのだと。


 近藤の背にジトリ、嫌な汗が浮かんだ。


(せめてあの男の子は……)

 と思ったが、

「コラ、見ちゃいけません! 早くきなさい!」


 男の子は母親に腕を引かれ、群衆の中に姿を消した。

 その手にはもう竹串はなかった。


(……見ちゃいけません、か)


 近藤は一人、立ち尽くした。

 これからどうすればいいのかわからなかった。


 そこに、

「近藤さん」


 土方の声だった。

 振り返ると、土方が立っていた。


「帰ろうぜ」


「……」


「おれたちの家に帰ろうぜ」


「……そうだな」


 近藤は懐から財布を取り出し、縁台に銭を置いた。

 カチッと乾いた音がした。


 二人は、その場をあとにした。


 人びとは、遠ざかっていく二人を無言で見つめていた。


 しばらくして、

「あれ」

 誰かが首をひねった。


 西日の中、近藤の背中がひどく小さく感じられたのである。

 人間離れした強さを持つ男には、とても思えなかった。


 ――近藤は橋を渡り、それから夕焼けに溶けて消えた。

ここまでご覧いただきありがとうございました。


本作はここで一旦幕を閉じますが、“好感度爆上げ作戦”はまだ始まったばかり。

新選組の奮闘はこれからも続きます。


頑張れ、新選組!

京都の人から愛されるその日まで。


※最後に、ブックマークや「☆☆☆☆☆」で応援いただけると嬉しいです!

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