第1話 ほしいのは好感度
※全17話、7月5日に完結予定です。最終話まで完成済みです。
1864(元治元)年、春。
新選組はイケイケだった。
イケイケパラダイスだった。
幕府に逆らうテロリストどもをぶちのめすべく京都に入った彼らは、
「殺すぞ、コラァ!」
「殺したぞ、コラァ!」
「もっと殺すぞ、コラァ!」
と大暴れ。
若きカリスマ・近藤勇。
鬼の副長・土方歳三。
この二人を中心に命知らずの大立ち回りを繰り返し、最強の武装警察としてその名を轟かせていた。
ところが、である。
ところがいまその土方が――自室で一人、険しい顔をしていた。
不機嫌、という感じではない。
イラついている、という感じでもない。
彼の瞳には困惑の色が浮かんでいた。
やがて、
「失礼します」
声がした。
部屋に入ってきたのは、色白で、優しげな顔立ちの男。
新選組の幹部・山南敬助である。
「副長、お呼びだそうで」
山南は、土方の向かいに座った。
そしてチラリ。
土方の表情をうかがうと、
「なるほど。やはりそういうことですか……」
とつぶやいた。
どうやら自分が呼び出された理由を、すでに察しているようだった。
(ほお)
土方は感心する。
(さすがに頭の切れるやつだ……)
「では」
と山南が言った。
「お時間を取らせてしまっては恐縮なので、早速まいります」
山南はエヘン、エヘンと咳払い。
そして目をつむると、
「春風にぃ〜」
突如吟じ始めた。
土方は
(……!?)
目を丸くした。
(何だ何だ? いきなりどうした!?)
土方が驚くのも無理はない。
ちょっときてくれと呼び出した相手が「あっ、はいはい。ご用はわかっていますよ」とうなずいたかと思いきや、だしぬけに朗々と歌い出したのである。しかもオリジナルの歌を、だ。
これで驚かないやつはいない。
「吹き誘われてぇ、山桜ぁ〜」
ギョッとする土方をよそに、喉を震わせ、情感たっぷりに続ける山南。
「おい、ちょっと待て」
「散りてぞ人にぃ〜」
「勝手に散るな! ちょっと待てっての!」
五七五七七の最後の七の手前で呼び止められた山南はさすがに不服げに、
「何です?」
「いや、何ですって――こっちが訊きたいわ!」
「え?」
「だからいまの歌は何だよ!?」
「はあ。辞世の句ですが」
これは何ですか、バナナですが、みたいな調子で山南は言った。
「だって私、これから腹を切らされるんですよね?」
「そんなことは命じてねーぞ!?」
土方は再びびっくりだ。
すると、
「ははあ」
山南はひとりごちた。
「あの噂は本当だったのか」
「噂?」
「ええ。副長は腹切りにはもう飽きている、そろそろ別の部位を切らせるんじゃないかって」
土方は嘆息した。
「……おれはどこぞの猟奇犯罪者かよ」
たしかに土方は、多くの隊士に切腹を命じてきた。
したがわぬ者を暗殺したことも数知れない。
だがそれを趣味でやっている、他人の腹から内臓が飛び出すのを見て愉悦に浸っているなんて思われては困るのだ。
すべては新選組のために、ひいては幕府のためにやってきたことなのだから。
(っていうか山南よ)
土方は心の中でつぶやいた。
(お前みたいな優秀な部下を死なせるほど、おれはアホじゃねーよ)
◇◆◇◆◇
「いやあ、お恥ずかしい」
山南は頭を掻いた。
「急に副長に呼び出されたものですから、『ああ、いよいよ私の番だ』と覚悟したのですが……ハハッ」
いつも冷静な山南だが、さすがに切腹を前に緊張していたらしい、勘違いだったとわかったいま、彼は大きく笑った。
そして、
「原田くんに悪いことをしたな」
「ん? 原田?」
「いえね、どうせ切腹するなら介錯は沖田くんに頼みたかったのですが、残念ながら見当たらず、代わりに」
「原田か」
「ええ、彼なら一刀のうちに首を切り落としてくれそうでしょう?」
「うーむ、どうかなあ。やつのバカ力では体まで真っ二つにされそうだがな」
「アハハ、一理ある。では副長は誰に介錯を頼みたいですか?」
「そうだなあ、おれが考えるベストスリーは――って、おい。不吉なことを訊くな!」
二人は顔を見合わせて笑った。
と、その時だった。
ドドドドドド、と廊下を走る足音が近づいてきた。
土方は苦笑して、
「きたな」
ふすまが勢いよく開いた。
「原田左之助、ただいま参上!」
大男がノシノシと部屋に入ってきた。
そして、
「待たせたな、山南。さあ腹を切っていいぞ。ほれ、切れ。遠慮するな。おい、まだか?」
まったく騒がしい男である。
対する山南はおっとりと、
「ああ、それがね、原田くん」
かくかくしかじかと事情を説明した。
原田は、
「おお、そうか……」
ホッとため息をついた。
友人が切腹を免れたということで安堵した様子だった。
だが、そこは原田である。
すかさず悪態をついてみせた。
曰く、
「チッ! 何だよな、せっかく槍を研いできたのに」
見れば、原田は愛槍・無頼丸を握っていた。
「おいおい、原田よ」
土方は思わず口を挟んだ。
「お前、槍で介錯するつもりだったのか?」
切腹には様々なしきたりがあって、槍での介錯だなんてのは、これは重大なルール違反である。
ところが原田は、
「だって副長!」
悪びれることもなく笑った。
「友を天に送るんですからね、最高の一撃で送ってやりたいじゃないですか。となりゃあ、おれの場合はこいつでさぁ!」
槍をグイッと示した。
その言葉に、
「フッ。私はいい友を持った」
山南が静かに微笑んだ。
(……そういう問題か?)
土方は首をひねった。
「ねえ、副長」
と山南が言った。
「私、やっぱり腹を切りましょうか? せっかく友が準備してくれたってことですし」
「……」
「準備といえば」
原田が言った。
「大福も注文しておいたぞ。お前の遺体に供えようと思ってな。ほれ、好物だろ?」
「副長、やっぱり……」
「『やっぱり……』じゃねーよ! ダメだ、切腹は認めない」
「だったら」
と今度は原田である。
「おれが腹を切りましょうか?」
「なぜ!?」
「大福はおれの好物でもありますしね。こりゃ都合がいいや」
「お供物をリサイクルするな」
「それなら」
と山南。
「ここは公平に、三人でじゃんけんをしようじゃありませんか」
「ふーむ、興味深い提案だ。よし、一つ聞かせてくれ。なぜおれも切腹の候補者に入っている?」
土方の言葉に、山南と原田が爆笑した。
(まったくしょうがないやつらだ)
土方も破顔し――そこでハッとした。
(これか?)
(こういう悪ノリがダメなのか!?)
◇◆◇◆◇
じつはその日の昼。
土方は、近藤とともに京都守護職の屋敷を訪問していた。
京都守護職というのは新選組にとっての上司、またはスポンサーみたいなものであって、「子会社のトップ二人が親会社に挨拶に行った」という構図である。
屋敷に着くと、
「やあやあやあ」
馴染みの広沢がやってきて、
「きみらの頑張りはちゃーんと耳に入っていますよ。殿もお喜びだ」
とのことだった。
土方と近藤は、
「はっ、幸甚に存じます」
と声をそろえた。
「たださあ」
広沢は肩をすくめ、ニヤニヤと笑った。
「もうちょいうまくやれないかい?」
「え?」
「きみら、京都の町民から嫌われすぎ」
「……」
「もうね、クレームがメッチャ入っているのよ。新選組はガラが悪すぎるとか、怖すぎるとかってね。パトロール中も声がデカいし、話す内容は総じてR18だし、服装はほとんどヤクザだし、刀をカチャカチャ鳴らしていまにも抜刀しそうだし――」
◇◆◇◆◇
「いやいや、副長!」
土方の話を聞き、原田が声を荒げた。
「ガラが悪いだの怖いだの……そりゃ仕方ないことですよ! だいたい、怖がられるのもおれたちの仕事のうちでしょう? 不逞浪士や犯罪者が、『新選組がいるから諦めよう。京都じゃ悪さはできねぇ』と、そう思ってくれりゃあ万々歳のはずですぜ?」
「んなこたあわかっているよ」
そう、土方だってわかっている。
わかっているのだ。
だがしかし、
「広沢さまにご注意いただいたんだ、無視はできんだろ?」
「むぅ……」
「それにな、近藤さんと話したんだが――原田。おめぇこの前、尾行に失敗したことがあっただろ? 呉服屋の婆さんがどうのってやつ」
「ああ、ありましたねぇ」
原田がうなずいた。
「怪しい男を尾行していたら、呉服屋の婆が声をかけてきやがったんですよ。おれが『何も言うな』『その口をつぐめ』と慌てて合図したのに、あのクソ婆! 合図に気づかず、『アラ、新選組のみなさん。今日もご精が出ますね』とこう抜かしやがった。で、一巻の終わりでさあ。おれが尾行していたやつはドキッとした顔をして、きた道を戻っていっちまいましたよ」
「うん、それなんだがな。……なあ、その婆さんは本当にお前の合図に気づかなかったんだと思うか?」
「え?」
原田は怪訝な声を出した。
「こうは考えられねーかな? ――婆さんはお前の合図に気づいていた。しかしお前の存在を不逞浪士に知らせるために、わざと気づかないフリをした」
「それって……」
土方は小さくうなずくと、今度は山南に顔を向けた。
「いつだったかな、『町民からのタレコミが減っている気がする。質も落ちている気がする』って、お前そう言っていたよな?」
山南の目が光った。
「ははあ、副長のお考えがわかってきましたよ……」
――つまり、土方は思うのだ。
武装警察という仕事上、町民から怖がられるのは仕方がない。みなから愛されたいだなんて腑抜けたことは、これっぽっちも思っていない。これは原田の言う通りだ。
とはいえ、過度に怖がられたり嫌われたりして、仕事に支障が出るようではまずい。京都の人びとが不逞浪士の肩を持つようになるだなんて、もってのほかだ。
(それだのに……)
土方は腕を組み、畳を睨んだ。
(おれたちは不逞浪士との戦いに必死になるあまり、下げすぎちまったんじゃあるまいか。――町民からの好感度ってやつを、な!)




