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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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8.スピンクスの事情

宇宙港は、軌道ステーションと地上ステーションとがセットです。

繋がってはいません。

軌道エレベータなるモノは、この時代にはもう記録遺産としてのみ存在しています。


 アストレイアとプロミオンは、共に自ら地上へと降下する能力を有するので軌道ステーションを使用しないが、降下すべき地点との位置関係から、二隻は惑星ノアの上空四万キロメートルに浮かぶステーションの近傍を通り過ぎた。


「あれ? メルファさん、ステーションがだいぶ様変わりしてるね」

「ええ。やはり、レオンは気になりますか」


 メルファリアは、惑星ノアでの生態系再現に腰を据えて取り組もうと決めた時から、早速この星系への大規模投資を願い出て、そして了承されていた。ランツフォート家の今後を担う兄二人が、メルファリアに非協力的なわけもなく、彼女とレオン達一行が惑星セヴォールを目指したときから既に、惑星ノアの軌道ステーションの更新は進められていた。


「老朽化していましたし、色々とやりたい事がありますので、思い切り大きくしてもらう事にしました」

「わお」

 目の前の女子が、その思惑ひとつで巨大な軌道ステーションを調達してしまう、そのあっけなさがあまりにも常識から遠くて、思わず声が出た。


 デルフィやトーラスなどの賑わう星にある大型の軌道ステーションは、それこそ大きな港湾都市であり、百万人規模の人たちが常時活動し、外宇宙航行船のすっぽり収まる巨大なドックが何十基も並ぶ。そしていま目の前に浮かぶノアの軌道ステーションは、よくよく眺めてみるとそれら大型ステーションと比べても遜色ない。


「それにしても随分と、大きすぎませんか?」

「それが、軍も使わせてもらうからと、ラリー兄様が色々と盛り込んで決めてくださったのです。最大級の大きさだそうですから、今のところはまだ空きスペースだらけですけど、早く賑やかにしたいですね」


「わお」

 最大級ですか。

 お兄様、妹に甘すぎます。


 大きな軌道ステーションの外観はあらかた完成しているようにも見えるが、内装はかなりの部分が施工途中なのだとか。その工事のための人員が沢山働いていて、そうなるとそういった人たちの為の商売も成り立つようで、以前にレオンが郵便局員として訪れた時とは比べ物にならないほど賑やかなようだ。


 まだまだ資源材や建築資材の一時置き場として利用されている区画の方が多いのだが、そんな雑多な雰囲気をも気に入ってしまったものか、スピンクスからは母港とさせてもらいたいとの申し出が既に届いていた。

 エマリー達スピンクスの面々は、大きく遠回りをしたメルファリア達よりもずっと先に惑星ノアへと着いて、今はもう新たな船の慣熟航行中だ。


 §


 時系列は、レオン達が惑星トーラスを発つ少し前まで遡る。


 シャンヤン星系にて、船籍不明を装ったセヴォール宇宙軍に狙われたスピンクスは、メインコイルを破壊されて航行不能状態にあるところをレオンに救われた。ラーグリフにくくり付けられてトーラスまで運んでもらってはみたものの、受けたダメージは相当に深刻で、修理してまで船体を存続させるべきかどうかは非常に悩ましいところだった。


 怪我人だけで済んだのは幸運だと言えるほどに船体はいたる所にダメージを受けていて、修理にかかる期間もコストも膨らんだが、それでいて修理後も従前の能力を発揮できるかどうかは怪しいとさえ見られた。


 そんな状況を見かねたメルファリアが、トーラスとノアとの往復航路で使われていた中古船を格安で提供する事を申し出た。メルファリアとしては、その因果に大いに関わっている自覚があるので、スピンクスの窮状には心を痛めざるを得なかったのだ。


「様々な要因から無償提供はできませんけど、低利での融資は用意できます。それでいかがでしょうか?」

 低利率での融資もさることながら、メルファリアの提示した金額は、中古船舶の相場からは遠いところにある特別価格だった。


「ホントにいいのかい、その値段で? だとしたら、すごく有難いね!」

 それはノアとトーラスとの間を随時往復していた外宇宙航行船としては小型の貨客船で、以前にはメルファリアも乗ったことがある。中古とはいっても艦齢はスピンクス号よりも若く、あまり使われていなかったために航行距離数も伸びていないので、経年による劣化が少ないうえに目立った修理歴も無かった。


 今後のノアとトーラスとの間では人と物の往来がより頻繁に、そして密になることを考えて、より大型の船が必要となるために置き換えることになった、というのが実情だ。だからこれは、まぎれもなく掘り出し物であり、エマリー姐さんは文字通りメルファリアに飛びついて感謝の意を露にした。


「んもう、だいすきだよっ!」

「は、はい。あのぅ、え……きゃ、むぐ……」


 メルファリアは抱きしめられてほっぺにキスの嵐を浴びせられていたが、しまいには思いっきり唇を奪われてしまった。エマリーは、顔を真っ赤にして身体をこわばらせたメルファリアに、遅まきながらに気付いて抱擁を解いた。

「ありゃ? ……えーと」

「……」


 こほん、とわざとらしく咳ばらいをひとつして、エマリーはやんわりとメルファリアの頭を撫でた。

 舌を入れようとしたのはさすがにまずかった。

「ごめんよ、嬉しくてつい。今日のファーストキスを頂いちゃってゴメンナサイ。明日からは気を付けます」


 エマリーにとって、ファーストキスは毎日リセットされるものらしい。


 リサの目には、エマリーが反省しているようには全くもって見えなかった。

(でも、顔を真っ赤にして恥じらう姫様カワイイ!)

 めったに見られない珍事を目の当たりにできたリサは内心嬉々として、エマリーさんを取り押さえようなどとは全くしなかった。


「そ、そう、……きょ、今日のはもう、いいです。あ、明日からは、気を付けてください」

 メルファリアはまだ赤面したまま、手で唇を隠すようにして、とにかくエマリーに許しを与えた。


 お互いに有耶無耶にしたいようでなんとなくこの話は切り上げられ、エマリーは最後にもう一度礼を言ってからそそくさと、メンバーに良い知らせを持ち帰るために去って行った。

 彼女に譲渡される中古船はノアの宇宙港に留めてあり、彼女達は受け取りの為にも一旦、惑星ノアへと向かうことになったのだった。



 そうしてレオン達よりも随分と早く、商用航路で惑星ノアへと着いたエマリー達は、場違いなまでに広く閑散としたドックブロックの中で、ポツンと佇む小型船舶を引き渡された。

「へえ~、見た目は随分と綺麗だね」


 メルファリアのサインの入った書類を見せて、スピンクスのメンバーがその船内へと乗込む。販売物件となってこの船はひと通り整備され、綺麗に清掃されてエマリー達を待っていた。

「姐さん、このプライスタグでこれほどの品質の船ってのは、一体どうしたんだ。寝技でも使ったのか?」


「ん~、寝技っていうか、舌技?」

「なんだか良くわからねえが、さすがは姐さんだ」


 ランツフォート家の本宅と別荘とを往復するために使われていた船だ。比較的小型といえどもチープな船ではない。廃船となったスピンクス号と大きさは同じくらいだが、比較するとカーゴスペースは小さくなり、その分船室は広くそして上品に設えてあった。

「もともと荷物はあまり運ばないから、むしろありがたいね」


 外観はそのままにしてほとんど変えず、登録船名も今のまま、変えないで使おうとエマリーは考えた。それは、メルファリアの元婚約者マイケル・リーの目をごまかすために、でもある。データマイナーには、船名よりも拘らなければならないものが他にあるのだ。


「一時はどうなる事かと思ったけど、拾う神アリだねえ」

 船長室となる空間の調度類を愛おしそうに撫でながら、エマリーはデータマイナーを廃業せずに済んだことを秘かに感謝した。


 今まで就役年数の割にはあまり使われなかった小型の貨客船は、今後は航行距離数もぐんと伸びることだろう。内装は上質で設備も充実しているので、乗員のQOLは向上するに違いない。ただひとつだけ、スピンクス号では後付けしてあったアフターバーナー機構がないので、これは今後の優先的な投資案件となろう。


 船長室の佇まいに気をよくしたエマリー女史が、まだ慣れない通路をたどってブリッジへ向かうと、主要なメンバーはそれぞれに好奇心を満たそうと、あちこち弄り倒している最中だった。

「新しい船をみたら、やる気が出てきたね。じゃあ早速、機材を積み込むよ」

「おう!」


 エマリー・グリーンウェルは、食料その他の手配を右腕と頼むマルコ・ガリアッティに任せ、自身は今後狙うべき情報とフライトプランを検討しようと、キャプテンシートに座り直した。


「データ」とそこから導き出される「情報」には無限の価値があります。

そして、時と場合によっては無価値です。

データマイナーという「商人」が取り扱うには、もってこいの「商材」ですね。


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