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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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7.ノアへと赴く(2)

プロミオンが地上にいる間は、ラーグリフは北極の直上十万キロ程度に遊弋して、昼夜を問わず見守っています。


 駐機場に並んで佇む二隻の外宇宙航行船が、ほとんど同じタイミングでふわりと浮き上がり、そのままゆっくりと上昇する。やがて二隻は其々に舳先を上空へと向け直してメインコイルの出力を上げ、あっという間に地上からは見えなくなってしまった。


 それはこのトーラスの「御城」では単なる日常のひとコマでしかないが、それでも今日はいつになく綺麗に晴れ渡った空が、メルファリア達の出発を祝っているようではあった。壮行会だとかセレモニーだとか、そういったものの一切をメルファリアは断って、連絡モニター越しに「では、行ってきます」とだけ明るく兄に声を掛けると、グラハムは「ああ、いってらっしゃい」と笑顔で応えた。


 そのやり取りを見て、クーゲル・バレットはあらぬ方向に顔を向けて瞳を潤ませた。


 §


 静かにトーラスを発ち、ローレンスの依頼通りに遠回りをするメルファリア一行はしばらく穏やかな航海の日々を送っていたが、二つ目の経由地となる星系に近づいた進路変更ポイントで、前方に特徴的な振る舞いを検知した。


 単独で航行する中型の貨物船に対し、船籍不明の小型船が肉迫して通信妨害を発生させている。


 海賊は「海賊です」と周囲に明示するようなことはあまりないが、標的と定めた船からSOSが発せられるのを妨害する、といったことは当然に良くやる。そんな異変をラーグリフは感知し、二隻がただ仲良くランデブーしようとしているわけではないと推測した上で、プロミオンとの位相差を利用して彼我の距離の概算値をはじいた。


 基本的にアストレイアは戦力として見込まないので、ラーグリフの情報サポートを受けつつ現場へ向かうのはプロミオンの仕事だ。メルファリアからの指示を頂いてレオンはアリスと共にプロミオンに移乗し、単艦で現場へと急行する。一方でアストレイアは可能な範囲でプロミオンを追い、後から合流する形をとることになる。


「では、やっつけてきます」

「はい、気を付けて。かの商船を、不逞の輩から守ってあげてください」

 アストレイアのデニス船長が、メルファリアの後に一言だけ付け加えた。

「油断は禁物ですぞ」


 レオンを乗せたプロミオンはベクターコイルの出力を上げ、更にアフターバーナーを展開して大きく加速する。向かう先の貨物船は、特に航路から外れたわけでもなく、たまたま周囲に他の船がいない状況を狙われたようだった。


 ラーグリフが察知しなければ、この度の襲撃はまんまと成功して、被害金額が上積みされたことだろう。

「欲しい物があるというよりは、楽に狙える獲物が現れるのを待っていた、って感じかな」

「その様に考えられますね。奪うものは、なんでも良いのでしょうか?」


 件の貨物船は、中型の混載船で小規模ロットの様々な商材と、少人数の安価な旅客を乗せていることになっており、特に海賊の目を引くような積載物はなさそうだ。

「まあ、海賊の狙いが何であるかは後回しだ。まずは助ける、そして追い払う。できれば捕まえる」

「やっつける、と行きたいところですが、二隻は既にだいぶ接近していますからね」


 プロミオンの艦載砲の有効射程距離まで近づく頃にはもう、二隻は充分に接近してしまうと考えられるため、船籍不明船に対してビームを撃ち込むことはできないと思えた。

「またアームローダーで取り付くってのもなぁ」

 メルファリアの乗る船が襲われているとでもいうのならともかく。

「今回はそこまでのリスクを負う必要はないでしょう。まずは威嚇射撃をします」


 プロミオンにも前方射角に限定される砲口があるが、アストレイアほどの長射程ではない。だからこそ威嚇射撃にはもってこいとも言え、プロミオンは正確に不審船を狙って最大射程距離のはるか手前から、定格出力のまま遠慮なく主砲を撃ち出した。


 散乱・減衰してしまってノイズくらいしか届かないが、どれくらいの出力の砲撃でどこを狙ったのかは、先方に伝わるだろう。不審船の側にまともな演算能力があるのならばあとどれくらいの時間的猶予があるのかもわかってしまうが、いずれにせよその反応次第で今後の対応を見極めたいところだ。


「アリス、他に隠れている船は見当たらないか?」

「はい、まったく。例えば偽カムナンサン号と同型艦ならば、プロファイルデータを蓄積したラーグリフはほぼ確実に探知できますが、今は見当たりません」


 偽カムナンサン号とは高度なステルス能力を持った艦艇だったが、その様々な特徴を知り得た今は、同型の艦艇を探知できる可能性は高い。仮に不審船が今捕捉している一隻だけなら、プロミオンの能力だけで追い払うことが十分に可能だろう。万が一、人質を取られたりなどしたなら、今回はラーグリフの演算能力を借りて電子戦を挑んでみようかと思う。



 最大射程距離にすらまだまだ届かないうちに、レオンはふと思い出して栄養補給ビスケットを取り出した。戦闘糧食にも使われる窒素充填パックの常備品だが、戦いの前にこれを口にするというのが、いつの間にか習慣になっていた。


 これから一戦交えようというときに、大抵の者はチョコレートだったりバナナだったり、速やかに消化できる食材を口にしようとするのだが、レオンの場合はそれがこのビスケットだった。思い起こせば、アームローダーに乗り込んで初めて戦闘行為なるものを体験する前にも、レオンはこれを口にしていた。


 あの時はかなりの空腹で、しかもそれしか食べるものが無かったのだけど。


 古来から、船乗りはゲンを担ぐなどと言われるが、レオンのこの行動もその一つかもしれない。

「興味深い行動様式ですね。レオンのヒトシミュレータを動かしたら、同じようにビスケットを食べるでしょうか?」

「しらんがな。けどまあ、成功体験にあやかりたいと思うのはあるかもね。試ひてみへば?」


 ぼそぼそと、水分含量の少ない焼き菓子を噛み砕いては珈琲で流し込む。ちょうど一パック分を食べきって、不審船へと送り付けるメッセージをアリスに指示しようとしたところで、メッセージの宛先たる不審船がやにわに逃げ出した。


 それはもう慌ただしくも賑やかに、こちらに向かってミサイルを射出して、煙幕弾を炸裂させて、航路の外へと一目散に加速する。その逃げっぷりには既視感が無くもないが、海賊というのはどれも、逃げ足だけは常々磨いているものなのだろう。


「さっそくゲン担ぎの効果がありましたね。無事に追い払うことができました」

「いやいや、……そうなのかな?」


 不審船は、プロミオンが近づいてくる方向とは大きく角度を取り、商用航路から速やかに離れようとする。彼らは独自に宙域データを持っていて、安全なところとそうでない所を区別して動いている筈だ。プロミオンが今から追いかけても、より大きく機動性の劣る船体では、どのみち追いきれない可能性が高い。


 だからさっさと逃げ出した小さな船を追いかけるのは得策ではなく、ここは追い払ったことで良しとすべきだ。もちろん、得られた不審船のプロファイルデータは、今後の警備に資することにはなるだろう。


 不審船の放ったミサイルを適切に処理した上でプロミオンは徐々に減速し、狙われた貨客船に近づいて無事を確認することにした。


「見たところ、ダメージを受けてはいないようですね」

「そのようだな。まあ、良かったって事で」

 レオンは、プロミオンがランツフォート家の船であることを伝えて連絡を取り合い、貨物船に被害がなかったことを改めて確認した。


 その後、ひと通りの報告内容をまとめてランツフォート軍の対策本部へと送ったが、あとになってローレンスから戻ってきた返答は至極簡素でそっけなかったのを覚えている。きっと喜んでもらえるだろうと思っていたのだが、ローレンスとしては是非とも海賊船を撃破してほしかったという事のようだった。


 以降の航海はさしたるトラブルも無く、海賊に会うことも無く、一行は順調にフライトプランを消化して惑星ノアへとたどり着いた。


獲物を襲う為には相対速度をゼロに近づけなくてはなりませんから、それなりにテクニックは必要です。

逃げ出すときは逆に、どれだけ相対速度を大きくできるか、ってことになります。


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