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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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6.ノアへと赴く(1)

宇宙は広くて、監視の行き届く範囲なんてたかが知れています。

無法者たちの居場所も限りないのです。


 しばらくの間過ごしてきたこの惑星トーラスから、新たな居住先へとなる惑星ノアへと向かうにあたって、レオンとアリスはメルファリア達と一緒にアストレイアに乗り込むことになる。


 プロミオンは基本的にアリスを介しての遠隔操船なので、無人のままに粛々とアストレイアに付き従う。今回は、かの地で生活を始めるにあたり必要な様々な物資を積み込んで、星乙女の名を与えられたラグジュアリークルーザーは錨を上げる。


 メルファリアにとっては心機一転、まさに新たな人生の船出でもあり、勿論レオンにとっても新天地だ。ただ、レオンは社会に出てから過ごした期間のうち大半は船の上であり、発展途上惑星ノアへと向かうのも初めてではないし、あまり感慨深いものも無かったのは事実だ。メルファリアがやけに張り切っているのを、微笑ましく見守る余裕がある。


「メルファさん、当初の予定よりも随分長い航海になりますから、ゆっくりとノアの行く末でも考えてみては?」

「ええ、そうね。これからどうするか、むしろ選択肢が多すぎる、というのが悩みどころです」



 メルファリアは、惑星ノアへと向かうにあたりランツフォート宇宙軍総司令であるローレンス次兄から、ある依頼を受けた。それは、トーラスから直接ノアをへと向かうのではなく、二つほど星系を経由して遠回りをしてほしい、という内容だった。当初の予定よりも随分と長い旅程とならざるを得ないその理由は、海賊対策である。


 もちろん、彼女達はアストレイアとプロミオン、そしてラーグリフという戦闘能力を持つ艦艇ばかりであり、海賊から直接に狙われることは想定していない。逆に、その戦闘力を抑止力として発揮しつつ、航路を廻って欲しいとの趣旨だった。


 メルファリアの乗艦であるアストレイアと、その護衛艦プロミオンは、共に実戦経験を有する艦艇であり、海賊の無法行為に対する抑止力として充分に機能することが期待できる。なんのことはない、宇宙軍としてはそのぶん他の宙域へとパトロール艦艇を振り分けることが出来るというわけだ。


「ではこの件は、貸しにしておきますね、ラリー兄様」

「ああ、わかったよ、メルファリア」

 とは言ったものの、借りなどなくともローレンスはメルファリアに対して最大限の協力、助力をするつもりだが。メルファリアの兄たちに限っては、むしろおせっかいが過ぎる可能性をこそ考慮すべきかとも思う。


「借りは改めて返すが、ノアの港の件は急がせておいたから、きっと喜んでもらえると思うよ」

「まあ。それは助かります。ありがとう、兄様」


 惑星ノアに対しては、既に大量に資本を投下する手筈になっているそうで、当座の案件に対してローレンスは惜しみない助力を与えてくれるようだ。この兄は、妹の笑顔を見たいがために無理をも通しそうでちょっと怖い、とレオンは思う。思うだけにしておくが。


 §


 きょうび宇宙海賊その他反社会的勢力による船舶の被害というものは、人類域全体で見れば満遍なく発生している事案である。ただそれでも多少の偏りはあり、例えばランツフォート家の本拠たる惑星トーラスから四方八方へと延びる航路においては、その船舶数の多さの割に事案の発生件数は平均値を大きく下回る。


 これは星系間運輸こそがランツフォート家の経済力の源泉であるために、持てる軍事力を駆使して警戒を怠らないからである。安全が確保されているからこそ交易は活発なのであり、その安全のために多くの艦艇がパトロール活動を行っている。


 ところが、ここ半年ほどは目に見えて事案の発生件数が増えてきた。それも、ランツフォート軍が重点的にパトロールを行っている宙域のすぐ外側で。


 すぐ外側の領域なので、ランツフォート家に関わる船舶も多く、また周辺からの要請もあり、ここ最近のランツフォート軍は警戒域を大きく広げて活動せざるを得ない状態に陥っていた。そして今のところはその活動は一定の成果を上げており、事案の発生件数の増加に対して、被害額の増加はほとんどない。


 ただし問題は、事案の発生頻度が低下せずに続いている事だった。取り締まりを強化し、その中で反社会的勢力を撃退すれば、いずれ活動は沈静化するものと思われたが、現実にはそうはなっていなかった。増派した艦艇によって不届き者たちを追い払うことは出来ているが、退治するまでに至った事案がまだ無かったからだ。


 あたりまえだが、彼ら海賊などは護衛艦艇が近づけば脱兎のごとく、獲物を捨ててでも逃げ出す。そして警戒が厳重である事を知れば活動域を変えるなどするものだろうと思われたが、依然として彼らはどこかに居座り続け、単位期間あたりの事案発生件数は減少傾向にはなかった。


「まるでゲリラを相手にしているようだ。やはり、ひとつでも退治しなければ沈静化はせぬものかな」


 惑星トーラスのある星系とその周辺は、人類域の中でも特に経済活動の盛んな領域のひとつだ。多くの船舶が活発に行き交い、美味しい獲物が多いだろうことは確かだが、総司令官ローレンスはこの奇妙な膠着状態に、ひとつため息をついた。


 現在の稼働状況で警戒体制を維持し続けるのは全く経済的ではないし、また関係者には徐々に疲労も積み重なる。一方で中型の商船四隻と護衛艦二隻からなる船団が突然行方不明となる大きな事件があり、相前後して海賊の活動が活発化したようにも思えたが、今のところ関連性は見いだせていない。


 護衛付きの船団を丸ごと丸ごと奪取するような攻撃性を見せる勢力の存在は確認できていないし、そもそも船団はいまだ行方不明で、詳しい事情も分からないままだ。


「地球年代の大航海時代ではあるまいし、戦争前夜の蠢動という事も無いだろうが……」

 まさかとは思うが、ランツフォート家と事を構えようとするような、険悪な間柄の勢力は今のところ周囲にない。


 人類がいま比較的平和でいるのは、この広大な銀河の生存可能領域に国家が適度に散らばっているからでもある。星と星との間には何十光年か或いはそれ以上の距離があり、隣同士の星系ですらリアルタイムでの意思の疎通は出来ない。これが人類域の端と端でなら、なにかを伝えるだけで半年も掛かるところだってある。


 そうなると、巨大な統一組織というのは、たとえ作り得たとしても、それを維持し続けるのは困難で、大きければ大きいだけ強くなれる、と単純にはいかない。


 従って人類はUNの緩やかな統制の下で多くの国家に分かれて、各地の実情に合わせて施政されている。ただこの微妙なバランスは、自然の摂理か何かでもって自律的に保たれているという訳ではなく、そこにはG7の調停者としての存在意義が確かに存在している。


「こうなるとやはり、ロナルド・デニスには軍部内に留まって欲しいところではあったが、仕方あるまいな。メルファを任せるとしたら他におらぬし、レオンだけでは、まだなぁ」


 行方不明の船団の捜索もあり、手持ちの駒が不足気味であるから、愛しい妹の門出に際しても餞別を贈るどころか仕事をお願いする始末になってしまった。当のメルファリアが、兄のためになるならと喜んで引き受けてくれたことが嬉しかったが、ともあれ、今ランツフォート宇宙軍は大掛かりな動員体制がしばらく続いている。


 三元帥の管轄下にある戦闘群の編成からも、主に駆逐艦クラスを何隻も融通してもらってパトロールに充てているほどで、事態の打開のためにはローレンス自らも乗艦に乗り込んで海賊を追いかけねばならぬかと思案中だ。


 ふと眼前のコンソールに署名依頼が幾つも届くさまを見て、ローレンスはしばし目を閉じた。

「……ぬう。とりあえず、俺にも副官を増やしてもらうか」


人類全体を統一してやろう、という野望に燃える者も過去にはいたようです。

けれども……

意思を決定するのが人で、人の寿命が百年足らずのままでは、銀河を統一するのは難しいでしょうね。


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