5.クレイオ博士の行方(2)
人為的な長寿命化の技術そのものは既にありますが、UNでは適用を禁止しています。
人類の成長を阻害するとされています。
人の一生はあまり変わらず百年程度です。
一方、プロミオンのブリーフィングルームに入室したメルファリアは、アリスに促されて椅子に座り、正面のスクリーンを見ながら説明に耳を傾けることとなった。すでにスクリーンには、惑星デルフィのUN本部全景を上空から俯瞰した映像が映されている。
「それではまず、惑星デルフィにおけるUN本部ビル爆破テロ事件のあらましから、お話をさせて頂きます」
百年ほど前に、惑星デルフィにあるUN本部で、科学技術研究部門のビルディングが何者かによって爆破された。重大な事件だが、何者による犯行であるかは、百年たった今でも不明のままである。爆破に関する予告などはなく、ある日突然に、爆発は建造物の中層階で起こったらしい。それゆえに、当初は何らかの事故である可能性がまずは考えられたという。
当時数千人が勤務していた高さ三百メートルを超える建造物は爆発発生後に自重で崩壊し、周囲に林立していた幾つかの建造物を巻き込んで、あっという間に瓦礫の山と化してしまった。そのビルはUNが人類域中から選りすぐりの科学者たちを集めて作った先端技術研究施設であったため、最先端の技術資料と共に、多くの得難い頭脳を人類は一度に失ってしまったのだ。
そしてその中に、クレイオ博士はいた。 ———とされていた。
現場の状況から、そもそも身元の確認できた遺体は数少なく、大多数は行方不明のままに死亡したものとみなさざるを得なかった。大半は瓦礫の中から見つかった体の一部のDNAから被害者と認定されたが、クレイオ博士の場合は毛髪しか見つからなかった。
たしかに当該建造物内にクレイオ博士の研究室はあったが、当時秘密裏に進行していた銀河系探査計画に関与していた博士は、事件発生時にその計画そのものであるラーグリフに乗り込んでいたのだ。銀河系探査計画が密かにリリースされるまさにその前日、最終チェックに余念のなかった博士は時間の経つのを忘れ、ラーグリフ内に一人居残りを続けていて結果的に難を逃れた後で、デルフィにおける惨事を知った。
その時、クレイオ博士はラーグリフのフライトプランに軽微な変更が加えられている事に気づき、予定時間を超えることを厭わずにチェックを行っていたのだ。いつ変更が加えられたものか俄かには解明しにくいが、それはフライトプランの最後にデルフィに戻らない事を示すものだった。
たとえ関係者が全員死亡したとしても、自律航行船ラーグリフは明日になれば進発し、計画が順調に進行すればおよそ百年後に有用な情報を抱えて戻ってくる。ただし、一般には公開されない内容なので証憑などは残されておらず、ゴーサインがなくとも動き出すことを知っているのは、もはやクレイオ博士のみかとも思われた。
ラーグリフは、可住惑星の候補となる星をおそらくは数百から千個程度見つけてくるであろうと見積もられていたが、その極めて有用な情報を、誰かが横取り或いは独り占めしようと考えたのではないか。それも百年後であるから、個人的な画策ではなく、国家かもしくはそれなりの組織が絡んでいるのはないか。
ラーグリフがこの銀河系を探索した後にもたらす情報は、人類の共有財産であるべきで、そうである下地が整っていないのであれば、計画をこのまま進めるわけにはいかない。
そう考えたクレイオ博士は急遽探査計画そのものを保留して、ひとまずはラーグリフを隠すことにした。そこで選んだのが自らには馴染みがあり尚且つ人目の少ないアルラト星系だったわけだが、その行き先を誤魔化すために、博士は一気にレベル5iフライトを敢行した。
博士はMAYAを作り上げたAIの専門家であり、ラーグリフの行動指針を定めたキーマンの一人であったが、外宇宙航行船の運用ノウハウに詳しいわけではない。そこで博士はアリスを起動し、アルラト星系への航行を委ね、急ぐようにと指示をしたのだ。
まずは計画通りに発進したように見せかけ、銀河を構成する星々の回転方向に逆らう針路をとる。そうして人類が現状探索済みである領域を脱したところで、特権管理者権限で以後の計画を保留扱いとし、あえて航路ではない宙域を縫うようにして、アルラト星系へと向かった。
他者との連絡を絶ったまま密かにアルラト星系へと到着したラーグリフを、博士はひとまず手近にあった小惑星の夜側に降着させた。人目につかぬよう十分な大きさの岩石質小惑星を、既知の資源採掘候補から選んだ結果があの小惑星だった。
そして、アリスと共に搭載艇であるプロミオンで惑星ノアへと降りた博士は、久しぶりに足を踏み入れた自分の執務室で、ラーグリフをこのまま留め置こうと決めた。十年後でも二十年後でも、いずれ人類全体として情報を共有できる下地が整ったなら、探査計画は再び実行できるだろうと考えて。
ただ同時に、クレイオ博士は自分の身体に異変が起きていることも感じ取った。
レベル5iフライトを断続的に行ったことで体調を崩したことと、検疫をせずに惑星ノアへ降りたことが原因で、博士は自身が免疫を持たない型のウィルスに感染してしまったのだ。クレイオ博士の場合は高レベルiフライトの悪影響が免疫機能の急激な低下として現れた可能性が高いが、詳しく調べる時間はなかった。
博士の体内でウィルスは既に増殖し変異を繰り返しており、ワクチンはにわかには望みようがなく、治療となればもう自分がラーグリフと共に存在していることは隠しきれないし、それでもなお治癒できるとは限らない。
既に高齢であった博士は、むしろこれを好機と捉えて、自身をMAYAの一部に複製することを決断した。ラーグリフ計画のリリース後には、博士はテラフォーミングの進む惑星ノアを眺めながら静かに過ごそうと決めていたのだが、そんな穏やかな余生を送ることを、博士を取り巻く状況は許してはくれなかった。
クレイオ博士の身体は、自身の希望によってノアの太陽へと向けて送り出され、しかる後にプロミオンは徹底的に滅菌された。ただし、そのウィルスのデータだけは情報提供されて今ではワクチンも揃っている。
惑星ノアのテラフォーミングは博士の意向に従ってゆっくりとしかし確実に進められ、百年後の今はひとつの節目に差し掛かるところまできた。少し形は違ってしまったとはいえ、博士は間接的にノアを眺めながら過ごすことが出来たと言えなくもないのだ。
ノアのお屋敷の当時の従業員たちは、緘口令をよく守り執務室を保存維持し続け、当然ながらもう全員が鬼籍に入っている。
MAYAはそれ以来、自身を隠蔽してネットワーク上の情報を漁り、爆破テロの裏側にある何者かの意思を探り続けた。その内容を、UNメンバー又はランツフォート家の子孫に伝えることが出来ると確信して。
幾つかの状況証拠から、爆破テロとラーグリフのフライトプランの変更は関連していることが疑われる。ラーグリフは密かに発進する計画になっており、初期のフライトプランを途中までは履行したことで、その何者かは計画通りに進んでいると認識しているはずだ。
そしておよそ百年後となる今、ラーグリフが帰還するのを静かに待っているのではないか? やがて待てども戻らぬラーグリフを求めて新たな動きがあれば、逆にそれを察知するべくMAYAは耳を澄ましている。
「本当はランツフォート家の者が接触してくれれば一番良かったのですが、そううまくはいきませんでした。ただし、レオンとの接触はいずれランツフォート家へ繋がると判断しました。周囲の状況は把握していましたから」
アリスもメルファリアも、いつになく真剣な眼差しで言葉を交わす。
「そうですか。それでは、クレイオ博士の遺志は、わたくしが継がねばなりませんね」
「メルファリア様にそう言っていただけたら、私のミッションが一つ完了します」
メルファリアは、レオンと同等の特権管理者権限をMAYAから与えられた。細かいことを言うと、クレイオ博士に関する情報へのアクセスが許される分だけ、レオンのそれを上回る。
「でも、ラーグリフはレオンの持ち物ですからね、いずれ彼とよく話し合うこととしましょう」
「はい。メルファリア様のそのバランス感覚は、得難いものと思います」
アリスに微笑みを返しつつ、メルファリアは自身の警護役たる男子を思い浮かべた。
粗筋を知ってみると、レオンは、完全にクレイオ博士の思惑に巻き込まれた形だ。そして、巻き込んだ原因は少なからずメルファリアにもあるような気がする。その上で、巻き込まれたのがレオンでよかった、とメルファリアは思うことにした。
§
話を終えてブリーフィングルームを退き、パウダールームに寄り道をしてからブリッジへ向かおうとする途中で、ふくよかな香りに誘われてギャレーを覗くと、そこにはミルを手に持ちレオンがいた。
「レオン、良い香りですね」
アリスは先にブリッジへと行っていて此処におらず、これ幸いにとメルファリアはズバリ、クレイオ博士がMAYAの一部として存在していることを伝えた。
「博士は、考え方としてのみ存在しているようですが」
思考能力を電脳へ複写することが可能なのはレオンも承知している。そしてそれはもう、人権を持つ者としては扱われないという事も。
メルファリアは、レオンに顔を寄せて小さな声で依頼した。
「ですから、クレイオ博士の悪口は、アリスさんのいるところでは厳禁ですよ。本人に向かって言うのと一緒ですからね」
レオンはゆっくり頷いてからドリッパーをセットし、適温に保たれたケトルを手に持ち上げる。
(うーん、アリスに聞かれないところなんて、プロミオン内には無いんじゃないかな)
「……そういえば、クレイオ博士の悪口なんて、考えたこ事もなかったな」
「まあ。考えた事もないですか。それはおそらく、良いことですね」
その、至近距離にある笑顔に癒されながら、レオンは渾身の一杯を淹れてメルファリアに手渡した。
技術の進歩で何でもできるようになると、やるやらないの基準が重要ですね。




