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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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9.レオンの新居

時系列が戻ります。


アストレイアやプロミオンは、惑星に降下する際まずは船首を地表に向けて接近します。

言い方を変えると、真っ逆さまに落ちるわけですね。


 アストレイアが巨大な軌道ステーションをやり過ごして惑星ノアの大気圏を降下していくと、雲間から眼下に見えてきた地上のお屋敷周辺もまた、大きく様変わりしていた。


 ランツフォート家の住まいとしての屋敷はそのままに、隣接地には新たにゲストハウスと、ゲストをお迎えするための付帯設備が用意された。贅を尽くした宿泊施設と遊興設備、広大な庭園、更に広大な駐機場、そしてそこへと至る道路交通網。ゲストハウスはお屋敷の意匠に合わせた古風なデザインでほぼ出来上がっているようだが、周囲にはまだ工事中のところもそこかしこに見受けられる。


 トーラスのそれよりは小さいとはいえ、未だ全人口が百万人にも満たないこの発展途上惑星には正直見合わない、とレオンには思えたほどだ。どれも皆メルファリアが惑星セヴォールに向かう前には指示を出して進められていたものだが、資金の潤沢なプロジェクトは、進捗も滞りなく順調にこなされるということだろう。


「たくさんの先行投資をしてしまいました。できるだけ早く、収支を黒字化したいところです」

「どうやってたくさん稼ぐおつもりなんですか?」

 とレオンは素朴に思ったままを、つい口に出した。


「一緒に考えてください。そもそも何故まるで他人事のような言い方をするのですか」

 途端に顔を向け、珍しくメルファリアが命令口調で唇を尖らせた。


「あ、ああ、すみません。そうですね、わかりました」

 ある意味、頼りにされているという事なのだろうと楽観的にとらえるレオンは、いつも通り前向きだ。アヒル口もかわいいなあ、なんて思いながら。



 アストレイアとプロミオンは、一隻ずつ順番に降下し、それぞれの駐機スペースへと落ち着く。アストレイアは当然だろうが、プロミオンにも専用の駐機スペースが与えられて整備を受けることができ、アリスが定期的に自身のメンテナンスを行えるよう配慮がなされたのは素直にありがたい。


 一方で、お屋敷の専用駐機場を拡張し、ゲストハウスにまで専用の降着場を設けても、この惑星の既存の地上ステーションはそのまま残し、ノアの実験開発業務は中断することなく粛々と進められている。日々増え続ける作業員や研究者、またはそれらをあてにした業者の面々は地上ステーションに降り、着々と整備されつつある輸送交通網によって各地へと運ばれる。


 テラフォーミングがほぼ完成したこの星では、今後はどの地域でどのように生態系を構築し維持するかなど、主に学術的な追跡調査などが行われることになるので、そのための設備、運用インフラ構築などが今は大掛かりに進められているところだ。メルファリアの意思に従って、惑星ノアの開発はいま大きく加速している。


 §


 レオンとアリスは、ゲストハウスではなくてお屋敷の中に、随分と大きな居住スペースを与えられることになった。ゲストではなくて住人の扱いなので、今後はレオン宛の郵便物などがあれば此処に届くのだろう。重厚な机のある執務室と応接セット、居室、寝室、バスルームまである、オフィス兼住居といった構成だが、この大きなお屋敷の中には、まだいくらでもスペースは余っているのだとか。


 与えられた部屋はクレイオ博士の執務室と同じように天井は高く、加えて大きな窓があり、室内は思いのほか明るくて過ごしやすそうに見える。レオンの趣味に配慮されたのだろうか、珈琲を淹れるのにお誂え向きのカウンターまである。


 必要な人数のメイドや執事も用意されるということだったが、それらについてはレオンの代わりにアリスがすべて断った。アリスがいれば不要、居るだけ無駄、というかむしろ邪魔なのだとか。

「ご希望であれば、私がメイド服を着て差し上げますが」

「いや、いいです。おかまいなく」


「では執事姿がお好みですか。私はどちらでも構いませんよ、ふふふ」

「どちらがじゃなくて、余計なことはするなって言ってるんだよ」

 このAIはなぜか悪乗りする気満々だ。どこで学習を間違ったんだか、どこか特定の国の大衆文化に、色濃く影響されている気がしてならない。



 レオンは、重厚な机と対になるデザインの椅子に、感触を確かめながらゆっくりと座ってみた。構造の大部分と肘掛けは机と同じ木質で、機能性だけではないこの手触りと質感は、これまでレオンには縁のなかったものだ。


 国際郵便船も含めて宇宙船、中でも特に軍艦等には木製の調度品は最低限度しか載せられない。これは主に重量や可燃性の問題、そしてコスト面から避けられるためだ。もちろん、メルファリアの専用船たるアストレイアは別枠だけれども。


「この机は、本物の木製家具か。良い色つやで、屋敷の内装にもマッチしているね」

「そうですね。マホガニー無垢材が使われています。しかも代用材ではなく真正のマホガニーですね。装飾などの華美さは控えめですが、超の付く高級品ですよ。木目が綺麗ですね」


「じゃあ、腹立ちまぎれに蹴飛ばしたりはしないように、気を付けよう。ところで、マホガニー材なんて、どこで産出するのかな?」

 可住惑星が幾つもあるとはいえ、気候と土壌も含めて生育条件が合致してどのような植物がうまく育つか、思惑通りにはなかなかいかないという話をよく聞く。


「それが、この星で、しかもこの島の南の方で育つようですよ。木材資源としての生産量はまだ少量ですが。最近ようやく供給できるようになって、ランツフォート家の需要の為に木工職人を呼んで制作しているそうです」

「へえ。職人さんをこの星に呼んで、作ってもらっているのか」


 産地と需要がこの星にあるのなら、職人さんさえ良ければ、来てもらうのが一番だよな。銘木の家具なんて重たくてデリケートなものを、一体どこから運んで来たのかと思いきや、この惑星で生産していたとは。さすがは地球環境の再現を目指すだけはある。


 地球に比べれば地軸の傾きも幾分小さいし、夜空に浮かぶ月も小ぶりだが、それでも今のところ、人類の手に入れた百を超える可住惑星の中で一番地球に近い環境なのは間違いない。


 きっとこの星のどこかには、高品質な珈琲豆を育てられる地域もあるに違いない、とレオンは秘かに期待することにした。


 §


 百年以上前にクレイオ博士が始めた地球環境再現実験は、惑星ノアのテラフォーミングと共にゆっくりと、しかし確実に進められてきており、ノアの海では既にクジラやシャチまでもが導入済みで、生態系のピラミッドがほぼ完成している。海は全惑星規模で繋がっているので、生き物たちは自ら適したところを探して広く動いてくれるため、定着せずに全滅するなどという事はあまりないようだ。


 今後はバランス調整のために漁業を拡充させる予定となっているが、惑星ノアでの漁業はあくまで生態系の調査と調整のためであり、食べたい魚を捕るわけではないところが特殊ではある。


 一方で地上部では、各大陸と島嶼部とで異なる動植物群のセットを地球の生態系を参考にして構築しており、お屋敷と地上ステーションのあるこの大きな島では意図的に大型肉食獣と有毒動植物を最小限に絞っているというのは以前記した通り。


 ただ、希少な動植物種に関しては、利権の関係などから惑星ノアには導入できないものが多数ある。例えばジャイアントパンダと呼ばれる熊科の草食種は、恐らく未来永劫この星ではお目に掛かれないだろう。


 他にも絶滅危惧種と呼ばれるいくつもの動植物が、管轄当局による許認可の関係などから導入の見通しがない。絶滅危惧種であるからこそ生育地を複数確保すべきかとも思うのだが、世の中はなかなかに難しい。


 それでも、惑星ノアにおける動植物の多様性は、既に地球にさほど見劣りしないレベルに達していて、樹齢百年を超える樹木こそないが、野生動物は既に数世代以上も世代を重ねている者達がたくさんいる。


 それらは全て、この星への導入開始からデータを採取し分析され、やがては人類域内すべての各可住惑星の、住環境向上を促す知見となることを期待されているのだ。


パンダって、放っておくと絶滅するしかない種のような気がします。

それが必然であるなら、保護措置と動物園ってあまり違わないような。


人類もそうなのかもよ?


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