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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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34.カリスマ預言者

化粧を落とした自分の顔にびっくりすとか、もうギャグですよね。


ですよね


 とある一室、そこは宇宙船の中か、或いは軌道ステーション等の宙域設備のどこか。

 窓はなく、幾何学的なパネルの組み合わせが床から天井までを覆っていて、暖色系の面光源照明が意図的に、小さなテーブルとその周辺のみをぼんやりと照らしている。


 自然を愛する者たちのカリスマ、”預言者”ノーマ・フオンの目の前には、ある男を写した二枚のフォトカードがあった。

 ひとつは、リー・ジョ・ルムのもの。

 もうひとつは、マイケル・リーのもの。つまりは、同じ男の二つの姿だ。


「まったく、全てうまくはいかないものね。あの星を手薄にしたところまでは、随分うまくいったと思ったのにね。……まあ、なんとか物証を残さずには済んだのだけれど、こちらは大損害なのよ」

 冷ややかに、ノーマ・フオンはフォトカードに写る男を見下ろした。


「でも、おかげでほっとした気持ちでもありますの。……これから、どうしましょうね?」

 うまくいかなかった恨み節かといえば、そうでもない。

 大損害と言いながら、あまり気にした様子でもなく、ほっとした、と言った彼女はむしろ嬉しそうですらある。


 テーブルの上に無造作に置かれた情報端末に目を向けると、そこにはとある外宇宙航行船のフライトプランが表示されていて、船の行先はフォトカードの男の出身地である惑星セヴォールとなっていた。

「この男の変身願望は、あの可愛らしいお嬢様へのコンプレックスなのでしょうねぇ」

 ノーマ・フオンは二枚のフォトカードをそれぞれ左右の手に取り、ひらひらとさせてまた目の前に置いた。

「せっかくきれいに再生してあげたのに、文句ばかり言うんですもの。文句はむしろ、自身の御両親にでも仰って頂きたいところですわ」


 再生医療が高度に発達しているとはいっても、全身くまなく綺麗に再生するのは、設備も技術も管理もそれなりに大変なことで、しかも短期間でともなれば尚更だ。加えて、マイケル・リーは成長途上の時分からの度重なる整形施術により、本来の姿など本人すら知らないという有様だった。文句を言われたところで、理想と現実の違いをどうにか出来るものではないし、美容整形は再生医療の埒外だ。


「あなたは気付いていなかったのでしょうけど、当のお嬢様はむしろ黒髪の男子の方がお好みのようでしたわね」

 ノーマ・フオンはワイングラスを手に取り、その香りだけを堪能して視線を落とした。

「けれど、もうそんな事には悩まなくて良いのよ。……私が、解放してあげる」

 ルビー色の液体が少しだけ残ったグラスを指ではじくと、感応的な響きが睫毛を震わす。


 フォトカードの一方を優しく摘み上げ、写っている男に声をひそめて言い聞かせた。

「あのお嬢様、メルファリアさんにね、貴方は死にました、と伝えてしまいましたの。証拠を残しておくわけにもいかないしね。……だから、死んで下さい」

 フォトカードに対して優しく語り掛ける、その口元にだけ薄い笑みがあった。

「でも、あなたが卑劣な手段で惑星ノアを狙った、という事実だけは使わせてもらうかもね……」


 情報端末上では、先ほどから表示されていた宇宙船において、ある重大な警告が発信されていた。それは、当該船の指揮系統が毀損し回復不能と判断されたため、以後自動パイロットに切り替わり運行されることを伝えるものだった。その警告表示を見てノーマ・フオンはまた微笑み、改めてグラスを手に取って僅かな残りを飲み干した。

「自然のままに……」


 ◆


 一般的に外宇宙航行船舶は、何らかのトラブルなどで指示を与えられなくなると、自動的に母港へと戻るよう設定されている。宇宙船において最も脆弱な部分のひとつは乗組員たる人であり、そうであってもごく限られた人員で運行されている船舶は意外に多い。その運行に関われる人員が何らかの理由で不在となり指示が与えられないまま一定時間が過ぎると、その船のオートパイロットがあらかじめ設定された港へと向かうよう自動的に切り替わることになる。


 これは幽霊船や二次災害を増やさないために重要な措置で、前述した行方不明の船団も運行システムが損なわれていなければ、本来はオートパイロットが母港へと導くことになっていたのだ。例えばプロミオンも、レオン一人が乗り組むときに何らかの理由で指示を下せなくなると、いまなら惑星ノアへと向かうことになるだろう。


 同じロジックで、以前レオンが対峙した海賊アシッドクロウの船である偽カムナンサン号と同型の船が、オートパイロットによる航行で惑星セヴォールへと到着した。乗組員は全員死亡しており、経過時間の長さから死因の特定は難しかったが、やがてそれは全員が同じく一酸化炭素による中毒死であると判明した。まだ試作試験段階であった当該船の建造時における配管等のミス、システムの設定ミスなど様々な原因が推察されたが、公式な発表はなされなかった。


 メルファリアが調査を依頼したデータマイナー「スピンクス」のソフトマッチョ、マルコ・ガリアッティが報告映像の中で恐縮する。

「当該船は廃船になるようです。トラブルの原因は不明なまま、これ以上はもう調べきれないと思われます」


 メルファリアが依頼したマイケル・リーの所在と現況に関する調査の報告は、当人が死亡したことを裏付けるものとなった。皆一様に押し黙り、レオンも正直言ってどう反応すべきかを決めあぐねた。ただ、船舶事故の原因についてはもう、これ以上調査をする必要も無いかと思われた。


「彼自身の言葉の通り、わたくしと同じくミリセントでグロリアステラを降りた後、セヴォールへとお帰りになられたという事のようですね」

 確認のために、レオンがそのあとを引き継いで声に出す。

「そしてその途中で乗船にトラブルが発生し、船はオートパイロットで惑星セヴォールまでたどり着いた、と」


 到着時点で乗組員は全員が死亡しており、その中にはマイケル・リーが含まれていた。

 宇宙船のような密閉空間内で、一酸化炭素というさほど特殊でもないもののなんと恐ろしいことか。気体成分を監視するセンサーの不調など、幾つかの要因が重なったことによる結果なのだろうが。


 彼にはたくさん嫌な思いをさせられたものだが、その最後が事故死とは……あっけないというかなんというか。しかしそうなると、その事故はいつ起きたのか? たしかにノーマ・フオンの言ったとおりだったが、それにしては時系列が妙なことになる。

「これはやはり、預言……なのでしょうか?」

「いやあ、どうでしょうね。単なる偶然では?」


 レオンは基本的に、預言なるモノを信じていない。努めて平然と、なかば無理やりに否定してみた。しかし、メルファリアやリサから聞いた限りでは、ノーマ・フオンには何やら裏がありそうだとは思う。ただ、ノーマ・フオンの側からこちらに接触してきたのは、マイケルの死を知らせた時だけだった。


 UNに個人識別情報を登録していない彼女にこちらからアプローチを行うのは相当に困難で、それに、彼女へのアプローチが良い結果をもたらすものとなるかには疑問もある。主には地球で活動しているようだし、グロリアステラの船旅も、ノアへのオプショナルツアーが追加される前から予定されていたものと判明しているから、彼の死との直接の関係性は無いのではないかとも思えた。


 そうするとしかし、彼女はまるで預言者であるかのようではある。


 いずれにせよ、レオンだけはまだマイケル・リーの死亡を疑っている。

 あんな、自分だけは何としても生き延びそうな奴が、という思いもあるし、ノーマ・フオンがわざわざ伝えてきたことも、逆に怪しいとすら思えた。ただそうは言っても、メルファさんには心安らかでいて欲しい。レオンが思い煩うことの全てを、この可憐な御主人様に伝えなくてはならない訳ではないのだ。ない筈だ。


「感情は抜きにして、単純に『悪意の発信源』が滅したなら、それは良い、と騎士としては考えます」

 警護役としては、現時点の情報を以って油断してはならないと心に留めおいた上で、メルファリアに対しては、スピンクスからもたらされた情報に首肯してみせた。


マルコ・ガリアッティしか映らなくて(アントニオが映らなくて)リサは不満です


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