33.自然を愛する者たち
可住惑星が百を超えても、地球だけは別格、って地球に住んでる人だけは思っていそうです。
メルファリアはさすがに聞き流すことができず、マイケルの所在をスピンクスに調べてもらうことにした。マイケルの身を案じて、というよりアオヤイ美女の言葉が不思議に思えたからだ。
彼女がマイケルとどういった関係だろうが気にもならないが、彼が亡くなったと伝える彼女は、まるきり他人事のようだった。それどころか、言葉を聞いたメルファリアがどんな反応を示すかを第三者的にうかがっていた様子でもある。それに彼女は、惑星ノアにて「何か」が起こるであろうことを知っていたようでもあった。
その「何か」はレオンによって阻止され、メルファリアは既に報告を受けている。そして、報告をもたらしたレオンは、驚異的な速度でもって惑星ノアから戻って来たばかりだ。自分たちの他に、「何か」を知り得る者がここにいるとすれば、それは事案の当事者だからではないのか? それはメルファリアだけでなく、レオン達も当然抱く思いだ。
以前にアリスの目を通して記録された映像などから、アオヤイ美女の素性はMAYAがすぐに特定した。
「彼女の名前はノーマ・フオン。一応地球市民で、現地では預言者などともてはやされる存在のようです」
アリスのする報告にしては、やけにあいまいな言い方だ。
「地球では有名人ということなのか」
「そうですね。その彼女とマイケルとは、運命共同体と言うよりは利害の一致をみた協力者同士、といったところではないでしょうか。今回の案件以外には、両者の接点が浮かんできません」
彼女はUNに個人識別情報を登録していないが、そもそも地球では、UNに個人識別情報を登録していない人が比較的多かった。そのせいで一般的に検索できる様々な情報と彼女を確実に紐づけるものがなく、ネット上に溢れる様々な情報があいまいに関連していて、かえって彼女をわかりにくくしている。
「預言者……、地球ではそんなミステリアスな職業が存在しているのですね」
一見穏やかに語るメルファリアの言葉には、憧れのようなものが僅かに含まれている。
「いやいや、ないですよ。職業ではないです」
「ん~、なんだかとっても、胡散臭い、ですわ」
レオンは断固として否定したし、眉をひそめて呟いたリサの感想の方がまだしも一般的だろう。スピリチュアルなものの本家本山が地球にあることは多くて、未だに神秘的なイメージもあるが、反面怪しげなネタも多くて評価に困ることがある。
そんな「地球」の存在が、人類を教え導く者を自認するG7のひとつとして厳然と今も在る。人類発祥の地であり、人類域の経済的な繁栄の中心ではなくなった今でも、他の星とは一線を画す隠然とした影響力を持つ。ピーク時よりずいぶん減ったとはいえ、未だ太陽系には三十億人が暮らし、その人口規模はUN本部のあるデルフィよりも大きい。
歴史や伝統といったものを大事にする社会が残っていて、百余の可住惑星の中でも観光地としては圧倒的ナンバーワンの地位にある。そしてG7の中では保守穏健派でランツフォート家との関係も悪くはないが、例えば人類域の拡大に関しては抑制的な立場を取ることが多いなど、是々非々の関係性を堅持している。
そういった現状の中で、地球市民の間ではナチュラリストを自称する、自然を愛する者たちが世論を動かす大きな勢力を形成していた。ノーマ・フオンはそのナチュラリストなる人達の中心人物の一人とされるが、様々なことがはっきりしない。
彼らナチュラリストは、宗教団体や政治結社という訳でもなく、組織としての体を為してはいないようだが、なんとなくまとまり、様々な活動を行っているようなのだ。そして、人々の日常生活の中から国家を動かす政策論争に至るまで、あらゆるレベルに影響を与えているという。
言葉通りならば至って平和的なうねりのようにも見えるが、どんな思想にも過激な一派は少数なりとも存在するもので、”第二の地球”ともてはやされることのある惑星ノアを指して「不自然なもの」などと揶揄し嫌悪感を露にする者も中にはいる。
「以上、アリス・レポートでした」
「ナチュラリストとは、単に自然を愛する人たちのことを指す、一般的な言葉でしかないと認識していましたが」
「普遍的な価値観ではありますからね。あらゆる国に一定数いますよね」
しかしながら、軌道ステーションでリサと対峙した時の、あのノーマ・フオンの身のこなしは、到底一般人のものではなかった。そして、マイケル・リーとある程度以上の繋がりがあるのは間違いない。
以前のマイケル自身は全く自然のままではなかったが、グロリアステラで再会した彼は、どうやら再生医療の結果として彼のDNA本来の姿に戻っていたと考えるのが妥当だろう。リサが危惧を伝えるまでもなく、レオンは以後継続しての情報収集をMAYAに依頼している。
マイケルといえば、結局、レオンは黒髪のリー・ジョ・ルムと直接顔を合わせることはなかった。惑星ノアでの晩餐会の最中にすれ違う事はあったのかもしれないが、レオンは気付かなかったし、それと気づいていたならば、その場で殴りつけていたかもしれない。
もしそんな事になればランツフォート家にとっても大きな問題になり得るから、そうならなくて良かったのだと思う。
§
レオンが二日間の休暇をほとんど無為に過ごした後で、アストレイアとプロミオンは惑星ノアへの帰路に就いた。プロミオンは右安定翼を失い右舷兵装ブロック表面を広く焦がしていたが、機密性の逸失や機動性への影響はなく、無事にフライトプランをこなして惑星ノアの軌道ステーションにある修繕ドックへと収容された。
プロミオンは随分と古い船ではあるが、そのほとんどの期間をラーグリフに収められてあまり使われていなかったために、経年劣化は最小限であり、今回のダメージもほぼ表層だけに留まるというのは朗報だった。
報告にざっと目を通したレオンが、破損した右舷部分の三面図を眺めながらアリスに話しかけた。
「こういう時はさぁ、普通はパワーアップして復帰するものじゃないかな? あと、強力なオプションパーツが付いたりとか。例えばプロミオンにも、アストレイアみたいな長射程砲が付かないかな?」
どこかの架空戦記物語のようなことをレオンは楽しそうに口走ったが、アリスの反応は素っ気ない。
「何を言っているんですか、バカですか」
しばらくの間、自身のメンテナンスのためにいちいち軌道ステーションまで来なくてはならないアリスは、機嫌が悪かった。プロミオンのドック入りは初めてなので、レオンはこれを機に全体的なメンテナンスと消耗品の交換とを依頼したが、そのために入渠期間が更に伸びたことが、アリスにとってはたいそう不満だったらしい。
「わりと長くなりそうなので、停止ついでにセキュリティ系などシステムのアップデートをしようと思います。オプションパーツは付きませんけどね!」
「さっすがアリス! 転んでもただでは起きないね!」
「……転んでません」
レオンをじっと見つめる目は、いつにも増してひんやりしていた。
レオンは人をおだてるのも、AIをおだてるのも上手くはなかった。
プロミオンが動けないうちは船乗りも陸の上となるわけで。
せっかくなので何か、こういった時にこそ出来る事をと考えて、ずいぶん前になるがアリスと共にレストランでも開業しようか、などとうそぶいたのを思い出した。
「そうだ、アリス、惑星ノアの名物料理を作ろうぜ!」
「レオン、良いですか? 名物料理と呼ばれるのは結果であって、作る前から名物にはなりませんよ?」
バカですか、とその冷ややかな表情は語っていた。
「名物として育てることを見越してメニューを考えようぜ、ってことだよ」
この惑星の成り立ちに合わせて、今は廃れてしまった遠い過去の地球で食されていたもの、とかも良いんじゃないかと思う。
「……つまり、惑星ノアならではの食材や特徴のある調理法を用いる、という方向性ですか。過去に存在したレシピであれば、現代では一般的でなくとも再現はできますし」
「そうそう、そういうこと。分かってもらえて嬉しいよ」
少なくともまだ当分の間は、惑星ノアを訪れる客はセレブに限られると考えて間違いない。そういった方々にご賞味頂くために、コスト度外視でメニューを考えるのも楽しそうじゃないかと思ったが、まずはレオンが賓客相手のメニューを考案できるのか、というのが問題だ。
「やっぱりメルファさんに考えてもらうべきだよな。イメージ戦略的にも」
惑星ノアの名物料理が、メルファリアの好みではないとしたら、やはりそれは良くないと思う。だから、彼女の好みに合致する料理の中から、惑星ノア産の食材などを活用できるレシピに仕上げるという事になるのだろう。
「そうなると、レオン。……どうやら、レオンの出る幕はありませんね?」
まったく、アリスはひどいことを言う。
「なあに、食べるのは任せておけって」
食レポは任せておけ、とは言ってませんね。
食べるだけ。




