32.ミリセントにて
数千年後、人類が食する物はどんな発展を遂げているのか、
個人的には凄く気になるんですよねー
往路とほぼ同じルートを辿り、驚異的ともいえる速さで惑星ミリセントへと到達したレオン達は、損傷したプロミオンを見せて心配させないよう努めて平静を装ったが。ミッカ・サロネンからの無事を確認する声は、そもそもあまり心配している様子でもなかった。
「お帰り、レオン。ところで、今度はどんな傷を負ったんだ? また儀体を使っているのか?」
簡潔に無事を伝え、ミッカが次の快気祝いはいつだ? と言い出す前にレオンはすぐに通信を切った。
メルファリアへの報告は速やかに行われて、彼女は皆の無事にとりあえず胸をなでおろしたが、伝えられた内容にはデリケートな部分が含まれるので、後日改めてローレンス総司令へも報告を行う、ということになった。
「それでもまずは、レオンにはゆっくり休んでいただきましょう」
船のコントロールをアリスに任せておけるレオンは、復路はほとんど休んでいたようなものだけれど、ありがたく頂戴して二日ほどをミリセントでの散策に充てた。護衛官であるレオンは、メルファリアの身の回りに何らかの出来事があれば即呼び出されるものなのだが、ここでの二日間は完全に任務を外れる休暇として与えられた。
デニス船長以下、アストレイア乗組員の面々は帰途の準備に慌ただしくなり、レオンの休日は結局のところアリスと共にある。
「何も考えなくて良い日って久しぶりだし新鮮だな。アリスも、たまには一人で過ごしてみたら?」
「私に休暇は必要ありませんので。……もしかして、マンマシンインターフェースに一人で過ごせだなんて、それは邪魔だという事でしょうか……?」
アリスの声は次第に小さくなって、立ち止まってうつむいた。
「い、いやそうじゃない、そうじゃないよ」
「では、今まで通りご一緒させてもらっていいですか……?」
なんだかいつもとアリスのキャラが違うような気がしたが、レオンはあわてて取り繕った。
「も、もちろん。むしろ、有難いぐらいさ」
「そうですか、良かった」
結局二人は連れ立って、今日もまた珈琲豆なんぞを物色しながら商業区画をそぞろ歩く。すぐに機嫌を直した(?)アリスは店舗へのナビゲートを的確にこなしつつ、現地での相場を確認してはレオンに伝える。
「コピ・ルアクという珍しい豆を取り扱っているそうですよ? 他とは桁違いの価格が提示されていますが」
「ほほう。地球以外でも流通しているのか? じゃあ、せっかくだから少しだけ買ってみようか……」
単に稀少であって、価格に見合う味わいかといえば難しいところだが、話題の一つとしての価値は確かにある。メルファさんに黙って飲ませたら怒るかな? なあんて他愛のないイタズラ心が湧いたが、メルファリアが怒るとリサに半殺しにされそうな気がしたので、この案はしまっておくことに決めた。
「そもそも真正のコピ・ルアクなのかどうか、鵜呑みにしていいのかな?」
「うーん、流通経路を辿っても、地球産であるところまでしか分かりませんしね」
というのも、賞味したところでやはり本物かどうか、レオンの味覚で見極められるとは思えないのだった。
§
一方メルファリアは、レオンが惑星ノアへと向かっている間はミリセントに滞在していたが、その間に行きつけとなったカフェがあり、今日も今日とてリサを伴い二人で訪れていた。比較的治安のよいミリセントでもそこは高級ブティック街の中ほどにあり、ショーケースには名の知れたパティシエが腕を振るうスイーツが整然と並んでいた。
甘党ならずとも、技巧を凝らした造形と色彩には思わず嘆息を誘われるところだ。そんな中から二人が選んだ本日のオーダーは、ふわふわスフレのレモンタルトとしっとり抹茶のシフォンケーキ。
「このボルドービーンズは甘いのね」
「これは小豆と言いまして、和菓子ではポピュラーな食材です」
「ワガシ? ああ成程、リサは詳しいわね」
「ここでは良質な小豆が調達できるという事ですわ。早速探してみようと思います」
笑顔のメルファリアを目の前にしながらスイーツを頬張る、リサにとっては至福のひと時だ。リサは気に入ったスイーツを自分が再現しようと企んでいるようで、正直に言うとメルファリアも、それには大いに期待したいと思っている。既にカンテンとサンオントウとかいう食材が、明日にもアストレイアに届けられて積み込まれる手筈になっていた。
そのリサが化粧室へと向かったタイミングを狙ったように、見覚えのあるオリエンタル美女が近づいた。
「ご機嫌麗しゅうございます、メルファリア様」
「あ、あなたは……」
リサとの再会を敢えて避けた女は、立ったまま言葉だけの挨拶で話しかけてきた。
「メルファリア様のご機嫌が麗しいという事は、惑星ノアから良き知らせが届きましたか? ……このわずかな日数のうちに。どうしてそんなに早く知らせが届くのか、私とても気になりますわ」
「……」
メルファリアが身構えるよりも早く、女は声をひそめて言葉を続けた。
「私からも良い知らせをひとつ……、マイケル・リーは亡くなりました」
「えっ……」
女は少し身を屈めて、黒目がちの瞳で、じいっとメルファリアの碧眼のその奥を覗き込んだ。
「喜んで頂けましたか?」
「い、いえ、そのような……」
親密とは程遠い関係ながらも、顔見知りの訃報ともなれば胸の内にさざ波くらいは立つものだ。彼とは、楽しくはない会話を交わしてから、まだ一月ほども経っていない。
「では、ごきげんよう」
メルファリアが「亡くなった」という言葉に驚いているうちに、女は身を翻してその場を立ち去ろうとする。
「お、お待ちください!」
「ああそうそう、お嬢様。お会計手続きをなさらないまま店舗を出ては、犯罪者になりますわよ?」
「あ……」
メルファリアはその手元に何も持たない。会計手続きが済んでいるのかどうか、リサに確認しなくては。真面目なお嬢様は、女の言葉にまんまと囚われて、身動きが取れなくなってしまった。
アオヤイを自然体で着こなす美女は、戸惑うメルファリアに軽く会釈をして悠然とカフェから立ち去り、それきり姿を見せることはもうなかった。
じつのところ、「会計手続き」なんてもう存在していないかもしれないんですけどね。




