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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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31.銀河の果てのその先

世界は広い。そして、世間は狭い。


って、誰かが言っていたようないなかったような。


 敵対戦力の解析は続けるとして、レオンもまた、この星系を後にしなければならない。

「これから惑星ミリセントへのフライトプランはどうしますか? もう、急ぐ必要はないのでしょうけど」

「メルファさんに早く知らせてあげたいからな、帰りもレベル6いっちゃうか?」


「それは重畳。どうやらレオンも、人類への貢献の重要性に目覚めたのですね。誠に喜ばしい限りです」

 あえて喜色を抑えるためなのか、やけに硬い言い回しだ。

 まあ、レオンの場合は人類へというよりメルファさんへの貢献に目覚めたのだけれど。



 例の正体不明の敵艦に関しては、今回なんとか撃退できたことで、もし次に会う機会があるとしても、それは随分先のことになるだろうというのがMAYAの見立てだ。こちらにも明らかにしていない戦力があり、その攻撃力に関してはある程度伝わってしまっただろうが、知ってしまえば尚更に手負いのまま再戦しようとはしないだろう。


 アルラト星系内であれば、索敵能力は圧倒的にこちらが勝っているのだから。


「二度と会いたくはないけど、対策はしておかないとな」

「このラーグリフに比肩する戦闘能力となると、明らかに脅威ですからね」


 ザッパーなどという危険なアイテムをも再度用意して、また仕掛けてくるなんて事はあるだろうか? マイケル・リーの粘着質な性向からすれば、決して楽観視はできない、と思う。まったく、厄介な輩に関わってしまったものだ。


 もう会うことが無ければどうでも良いと思っていたが、今後いずれかの時点で彼とは決着をつける必要があるのかもしれない。

「宇宙は広い、はずなんだけどなー」


 §


 ラーグリフの明灰色の船体が、アフターバーナーの仄赤い残光を曳いて加速する。プロミオンは安定翼を破損したままだが、宙域の航行に支障はないし、どのみちラーグリフに格納するので修理は後まわしだ。


 レオンは惑星ノアが無事であることを早いとこ皆に知らせようと、ノアへと急行した往路のフライトプランを逆になぞるようにラーグリフは虚ろを突き進み、なおかつ更に高いインフレータレートを設定してみせた。

 もちろん、レオンもアリスも通常通りに船内で過ごしながらである。


 レベル6に到達したからとて特にアナウンスもなかったが、この度のフライトでの最高倍率に達した時には、アリスのいつも澄ました顔から唐突に笑みがこぼれた。

「ふふふ、いよいよ二百万倍に達しました。レオンはなんともありませんね。今後がますます楽しみです」


 ちょうど食事を終えたところだったレオンは、フォークを置いてアリスに応えた。

「なんだよいきなり。……インフレータレートの新記録か? 身体は特に問題ないな、むしろ気分がいいね」

 その言葉通り、アリスが随時観測し続けるレオンのバイオデータテレメトリーに異常値は見当たらない。


「どうでしょう、このラーグリフの限界に、いずれチャレンジしてみませんか?」

 アリスは随分と楽しそうで、その言葉が今は明るく弾んでいる。

「もしも、ですよ? もしもレベル7iフライトを実現できたなら、この天の川銀河ではない、他の銀河へ行くことが遂に現実のものとなります。もしかしたら、レオンの存在は人類にかつてない大きなブレイクスルーを、もたらすのかも知れません」


 天の川銀河の中心、いて座Aスターの向こう側どころではない。人類が、数百万光年彼方の他の銀河へと到ることが、ラーグリフとレオンならば実現できるのかもしれない。

「ああそうか、そう言われるとなんか凄いな」

「ほんとうに」


 ただし、である。果たして人類の中に、それほどの高レベルフライトへの適合者がどれだけ存在するものか。もしかしたら、レオンだけが特異な存在であるのかもしれないのだ。

「でも、俺だけじゃあな」

「そうですねぇ、その時には、私と二人でアンドロメダ銀河のアダムとイブにでもなりますか?」


 アリスはイブにはなれないだろうに、と思ったが。

「勝手に妄想の翼を広げるな。そして飛び立つな」

 AIは妄想するのかな? そもそもそれは妄想って言うのか? 自分で言っておいてなんだが。


「なあ、アリス。おまえまさか、いつのまにか本物の人間にすげ替わっていたりしないよな?」

「え? ふふふ。……さあ、どうでしょう? 確かめてみたらいかがですか?」

 意味ありげにほほ笑んで、アリスはまるでレオンをからかう様にそう言った。


「むう」

 生意気な。

 うーん、円周率をどこまで諳んじられるか、でも聞いてみようか?

 アリスのことだから、得意げにいつまでもいつまでも数字を並べ続けるんじゃないだろうか……。


 §


 人類がどこまでの高レベルフライトに耐えられるのかについては、外宇宙航行船がiフライトレベル5を実現するようになったことで表面化した問題だ。DMA調整やナノマシンの注入、タンクベッドの使用など様々な策を講じてもなお身体へのダメージがあり、コールドスリープを適用してもフライト後に蘇生に失敗するという事例が実験レベルで幾つも発生した。


 公にされないところではそういった技術開発ならぬ人体実験めいたことも続いてはいるようで、レベル4であれば人類の大半が適応できるが、レベル5に耐えられる者は一割にも満たない、と現時点では見積もられている。


 一方でレオンはというと、DNAコーディネートは行っていない。どうやら、生まれつきiフライトへの適性が極めて高いという事になるのだろう。高レベルフライトへの適性とDNAとの関連は完全には解明されていないが、適応しきれないインフレータレートにおいて頭痛を催す人は頭痛、発熱が現れる人は発熱と、発現する体調不良の内容はその人によって決まっていることが多い。


 ならば、適性の高いレオンと同一のDNAを持つクローンを作れたなら、同じような適性の高さを持つ可能性は十分にある。そしてまた、レオンの子に同じように高い適性が発現する可能性も大いにあるだろう。

「いずれ、レオンのDNA情報を欲しがる人が現れるかもしれませんね」


 ラーグリフとレオンの組み合わせの価値が知れるのは、レオンに危険をもたらす事になるのかもしれない。その価値を手に入れたいと思う者が現れるかもしれないし、亡き者にしたいという意思が生まれるかもしれない。軍事的に特異な価値があるのはリスクをも生じさせるが、レオン自身の認識はいまいち薄い。


「危険性とは逆に、レオンの遺伝子を欲しがる女性が現れるかもしれませんけどね」

「女性?」

 どっちにしろアリスは、レオンの保護は己の利益であると認識している。せっかくレオンが女性にモテるチャンスだとしても、そんな事はこれっぽっちも関知せず、いやむしろ積極的に妨害しそうではある。


「レオンには、朴念仁とか唐変木とか、そういう言葉が似合いますよね」

「なにそれ、どういう意味?」

 それはもう、とある国の古典文学の中に稀に出現することがあるだけの廃れた言葉で、レオンでなくとも殆どの現代人はその言葉の存在を知ることもない。


「今はもう使われない、古ーい言葉です。真面目な、とか、素直な、とか、まあそのような意味合いです」

「へえ、褒めてくれるのか? ありがと」

「どういたしまして」

 アリスが隠しきれない口元を緩ませたが、レオンは気付かなかった。


「そうそう、食事に関して、なにかリクエストはありませんか? できればレオンが今まで食べたことの無いような料理を、作ってみたいですね」

「知らない料理をリクエストするってのは難易度高いだろ。おすすめを見繕ってくれよ」

「そうですねえ……」


 ノアへ向かう時とはうって変わって穏やかな雰囲気の中、レベル6を維持したままにラーグリフは空虚を突き進む。


アンドロメダ銀河まで行けるようになる頃までには、さすがに他の知的生命体と出会えるんじゃないかと思うんですけどね。

そういう未来を希望します。


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