30.見えない敵(2)
戦いになるなら、まずは敵を知ることから、ですよね。
敵艦の予測位置に対して、もうすぐラーグリフの有効射程距離にまで近づくというところで、観測可能な範囲にある観測機のうちおよそ半数から、同時にアクティブスキャンを仕掛けてみることにした。
「敵を知るってのは重要だな」
「ほぼ同時にスキャン波が届くようにタイミングを調整して、一時的なオーバーフローを狙ってみます」
敵がどれだけキャンセラー等を働かせるか、またどれだけ正確に相殺してくるか等から、敵の演算能力をも測ろうという試みだ。
「全部相殺されたりしないだろうな?」
「痕跡を目立たなくすることはできても、全てを消し去ることは不可能ですよ。どのように自身を隠そうとするか、その手段も含めて、様々な情報が手掛かりになります」
「位置は特定できそうだな。できれば敵の概要くらいは掴みたいがな」
更には、位置の暴露を自覚した敵がどう動くかを観察できる、と思ったが……。
敵艦はアクティブスキャンを仕掛けた観測機の全てを狙って四方八方へと強烈な砲撃を放ち、そしてきっちり当ててきた。レオンが見つめる先のメインスクリーン上で次々と観測機がグレーアウトし、破壊を確認したものから順に表示が消えた。
「おいおい……、全部を狙ってきやがったぞ」
目の前でアイコンがあっという間に減っていき、スキャン結果をラーグリフに伝えることができた観測機は、なかった。
「まさか、アクティブスキャンを行った全機を失うとは……悲しいです」
その行為の代償として敵の位置をかなり正確に特定できたが、敵は同時に、ラーグリフの針路とほぼ直交する方向へ急加速を始めた。
「ちっ、しっかりとこっちを認識していたみたいじゃないか。攻撃開始だ!」
はい、と短く返事をしたあとに、アリスは不機嫌そうに呟いた。
「半分残しておいてよかったと思うことにします」
有効射程内ギリギリではあるが、位置を特定できたことでラーグリフは即座に砲撃を開始した。それでもまだ正確な敵艦影を捉えることはできていないので、手数を稼いで当てることにする。ラーグリフの船体各所に配備された大型砲から、高出力のエネルギービームが幾条も伸びて虚空を照らす。
追いかけるようにラーグリフは向きを変え、熱処理のためにもアフターバーナーを展開する。と同時にアリスからは敵艦の性能に関する分析が短く伝えられた。
「アンノウンの加速性能は、ラーグリフと同等程度のようですね」
一般的な戦闘艦艇よりも随分大きいラーグリフと同等の加速とは、機動性が高いとは言えないだろう。
「だからこそ、隠れたまま逃げようとしていたのかもしれないな」
同じ機動性なら、先に加速を始めた敵艦にラーグリフが最終的に追い付くのは難しいが、その代わり敵は今、比較的脆弱な艦尾をこちらに晒している筈だ。
「今がチャンスだ! 砲撃が届くうちに撃ちまくれ!」
ラーグリフがジェネレータをフル稼働させたのは、百年前の建造以来じつにこれが初めての事で、生成されたエネルギーの砲弾は、敵の予測位置に届く光芒が途切れぬほどに撃ち込まれた。周囲がキラキラと輝くのは対ビームシールドに当たり散乱するビームの飛沫で、それは確かに敵艦を捉えているという事でもある。
絶え間なくビームが放たれて光の道ができると、その終点では新たな光球がにわかに弾けた。
「命中判定いち、に、敵の光学迷彩が一部消失しました。所在を特定。命中三、四、……五」
レオンが食い入るように光学観測映像を見つめる先では、コントラストが自動調整される中でも幾つかの爆発反応が見て取れた。命中弾は確実に、敵艦に損害を与えている。
だがその時、近接防衛システムが自動作動した事を知らせる警告音が鳴り、アリスが振り向いた。
「機雷、いやミサイルです!」
「ちいっ、小細工までしていやがったか!」
近傍の宙域に忽然と実体弾頭が現れ、多数の弧を描いて急速に向かってきた。ラーグリフの近接防衛システムは正常に稼働してある程度以上の接近を許さなかったが、撃ち落とす前に起爆したものがあり、それは核融合反応による強烈な光と大きな力を解放した。そして、命中はせずとも広範囲に衝撃波と電磁波とをまき散らし、ラーグリフを震わせて射撃を鈍らせた。
「核弾頭か!?」
「まだ来ます。防御を優先します」
ちょうどその宙域は、敵艦が加速を開始した座標に近い。あらかじめミサイルをパッシブリリースしておいて、ラーグリフの接近に反応して起動させたのだろう。大型の対艦ミサイルが実に六十機も動きだしてラーグリフに追いすがったが、残りはすべて起爆前に破壊された。
「全弾撃ち落としました。他にはもう見当たりません」
「ごくろうさん」
「ラーグリフの損害はセンサーの破損など、軽微です。ですが……」
「ああ。……逃げられちまったな」
いまやラーグリフの射程圏外へと逃れた敵は、鈍ったとはいえ加速を続けている。近傍宙域に集中して構築した観測機の索敵範囲からは、ほどなく外れてしまうだろう。
その後も加速を続けた様子から、航行能力に大きなダメージは与えられなかったようだが、なにせラーグリフの砲撃が当たったのだ、防御能力やステルス能力、索敵能力などには明らかな能力低下が生じるだろう。残念ながら敵艦の撃破には至らなかったが、それでも確かな損害を与えることはできたはずだ。
「画像解析から、敵はセンサーなどの表面構造物だけでなく甲板の脱落や光学迷彩の消失、加速力の低下が見て取れます。敵の破損状況を予測すると、小破判定に足る損害を与えた事は確実です」
「よーし、そうなりゃ、いったん母港に帰らなくちゃな。しかも、母港はそんなに近くにはないだろうな」
「少なくとも、ランツフォート宇宙軍の監視域の外でしょうね」
まあ、惑星ノアに手を出すと痛い目を見るぜ、ってことは伝わったと思う。
「プロミオンの損害の仇はとったな」
いずれ敵はiフライトに移行するだろうが、iフライトの特性として、追いかける側が有利なことは敵も当然認識している。だから、まずは確実に振り切ったことを確認するまで逃げ続けるだろう。しかも本来帰るべき方向とは違う方へ、韜晦・遠回りをするに違いない。
だからこちらは、それを見越して星系外までは追いかけない。証拠物件を確保できなかったことが惜しまれるが、惑星ノアも軌道ステーションも平穏無事だし、手ごわい敵もひとまず撃退した。
「ザッパーはもう無いし、未確認の敵艦も、一応は退けた」
「はい」
「今日のところは、これぐらいにしといてやるぜ!」
「ふふ」
向き合ってレオンが右手を振り上げると、アリスはばっちりタイミングを合わせてハイタッチした。
§
痕跡を追い、敵艦が星系内宇宙域から離脱したであろう事を見届けてから、レオンはやっと落ち着いて久しぶりに珈琲を淹れることにした。ストックの中から気分に合わせて焙煎済みの豆を選んでミルに放り込み、ハンドルを手で回すとゴリゴリという音と共にふくよかな香りが立ちのぼる。その都度淹れる分の珈琲豆だけを手回しミルで挽く、効率性からは程遠い、もうほとんど儀式のような作業だ。
「は~、いい香りだ」
「レオン、オレンジチョコレートはいかがでしょうか」
レオンの行う儀式に合わせ、アリスが気を利かせて手作りのスイーツを届けてくれた。アリスは自分ではまったく口にしないので、作ったものは結局のところレオンが食べることになる。既にあるレシピ通りとはいえ、いつもすこぶる出来は良いので嫌ではないが、油断をすると食べ過ぎてしまいそうではある。
食べきらなかったものは、勿体無いのでマイナス二百度のディープフリーザー行きだが、そのままストック状態になってしまっている作品もだんだん増えてきた。
「もし良ければ、あとで感想を聞かせてくださいね」
そう言って、レオンがコーヒーブレイクを楽しむのをアリスはそばでただ待った。そしてレオンが飲み終えてカップを置き、目を閉じてひとつ息を吐くまで待って、声を掛けた。
「レオン、ちょっといいですか」
「ああ。食レポか? それとも、帰りのフライトプランのことか?」
「いいえ。落ち着いたところで、お伝えしておかねばならないと思いまして」
一連の戦闘行動を通して収集した情報を、分析した中間報告だそうだ。
「例の取り逃がした敵艦をまだ特定できていませんが、MAYAの知る限り、最も近い候補はこのラーグリフです」
「……え?」
レオンは飲み干したばかりの珈琲カップを無意識に持ち上げて顔に近づけ、何も残っていない内底を見つめてしまった。
「例えば、プロミオンを破損させたビームですが、クラス五十以上の、艦艇搭載型としては最大級のものと推測します。このクラスの砲を搭載するのは、拠点防衛設備などでなければ、各国の大型戦艦かもしくはラーグリフくらいのものです」
「……」
レオンは目を瞬かせるばかりで、しばらく声が出なかった。
「そして、ザッパーを破壊した時にはそれを連射してきました。船の大きさも必要ですし、リアクタとジェネレータの出力を推計したところ、その大出力にあてはまる候補が見当たりません」
「……マジか。でもさ、敵は大量のミサイルを積んでいたじゃないか。ラーグリフには無いけど」
「それは単に、ラーグリフよりも更に重武装である、というだけの事です。一応言っておきますけど、ラーグリフも積んでいないだけで、ミサイルを保持・射出する能力自体が無いわけではありませんからね」
「う……」
敵が発射したのは大型の対艦ミサイルだった。しかも核弾頭。そこを思い出してレオンは言葉に詰まった。ラーグリフと同等か、もしくはより重武装かもしれない戦闘艦艇を相手にしていたかと思うと、今更ながらにぞっとする。
「知らないって、すごいな」
「知っていたとしても、逃げるわけにはいきませんでしたけど」
「それはそうだ」
もしもラーグリフに匹敵する戦力が敵対しているとすれば、それは由々しき事態といえる……。
オレンジとチョコレートは相性抜群です。
これは数千年後の未来でも、きっと変わらないことでしょう。




