25.可住惑星の壊しかた
宇宙には、過去からの電磁波がそりゃあもう溢れんばかり(?)に漂っています。
無線通信の変調技術や暗号化・複合化技術の進歩によっては、宇宙背景放射には実は意味のある通信電波の残滓が含まれている、なんてことが判明したりして。
妄想だけは宇宙規模に広がりますね。
フライトプランを順調にこなしてラーグリフはアルラト星系にたどり着き、カイパーベルトを超えてiフライトアウトすると、観測機からは順次距離の近い順に過去の観測データが集まりだす。
もともとラーグリフが搭載していて射出したもののほかに、メルファリアに願い出て取得した機器も含めると、現時点では星系内宇宙領域で約二千機ほどの観測機が活動中だ。だがそれでも、惑星ノアに近づく幾つもの船影の中には、例の偽装船団はやはり見当たらなかった。
「しかしまあ、とりあえず今この時点では、ノアは無事ってことだな」
敢えて話題にはしなかったが、凶行に間に合わない可能性だってあったのだ。ひとまず安堵して、レオンは偽装船団の行方をどうやって探すか、MAYAの示した存在可能性マップを睨みつけた。
「レオンは、レベル6iフライトをこなしたばかりの自分のことよりも、まずは惑星ノアを心配するのですね」
「まあ、なんの自覚症状もないからな。俺って……」
「はいはい、すごいすごい」
「……」
アリスはアルラト星系を北天から俯瞰したマップを見つめ、存在可能性分布をより絞り込めるパラメータを探した。
「電磁波のエネルギー量と放射範囲からすると、星系内宇宙域でも、なるべく近いところから狙いそうですが」
「威力だけを考えるなら近い所だろうけど、狙った後の、逃げる算段もしているはずだよな?」
ザッパーは証拠隠滅のために破壊するかもしれないが、少なくとも護衛の艦艇は人員を乗せて帰途に就くのだろうと思う。しかし、民間警備会社の護衛艦艇であることを示すトランスポンダは、この星系に到達した後に消えていた。すぐに引き返した、などという事はまずありえないだろう。
到達しているのにラーグリフの観測網に引っ掛からないところが、小惑星帯に紛れているという可能性を高めている。
「用心深く行動している、という事か?」
「自爆攻撃ではなく、秘密裏に事を為そうとしている、という事でしょうね」
偽装船団の各船舶に関する実測データが全く揃っていない現状では、スピンクスからの情報をもとに彼らの動きを予測することしか今はできそうにない。
「ほかの船を捜索に動員する暇はないし、そもそもγ線に狙われている、だなんて言えるわけがない」
「プロミオンを分離して、二手に分かれて探しましょうか?」
ザッパーの設計仕様を読み解くと、一度の放射時間は三十秒程度とされ、間髪を置かずの連射はできないようだ。その一方で、惑星ノアに決定的なダメージを与えようとするなら、惑星の自転に合わせて放射を複数回行う必要がある。惑星の反対側に放射するには、当然ながら半日ほど自転するのを待つ必要があるからだ。
「いちど放射を実行させて位置を特定すれば、次の放射までに捕捉して破壊できそうではありますが」
「その手は当然却下だな」
「ですよね」
しかし、証拠を残さずに破壊活動を行おうというのなら、実行に半日以上もかけるということはないと思う。その間に異変に気付く船舶等が現れそうなものだし、そうなれば様々な状況証拠が残ることになるだろう。
それにしても、どうやって惑星ノアにダメージを与えるか、を真面目に考えなければならないとは、気が滅入る。
「まてよ……、軌道ステーションを狙うってのはどうだ?」
どのみち証拠を隠滅するつもりなら、可住惑星の周りに当然存在する軌道ステーションも黙らせる必要がある。というよりも、軌道ステーションを機能停止させて惑星に落とすのが効果的じゃないだろうか。
「アリス、ノアの軌道ステーションはどれくらいの重さがある?」
「公表された情報はありません。建設途中ですから大雑把になりますが、十兆トン程度と推計します」
「十兆トンか。最大規模なだけあるね。今回はそれが仇になりそうだ」
宇宙港軌道ステーションは、惑星の周囲を公転するタイプの人工衛星とはわけが違う。太陽に対する惑星ノアと同じ公転軌道上を、惑星より少しだけ先行するよう意図的に位置を調整していて、惑星ノアから見れば、一年周期でゆっくりとノアの周りを公転しているように振舞う。地上から見れば、常に太陽と九十度ずれる方向に存在し、お互いに影を落とす事の無い位置にいる。
そうやって静止衛星軌道の外側となる高度を維持するために、軌道ステーションは常に惑星表面から見て上向きとなるベクトルを発生させている。月のように惑星ノアに対する公転速度と距離でバランスを取っているわけではないから、もし仮に全機能が停止すると、重力に引っ張られて、コイツは惑星ノアに向けて落下する。
もちろん二重三重にジェネレータもベクターコイルも冗長化してあるはずだが、全ての電子回路が一度に破損しては対応のしようはないだろう。γ線の照射がなされるとするならば、対処すべき人員もまた、同時に葬られてしまうのだ。
それによって引き起こされるのは、惑星ノアに引き寄せられての、地上四万キロメートルからの垂直落下。そのうち惑星の大気によって抵抗を受けるのは最後の百キロメートル程度だろう。つまり、それまでの三万九千キロメートル以上は、十兆トンもの重量物が地表に向かってどんどん加速を続けるわけだ。
「もしかしたら、本命はこっちかも知れないな。自分達が逃げ出すための時間稼ぎにも好都合だろう」
高エネルギーの電磁波で惑星全体を直接炙り、そのうえで制御不能になった巨大な宇宙港を落下衝突させる。十兆トンの大規模構造物は大気圏で燃え尽きるはずもなく、衝突した地表面を大きく抉って惑星そのものを震わすだろう。
その結果、惑星上は天変地異に晒され、人の居住環境は損なわれ、これを回復するには相当な年数が掛かることになる。
いや、きちんと回復できるかどうかも疑わしい。
周辺の電磁記録はことごとく失われて、落下した宇宙港も物的証拠としての役目は果たせそうにない。同時に、この建設中の宇宙港だけでも数万人か或いはそれ以上の人間が犠牲になるだろう。
「だとすれば、これはとんでもないぞ……」
正常な思考を働かせる人間ならばそんな行為には躊躇いが生じてしかるべきだが、彼奴にそれを期待できるものかどうか。ザッパーの存在を明示できなければ、この殺戮劇が実行されても、原因不明のままとなってしまうかもしれない。
人間だけではない。今現在ノアに息づく各種多様な動物植物もろとも、この美しい”可住”惑星が失われてしまう。なかば自分で考えたのに、レオンはその凄惨な内容に戦慄して声が震えた。
「……恐ろしいですね。軌道ステーションも狙うと仮定するならば、存在可能性分布の偏りが顕在化します。可能性の高いところを優先して捜索しましょう」
いつもすまし顔で通すアリスが、珍しく眉間にしわを寄せた。
レオンはラーグリフからプロミオンの分離を指示し、二手に分かれての捜索を行うことにした。星系の黄道面付近に散在する大小の岩塊を見下ろす形で、二隻は各種のセンサーを駆使して人工物を追いかける。
タンカーとコンテナ船は隠匿性能が高いはずもないので、小惑星たちとは区別しやすいと思われたが。それでも新たな発見はなかなかもたらされず、時間が経過するごとに存在可能性分布は次第に拡散していく。
§
同一星系内とはいえ、これだけ離れたところから惑星ノアを狙うには、どこかに静止して照準を合わせをしているはずである。静止、つまり太陽を公転する大小の岩塊たちと相対速度を合わせ、それらに遮られずに惑星ノアが見通せる位置を確保して。
「むしろ……」
徐々に拡散して色表示の薄くなる分布図を見つめ、レオンはごくりと唾を飲み込んだ。
「こちらの予想は間違っていました、ザッパーなんて存在しません、ってことなら良いのにな……」
心の底からそう思う。べつに、手柄なんて欲しいとは思わない。
ふと思いついて、いつもの栄養分補給ビスケットを取り出したが、今は珈琲を淹れる心の余裕がなくて、アリスに持ってきてもらったミネラルウォーターで胃袋へと流し込む。喉に詰まらせそうになりレオンが胸を叩くと、アリスが水差しからつぎ足し注いでくれた。
「徒労に終わるといいですね」
レオンを気遣ってかそう言うと、その舌の根も乾かぬうちにプロミオンが特異なノイズパターンを比較的近距離に認めた。今更だが、アリスにはちゃんと舌があって、やはり本物との区別はつかない。
プロミオンは一旦捜索を止めて戦闘態勢へと移行する。レオンが指示をせずとも、アリスは自衛を最優先にプロミオンの舳先を翻す。
「どうした?」
「ノイズ源が接近してきます。トランスポンダの応答がありませんが、この観測データからすると駆逐艦クラスかそれ以上の戦闘艦艇である可能性があります」
プロミオンはデリケートなセンサー類を格納し、ジェネレータ出力を上げて艦載砲の試射を行う。この状況下で、プロミオンに対して接近しようとする何者かがあるとすれば、それはつまり徒労ではなかったという事だろう。残念ながら。
もうだいぶ遠ざかっていたラーグリフに対して、アリスは合流を指示した。
十兆トンが四万キロから垂直落下するとどうなるか、実は良く分からんのですけど。
マントルにまで到達する衝突となれば、まあ相当やばいんじゃないですかね。




