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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
25/36

24.自然のままに

インターミッション的な。


いや決して何かが間に合わないからとかそういうわけではn


 とある一室、そこは宇宙船の中か、或いは軌道ステーションなどの宙域設備のどこか。 窓はなく、幾何学的なパネルの組み合わせが床から天井までを覆っていて、暖色系の照明が意図的に、小さなテーブルとその周辺のみをぼんやりと照らしている。



 アオヤイといわれる裾の長いワンピースを身につけたアジア系の女性が、ワイングラスを片手に持ったまま、もう片方の手でテーブル上に置かれたスレート端末に指を這わす。

「そちらの首尾はいかが?」


 薄暗い室内には、テーブルの向こう側にもう一人、黒髪の青年が同じようにワイングラスを手にしている。

「上々だ。もうそろそろ、”罰”が下されるだろう。ふふふ、あの女の嘆き悲しむ姿が待ち遠しい……」

 男は、自分の手にあるグラスの中のさざ波をじっと見つめる。


 自分が手に入れる筈だったものを、すっかり得られなかった。こちらにはなんの落ち度もないというのに。この逸失利益に見合う罰を、あの女は与えられなければならない。自分のものにならないのであれば、美しい物も、人も、それはただ限りなく妬ましいだけだ。


 にわかに感情が昂ぶり、ぎろり、と男は鋭い目を女に向けた。

「まあ怖い。……私は用済み品の処分をお願いしただけだというのに、あんなことに使おうなんてね」

 口にした言葉とは裏腹に、女は平然とグラスを傾けて喉を潤した。


「貴女とて、思惑が一致するからこそ俺にアレを委ねたのだろうが。でなければ、星を丸ごと狙おうなどとは思わんぞ?」

「あらあら、まるで私が唆したかのような言い方は止してくださる? 私が欲しいのは実証実験の結果だけ。それについては既に良好な結果を得られましたから、あとは好きなように使っていただいて結構ですが、尻尾を掴まれたりはしないように、して欲しいですわね」


 女はグラスを置き、彼方の深淵を思わせる黒い瞳で男をじっと見つめた。

 まるでその瞳は、男の内心をすっかり見通しているようでもあり、男は居心地の悪さに視線を逸らした。

「そ、そのためにこそアレを使うのだろうが。記録を残さない為に。むしろ掴まれそうになったのは貴女だろう? ノーマ・フオン」


 わざとらしく名指しされた女は、今度は妖艶にほほ笑んで男を見返した。

「あんな、カワイ子ちゃんに後れを取ることはないわ。……だって私は、『預言者』なのよ。ふふふ、なんなら貴方の未来も視て差し上げましょうか?」


 そう言われて男は露骨に嫌そうな顔をしたが、それはむしろ背筋を這い上がる悪寒をごまかす為のものだ。

「ふん、預言者が聞いて呆れる」

 小さな声でぼそりと呟き、男は次の話題に移ることにした。


「ところで、あの女が俺を探しているという事だったが、もう会わない方が良いのだろう? であればもう、帰らせてもらおうかと思うが」

「そうね。ともすれば貴方は、あのお嬢様に余計なことを喋ってしまいそうですからね。事の顛末は私の方で確認しておきますから、どうぞ安心してお帰り下さい」


 女は相変わらず微笑んだままだ。美女には違いないが、どうにも危険な香りばかりを感じる。お帰り下さい、と言われた男はあからさまに安堵の色を浮かべ、背もたれに身を委ねると視線はどこか遠くを見つめた。

「まあ、いまさら知れたところで、もう完全に手遅れだろうがな。なら、むしろ教えてあげた方が、面白そうではないか?」


「……そうね」

 薄暗い灯の中で、女の表情はちっとも面白そうでない。

 物騒なおもちゃを手にした餓鬼が、目の前で嬉しそうにはしゃいでいるのだ。

 分別ある大人ならばたしなめるべき場面だろうが、彼女はただ、目を伏せてゆっくりと静かに息を吐いた。



 一方、これから起こるであろう大事件を期待して、男は頭の中で早くも皮算用を始める。

「事がなされれば、それは大きなニュースになるだろうから、どのみち放っておいてもいずれ伝わってくる。あの女は、凄惨な事案の起きた星の責任者として、責めを負う事にもなろう」


 生真面目な彼女の性格であれば、自責の念に苛まれる事になるかもしれない、と考える。

「まあ、直接に悲しむ様を見られないのは残念だが、俺が惨事の『当事者ではない』ためには仕方あるまい。あの女が打ちひしがれたところに、こちらから救いの手を差し伸べてみる、というのも面白いかもしれんなぁ」


 そんな寒々しい呟きを、テーブルの向こう側の女は無表情のままに黙って聞き流す。

「クククッ、……では、明日にでも俺は此処を発つことにしよう」

 男は小さく笑ってグラスをテーブルに置き、ゆっくりを席を立つ。


 女は鷹揚に足を組みなおして何も語らず、そのまま男が退出するのを見送った。

 手元の端末にはセキュリティ関連情報が表示され、男が退出した後のドアには自動でロックが掛かる。女は一瞬だけ渋面になり、閉まったばかりのドアを睨みつけた。

「ふう。……捨て駒に贅沢は言えないけど、ホント気持ち悪い男ね」


 部屋を出た男が、そそくさと去っていく様を監視映像で見送って、アオヤイの女は再びワイングラスを手に取り虚空を見つめると、言いなれた言葉が艶めく唇の間からこぼれた。

「自然のままに」

 グラスの中の僅かな残りをそのままにして置くと、女はまたスレート端末に指を滑らせた。


「そういえば、お別れの言葉を言いそびれたけど……。もうリップサービスの必要も無いかと思うと、せいせいするわね」


最近で言えばSDGsとか、ああいう潮流って誰かが意図して作り出そうとしているのかな、なんて勘繰ったりします。

考えすぎですよね。ですよね

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