23.iフライト レベル6
レベル6というと、百万倍です。
光速の十パーセントでレベル6を実現すると、一年で我が銀河系を横断できます。
……
わかりずらいですね。
ラーグリフは、プロミオンを格納するための準備を整えてレオン達を待っていた。
自己診断によって各部のチェックを行い、クラス五十の大型艦砲のひとつに劣化が認められたりといった事はあったが、そもそも百年以上稼働するための冗長性確保に多くの砲を備えるラーグリフにとっては、想定内でしかない。少なくとも今回のミッションには微塵も影響しないだろう。
一方プロミオンでもメンテナンスプログラムが実行されたが、こちらには何ら問題はなかった。むしろ、搭載したアームローダーを自分がメンテナンスする、と言い出したレオンをこそアリスがたしなめた。
「アームローダーを使うような想定をしません。リスクが大きいからです」
アリスとしては、レオンを喪失するような危険性はあらかじめ排除したいと考えるからだ。
「そりゃまあ使わない方が良いけど、メンテはしておきたいんだよ」
「では、搭乗の際は、また私も乗せてください」
「いやあ、あれはもう勘弁してほしいな。狭かったし、重かったし」
「重……なんですって?」
「いや何でもありません。もう、命綱なしで飛び出すような真似は絶対しないよ」
アリスは腕組みをしてレオンに向き合っている。命綱うんぬんよりも搭乗することそのものを危険視しているのだ。
「じゃあ、メンテナンスだけですよ? 稼働は許可しませんからね? ハッチも開けませんよ?」
「わかったよ、メンテだけにしておくよ」
おまえはお母さんか。
けれど、それをはっきり言うと機嫌を損ねそうな気がする。
おばあちゃん、って言うよりはマシなんだろうけどな。
§
無骨な人型の、各可動部の実動作チェックをちょうど終えるころ、プロミオンはラーグリフにいよいよ近づいて、レオンは手早く片づけをして小さな確認窓からドッキングを見守った。ラーグリフの全長はプロミオンの約十倍ほどもあり、近づくとその大きさの違いが際立つが、比較的スマートな船型なので体積や重量は千倍までは違わないと思う。
船体最後部の専用格納庫内にプロミオンはきれいに格納されて、後部ハッチが閉まると内部では通路やデータバスが連結されることでラーグリフは本来の形となる。せっかく連結してもラーグリフ側には人が活動するための環境をほとんど備えないので、従ってレオンは基本的にプロミオンの船内から出ることはないのだけど。
やがて格納庫からブリッジへと戻ってきたレオンに、さも待ちきれない様子でアリスが声を掛けた。
「ラーグリフはもう準備が整っています。直ちに進発しましょう」
ドッキングによって表示の切り替わったメインスクリーンには、今はもうラーグリフのフライトプランが映され、その要所要所には気持ち控えめに倍率を現わす数が明示されていた。
「やけに乗り気みたいだけど、なにげに百万倍を超えてるじゃん、ココ」
わざわざレオンは指さして見せたが、そんなことは当然アリスは知った上でのことだ。
「まあまあ、細かいことは気になさらず、どーんと行きましょう! 銀河の果てまで!」
あさっての方向にアリスが腕を突き出して指をさした。
「果てじゃねえだろうが」
レオンは何となく不安になってフライトプランをもう一度確認してみたが、行先は惑星ノアに間違いない。胡乱な眼差しを向けたところで、アリスはニコニコとしたままだ。
「……」
これ以上追求するのはやめておこう。
「よし、惑星ノアへ向けて発進」
「はい、発進します」
銀河系探査船ラーグリフは、プロミオンを格納して久しぶりにレオンとアリスを乗せ、一路、惑星ノアを目指す。グロリアステラと共に付かず離れずでやって来た商用航路からは外れて、高倍率を稼げるよう長く直線的なルートを設定して、多少のリスクは承知の上で突き進む。
もともとそれがラーグリフに求められた機能性能だし、本来は有人フライトを想定していなかったので、レオンという人間が搭乗している事こそがむしろイレギュラーなのだが。ただ、レオンの高倍率フライトへの適応はMAYAの予測を超えていて、どこまで対応できるのかは手探り状態といえる。
だから、アリスがより高倍率へ挑戦しようとするのは、MAYAの意向なのだろう。
「今回のフライトでは最大で百三十三万倍か、遂にレベル6へ到達だな」
「ええ、これはまぎれもなく人類初だと思います。はっきり申し上げて、凄いです」
凄いとはいっても、まあ殆どラーグリフのおかげなんだけれど。
§
フライトプランは承認されてラーグリフは進発し、銀河の果てじゃなくて惑星ノアのあるアルラト星系を目指す。外宇宙へと出てからは順調に倍率を上げつつ、プロミオン船内でレオンは普段通りに過ごしながらも分析を続けて、例のγ線放射装置試作機”ザッパー”については、その性能範囲をかなりのところまで絞り込んだ。
使われるリアクタの大きさから最大出力はおのずと求められ、行方不明の船団全体が被害に遭ったとすれば、放射範囲などは設計通りであることがうかがえた。設計図が信用できるならば、惑星ノアへ放射するための位置取りも範囲が限られてくるが、そもそも惑星全体を狙うなら一天文単位程度の距離から狙うのが適切だ。
「適切って言い方は、どうかと思うけどな」
「少し遠くなりますが、小惑星帯軌道から狙えば、惑星ノアとその周辺まで範囲を広げても、少なくともオゾン層を消滅せしめるだけの強さは充分に確保できます」
「小惑星帯に隠れながら、ってことか」
可住惑星であるノアには当然分厚い大気の層があって、小惑星帯軌道からでは地表面を直接焼くには出力が足りない可能性もある。だが、オゾン層を破壊するだけでも地上においてかなりの種は死に瀕し、これを回復するのは大変だろう。まだ少ないとはいえ、住んでいる人間の多くが直接あるいは間接的に深刻な影響を受けることにもなる。
そしてノアは当面、「可住」惑星ではなくなってしまうだろう。
アリスが星系内立体マップのうち、惑星ノア周辺を拡大表示する。
「ただ単に惑星ノアが狙われる、という情報があると、守る側はその周辺に防衛のための戦力や設備などを集めがちですよね?」
「そうだな。そして、それらも含めてまとめて全部にγ線を放射するって事もできるな」
小惑星帯からでも、その電磁波の強さは惑星ノア周辺の航宙船舶の電子機器を破損させて航行不能にしてしまうだろう。そして、もし狙われれば、もう防ぎようがない。
「ラーグリフでも防げないか?」
「小惑星帯からの距離であればおそらく。特別厳重に囲われたAIコアは無事かもしれませんが、船全体がもちません」
考えすぎかもしれないが、マイケルが惑星ノアを狙っていることをほのめかしたのは意図的なのかもしれない。ザッパーなどというとんでもないものが使われることが分からないままに対応したならば、かえって放射線による被害を拡大させることにもなるからだ。
「ザッパーであるならば、放射装置がコンテナ船に偽装され、ジェネレータはタンカーに偽装していると思われます」
「どう考えてもそれら偽装船舶に機動性はないから、やはりどこかに隠れてタイミングを見計らうんだろうな」
アルラト星系に到達したなら、まずは星系内に存在する各船舶の動向を確認することになる。惑星ノアの近傍だけでなく、アルラト星系内には既に多くの観測機器を泳がせているので、予想通りなら四隻の船団が捕捉できるはずだ。そして見つけ次第に拿捕するなり、その行動は必ず阻止しなければならない。
ラーグリフはいつの間にかiフライトレベル6に達していたが、レオンはそれに気付く事もなく、フライトプランは順調に消化されていった。
一天文単位は太陽から地球までの距離、約一億五千万キロメートルです。
え、しってる?
そうですよね、すいません。




