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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
23/36

22.命令ではなくて

命令とお願いでは随分とモチベーションが違ってくる、と思っています。

けど、どっちの方がよりモチベーションが高くなるか、これは人それぞれらしいんですよね。


 惑星ノアを狙うために、アルラト星系を手薄にしようとしたのなら、グロリアステラへの襲撃予告は効果があった。メルファリアがそこに居ようがいまいが、惑星ノアを狙うことが彼女を苦しませ、或いは悲しませることになるのは変わらない。


 ザッパーなのかどうかはまだはっきりしないが、何らかの危険が惑星ノアへと迫っている可能性は高そうだ。そうとなれば、どうしてもメルファリアの不安は募る。

 ちらりと覗ったレオンの視線を受け止めて、メルファリアは憂える瞳で彼をまっすぐ見返した。


 鼓動が早まり、いろいろな意味で、レオンは目を逸らすことが出来ない。

 可憐な主人が、なにかを躊躇う様子が、ありありとうかがえた。

「な、なんとなく俺、ノアが恋しくなってきたかなー、なんて」

 そんな、妙な言い方をするレオンを見て、ロナルド・デニスが目だけで笑う。


「レオン、お願いいたします。ノアへ向かっていただけませんか?」

 メルファリアはずいぶんと思いつめた様子で、胸の前で手を握り合わせる。

「わたくしに出来ることであれば何でもいたします。どうか、……ノアを助けてください」

 椅子から立ち上がるも、縋るような眼差しはそのままだ。


「ままま、待ってください! 姫様の御身は軽々しく委ねられません。か、代わりに私で良ければ何でもいたします。どうか、お願いします」

 慌ててリサも立ち上がり、メルファリアを庇うように言葉をかぶせて、頭を下げた。


「……えーっと……」

 どぎまぎしたレオンの目の前で、アリスが立ち上がった二人に近づき、横に並んだ。

「私からもお願いします。私にできる事であれば、何でもいたしますよ?」


 アリスはまあ、今更だけど。

 内心では、高レベルフライトのいい機会だと、ほくそ笑んでいるかもしれない。


 ……。

 静かになったブリーフィングルームの中で、周りに聞こえやしないかと思うほどレオンの鼓動は大きくなった。焦りはないし、プレッシャーを感じたわけでもない。むしろ率先して、メルファリアの役に立ちたいと思う。


「ま、任せてください。俺だって、ノアを守りたい気持ちは一緒です。だから、行きます!」

 レオンの意思を聞いてから、それまで黙っていたロナルド・デニスが静かに立ち上がった。

「レオン君、すまないが、よろしく頼む」


 §


 不審な船団に関する情報は司令部にもフィードバックされて、メルファリア達四人はアストレイアへと戻ることに。

 レオンからは逆にメルファリアに対して、ミリセントに留まってくれるよう、伏してお願いをした。惑星ノアの件はレオンに任せてもらうこととして、デニス船長にもくれぐれもメルファリアの安全確保を、とお願いした。


 すると、今回ばかりはメルファリアから歩み寄って、レオンの両手を握った。

「わたくしは欲張りですから、と言うのももう何度目かわかりませんが、レオンもアリスさんも、どうか無事にお戻りくださいますよう」


「は、はい!」

「お任せください」

 レオンよりもむしろアリスが、自信ありげにそう答えた。


「お戻りになられたら、わたくしから何か提供できるものがないか、改めてお話させてください」

「姫様……」

 代わりに何でも、などと言ってしまったリサは隣で不安げだが、まずは惑星ノアの件を何とかしてからだ。

「吉報をお待ちください、メルファさん」



 プロミオンにはレオンとアリスだけが残り、さっそくラーグリフにドッキングするため移動を開始する。一方で、アストレイアの格納庫で連絡艇を降りたメルファリアは、自室へと戻った後も口数が少なかったが、邪魔者が遠くなったことに気を許したリサは、つい口が滑った。

「ふふふ、レオンは相変わらず、ちょろいですねぇ」


 ちょりですね、という言葉の意味をメルファリアが意識するのには、少しだけ時間が必要だった。

「え? ……リサ、わたくしはレオンをただ利用しようと思って言ったわけではありませんよ?」

「え? で、では姫様、……正気ですか? 軽々しく”何でも”などと仰ってはいけませんよ。特に殿方に対しては」


 二人共が顔を見合わせる。


 リサが正気ですか、などと疑いの言葉をメルファリアに投げかけることは大変に珍しい。リサはかなり驚いたのだが、メルファリアはリサのその言葉に驚いた。

「それはそうですが、でも、それほど私にとって惑星ノアは大切なものなのです」

「それは分かりますが……」


 人間はだれしも自分を基準に物事を考え、判断しがちだ。姫様はやはり、まだまだ世間というものを知らなさすぎる、とリサは思う。世の中には性善説に基づく実直な人間が多数派を占める、などと考えているのではないでしょうか?


 マイケル・リーは極端な例かもしれませんが、彼と似たような傾向の人物は案外たくさん存在すると思うのです。

 特に殿方には。(※個人の感想です)

 やはり私が気を付けて、姫様をお守りしなくては! と、リサは決意を新たにする。


 そんなリサをよそに、メルファリアは自身の至らなさを想う。

「わたくし自身は、iフライトへの適性が高くはありません。今でも、時おり熱を出して寝込んでしまうくらいです。ですから、わたくしが自分でやれば良い、という訳にもいきません」

「はい、それは、承知しています」


 メルファリアは、レベル4フライトでも体調を崩すことがある。客船のように倍率変化が緩やかであればまだ良いが、アストレイアに乗りセヴォールへ向かう際にも、いちど体調を崩している。


 いわゆる三等客室と呼ばれるカプセルベッドで深睡眠しながらであれば、大半の人は商業航路を問題なく過ごせるものだが。その三等客室に馴染めないメルファリアは、症状が出た時だけ、おとなしく寝付くことでいつもやり過ごしている。


 そんなわけで、レベル5やそれ以上の高倍率フライトにメルファリアが耐えられるかというと、それは難しいだろう。


「自分には困難な、そして危険性のある仕事を、無理を承知の上で、彼にお願いしているのです」

「はい」

「ですから、彼には報いねばならないと思うのです」

「はい……」


 メルファリアはどこか遠くを見つめているようであった。

 ……。

 いけません。姫様とレオンの関係性が、なんというか、次のステージへと進んでしまいそうではありませんか。これはいけません。あくまで主従関係であることを、レオンには心に刻んでほしいところです。


 ついでに、身体にも刻んでもらった方が良いかもしれません。

「やはり、アリスさんに頼んで切り落としてもらいましょうか……」

 すぐ隣りにおわす御主人様にも聞こえぬほどに小さくつぶやいて、リサはふっと口元にだけ笑みを浮かべた。


「何か言いましたか? リサ」

「い、いえ、……お、お茶をお淹れしましょうか?」

「ええ、そうね、いただくわ」


どうせ再生できるから。

とはいっても絶対いやだろうな。


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