21.ザッパー(2)
マルチバースという考え方があります。
他の宇宙では、光の速さなどの基本則も違っているかもしれないな、なんて妄想します。
逆に同じ宇宙内でなら、たとえ異星人でも同じ原理の中にいるのだろうと思いうと、
少し親近感が……いや、どうだろうな
プロミオンのあまり広くもないブリーフィングルームで、皆が注視するスクリーン上には見慣れぬ構造体が映されている。アリスの説明に合わせて差し棒が動くが、表示されている装置の形状には、今はさしたる意味はない。
このγ線放射装置とかいうモノは、実はラーグリフを含む銀河系探査計画の一部であり、オプションとして進められていたものだ。だからこそMAYAは当該試験装置の設計図データを持っている。
「ラーグリフが関連しているものなのか……」
銀河系探索を行う上で、人類ではない異文明との邂逅を果たす可能性があるのは論を待たないが、ではその異文明が人類に対して敵対的であった場合にどうするか、という議論があった。そしてまた、その異文明は、人類よりも更に進んだ科学技術を持っているかもしれない。
以前レオンの問いかけにアリスが答えた通り、ラーグリフはそういった危険な存在を認識した場合には、直ちに人類に対しその脅威の存在を伝えることを最優先としていた。レオンの問いかけもアリスの回答もそこまでだったが、では、危険な存在を知った人類はどうするのか?
しかもそれが、科学技術において人類を凌駕する存在だったとしたら。
それに対抗するために考え出されたのは巨大なγ線放射装置だが、件の設計図はその前段階の技術実証試験機のものだという。もう言うまでもないことだが、およそ百年前に起きた爆破テロ事件によって銀河系探査計画は頓挫したまま、公にはされていない。技術実証試験機器は”ザッパー”と呼称され、実在したのかどうか、今となってはもう確かめようがなさそうだ。
「未知の異文明とはいえ、同じ宇宙の住人ですから、この宇宙における最大級のエネルギー放射で対抗しうる、と考えたようです」
対抗しうる、というか、それ以上は用意できない、という事だろうけど。
巨大なγ線放射装置については概略計画図しか残っていないが、ザッパーと呼ばれる試験機は詳細な設計図がこうして残っている。設計上は、一天文単位程度までの距離から放射すれば、地球ほどの大きさの岩石惑星の半面を黒焦げにできる程度の威力だという。
「惑星を黒焦げに、ですか……」
「まさか、とは思うがなぁ」
メルファリアが目を見開いて慄く横で、ミッカ・サロネンが腕を組みなおして呟いた。
人類を守るためとはいえ、銀河系探索計画の副産物は、ずいぶんと物騒だ。例えばUNを牛耳るG7のいずれかが、実機なり技術なりを保持していた可能性はあるのだろうか、と考えてふと気が付いた。
「あ……、ラーグリフが実際に存在しているんだから、これだって存在しうる可能性はあるのか」
「まあ、そういう事になりますか」
「……うーん」
正直なところ、ザッパーとかいう試験機が実在する可能性をどこまで考慮検討すべきか、まだレオンは懐疑的だった。そもそも、可住惑星そのものへの武力の行使というのは、人類における禁忌目録の第一行目だ。そんな事を実行すれば全人類から敵視されることは確実で、少しでも後先を考えたなら選択肢にはなり得ない。
或いは、証拠を残さないよう周到に段取りをした上で秘密裏に実行するか……。
レオンは逆に、まずは消えそうなその可能性を、明確に消してしまうのが先だろう、と考えた。
「でもさ、これを運ぶのは大変だろう? 船体内に収めるのか、外側を偽装するのか、そんなことが出来そうな船がいるか?」
ザッパーは、放射装置本体とそれを駆動するためのリアクタ&ジェネレータ装置とに分かれており、船団を組んで運ぶなどしなければならない。それぞれを収めて或いは偽装することが可能な容積を備えて、その上で船団を組んでいる船が果たして在るものか?
「偽装できる可能性のある船団が五個見つかりました」
「……いるのかよ」
アリス以外の全員が、軽く舌打ちしたレオンに目を向けた。そして、次を促すようにアリスもまた、レオンを見つめた。
「じゃあ、その中で、いま現在アルラト星系にいるか或いは近づきそうな船団は?」
「アルラト星系内には見当たりません。移動中と思われる船団が、ひとつ残りましたね」
ひとつ残った。が、ひとつだ。良く調べればそれも対象から外れるんじゃないだろうか。そうすればもう、検討に値するモノとは言えないだろう。
「残ったか。じゃあ、その船団のこれまでの航跡なんだが……」
レオンが言い終えるよりも早く、アリスが付帯情報として当該船団の航跡情報をスクリーンに映した。
「この船団は、行方不明になった六隻の船団が事案に遭遇したと推測される時期と宙域の範囲を通過しています」
行方不明だった護衛艦の一隻が発見されたことにより、事案に遭遇したと推測される時期と宙域はそれなりの確度でもって割り出されていた。
「なにっ!」
しばらく黙ったままだったロナルド・デニスがたまらず声を上げ、スクリーンを睨みつけた。
思惑とは裏腹にいよいよキナ臭くなってきて、レオンは渋い表情になった。
ひとつ残ったその船団は、大型の商船二隻と護衛艦艇二隻からなり、昨今の事情を鑑みれば護衛が厳重すぎるとまでは言えない。
「でもほら、その船団はコンテナ船とタンカーだろう? 港湾設備の使用状況とかから積み下ろしが分かるんじゃ……」
それが普通の商船であることを願いたいものだが。
「そうですね。……追える限りの記録上で、積み下ろしを一切行っていませんね。そして、ノアでは入港予定に存在しません」
それどころか、スピンクスが収集した範囲に登場してから今日まで、港への入出港の記録がひとつも無かった。
……。
「怪しすぎる」
さすがにミッカでさえも、そう思う。一体全体積み荷は何で、どこへ運ぼうというのか?
「この船団が、ノアへ向かう航路を使用する理由が見当たらない」
はい。仰りよう、ごもっともです。
「参考までに、護衛の艦艇はデルフィに登記のある民間警備会社の所属ですが、この警備会社は最近まで企業活動に伴う諸々の記録がほとんどありません。例えばエネルギー使用料金や配送運賃などですね」
「うーん……」
そして今度は、これまでに活動記録のない民間の警備会社ときた。
「ぺ―パーカンパニーか或いは休眠会社か、あからさまに胡散臭いな」
「ですよねー」
まだアリスの分析報告は続く。
「それから、所属する艦艇は、割と最近セヴォール宇宙軍から払い下げられた現行モデルの駆逐艦のようです」
「おいおい……」
軍が、正面装備として使用している現役機種を、そのまま民間に払い下げるなんてことはまず有り得ない。それはもはや、利害の一致している存在なのではないのだろうか。
レオンの思惑に反して可能性は消えず、それどころかいよいよもって不審な点が浮き彫りになった。件の被害に遭った船団の、その原因がコイツだとすれば、それが向かう先にある惑星ノアが狙われる可能性は無視できない大きさになる。
「もしかして、最近の騒ぎ立てるだけの海賊というのは、この船団が怪しまれずに目的地に到達するための仕掛けのひとつ、とか?」
「まさか、とも言い切れません」
いま、ランツフォート家の影響力が大きい宙域では、反社会的勢力への警戒を厳重にしているところだ。そのさなかを、「護衛艦艇を伴った商業船団」はむしろ保護されながら堂々と航行して目的地へと至り、手薄になった彼の地において証拠の残らない凶行に及ぼうとしている、という事ではないか。
そう推測するなら、腑に落ちる点は多い。
と同時に、仕掛けの大きさにはどうしても驚かざるを得ない。
一同は皆顔をしかめ、ブリーフィングルームには重苦しい空気が漂った。
重苦しい空気が漂うと時空密度が増して事象の進みが遅くなる
……ってことはなさそうです。




