19.ミリセントにて ―ある種の女の闘い―
再生医療が現実的な選択肢になる未来では、身体は子供で頭脳は大人な名探偵も、活躍しにくくなるかも。
というか、身体を大人に戻せれば存在自体が普通になり、単なる名探偵ですね。
結局、豪華客船グロリアステラは海賊に襲われることなどなく、無事に次の寄港地、惑星ミリセントへと到着した。それまでの間、メルファリアがいくら散歩をして船内を歩き回っても、りー・ジョ・ルムに再び会うことはなかった。
他の乗客たちに惜しまれつつもメルファリアは船を降りて、ひとまずは軌道ステーション内にあるS&P社オフィスへと移る。それに合わせてアストレイアが入港し、護衛役のレオンがメルファリアたちを連れ出す段取りだ。
アストレイアは軍用艦艇ではなくランツフォート家のブティッククルーザーとして扱われており、グロリアステラと同じ旅客船ブロックへと誘導されたが、たまたま空いていた接舷バースは一番端の、S&P社のオフィスからはだいぶ離れたロケーションだった。
「移動にちょっと時間が掛かりそうだな」
そう言いながらも、レオンは全く、これっぽっちも残念そうにはしていない。
「まったく、レオンが途中でいらぬ寄り道をしないか心配です」
むしろ喜んで周辺を気ままに散策しそうなレオンは、アリスにあらかじめ釘を刺されてしまったが、その効果の程はなんとも心許ない。そこでアリスは次なる手を打つ。
「私がしっかりと手を引いて、最適ルートをナビゲートしてあげましょう」
「断る。やめてくれよ、子供じゃないんだから」
アリスが楽しそうに言うので、冗談なのか本気なのかいまいち区別がつかないが、どちらであってもレオンとしてはお断りだ。
§
停泊したグロリアステラから大半の乗客が一時下船すると、代わって多数の業者が様々な品物の補給や、新たな食糧の積み込みなどを始めた。各惑星ごとに入手できる物資には違いがあるので、それは航路ごとの特色として船内レストランのメニューにも変化をもたらす。
グロリアステラの船旅自体はまだまだ続くし、最上級というステータスを求めて乗船を望む者は引きも切らず、この豪華客船は姉妹船のグラムホルンと共に高い稼働率を誇る。おかげさまで、スターズ・アンド・プログレス社にとってはまさにドル箱だ。
ほとんど身一つで船を降りたメルファリアが、リサと共にS&P社オフィスへと続く通路を歩くうち、ふらりと目の前に見覚えのある女性が現れた。それは明るい褐色の肌をした東洋系の美女で、すらりとした長身にボディラインが強調されるシンプルなワンピースを身に着けている。
こちらに気付いて振り向いた女性と目が合うと、彼女の黒く大きな瞳に、吸い込まれそうな感覚をメルファリアは覚えた。
「あ、あなたは、ええと、リー・ジョ・ルムさんとご一緒なさっていた……」
「あら、メルファリア様。……ごきげんよう」
彼女は会釈だけで立ち去ろうとするが、メルファリアがそれを呼び止めた。
「あのっ、リー・ジョ・ルムさんはどちらにいらっしゃるか、御存じではありませんか?」
この時のメルファリアは、にわかに沸いた不安感に煽られて、先方への配慮に欠けていたかもしれない。稀な機会を逸してしまうと思えて、彼と彼女の関係性を確認しないままに、彼女に対して彼の所在を訪ねた。
「……」
一瞥しただけで、彼女はなおも立ち去ろうとする。
「お、お待ちください。ご存知では、ありませんか?」
答えない彼女の袖に手を伸ばすと、その彼女が振りほどこうとした手がメルファリアの頬を僅かに叩いた。
「あっ……」
「ぶ、無礼者っ!」
見咎めたリサが目にも止まらぬ速さで近づいて女性の手首を掴むが、そのリサの手首を更に彼女は掴んで振りほどいた。なんとも意外なことに、リサを上回る膂力で強引に解いたのである。
只者ではない。
女は両足を僅かに肩幅よりも広くして、無言のまま半身でリサを睨みつけた。
「なっ……、姫様に手をあげたこと、許しません!」
近距離の間合いのまま、長めのスカートをものともせずに、リサは鋭くミドルキックを繰り出す。その、腰部を狙う鋭利な爪先を防ぐため、女性は大胆なスリットから露出する膝を上げて受けた。
リサは間髪入れずに逆足の蹴りを入れるが、これを彼女が後方へ避けるのを見越して、三撃目に必殺の後ろ回し蹴りを放つ。リサの靴はその爪先だけでなく踵もまた強化されており、一般人に向けて良いレベルではもちろんない。
その、スカートの陰から顔に向けて斜めに蹴り上げられた鋭い一撃を彼女は両腕でガードしたが、こらえ切れずによろめいた。よろめいたが、倒れはしなかった。
リサの三連蹴を防ぎきり、ガードしていた腕をゆっくりと下ろしながら女性が凄む。
「カワイイ顔して、やるじゃない。けど、軽いね!」
今度は彼女が素早く踏み込んで、小さな気合と共にリサを正面から蹴り上げる。
(早いっ……!)
踏み込みを避けきれないと判断したリサは、それでも蹴りを両腕で的確にガードするが、軽量級のその身体は浮いてしまう。こればかりは如何ともしがたいが、むしろ相手の力を利用して速やかに次の行動に移るのがリサの戦い方だ。
クルリと小さく身を翻して素早く着地し、すぐさま反撃に出ようとしたが、このとき背後にはメルファリアがいたのだ。
「きゃっ」
「あっ、姫様」
リサの足がメルファリアを押しただけで、どうという事もなかったが、主人の無事を確認していそいで前に向き直ったつもりでも、件の女性の姿はもう目の前には無かった。
アオヤイ姿の女性は、この場を離脱するためにわざとリサを蹴り上げたのだった。
背後のメルファリアとの位置関係を失念していたリサは己を恥じ、アオヤイ美女を追いかけようとはしなかった。
「姫様。……も、申し訳、ありません……」
「たいしたことありません……わ……?」
見ると、リサが両の瞳からぼろぼろと大粒の涙を零している。
「ひ、ひめさまを、お守りすることが……でっ、できませんで……した……うっ……」
「リ、リサ、わたくしは大丈夫よ。ほらこの通り、なんともないわ」
むしろメルファリアが焦ってとりなすが、リサは今にも大泣きしそうなところを、何とか堪えて震えている。頬をほんの少し叩かれはしたが、実際のところかすり傷もない。メルファリアは歩み寄り、優しくリサを抱きしめた。
「大丈夫よ。ほんとうに、なんともないわ。貴女のおかげなのよ」
「あぁ、姫様……」
ちょうどそこへ、こちらもまたS&P社オフィスへと向かっていたレオンとアリスが姿を見せた。手を掴まれて引っ張られるのは嫌だったので、レオンはおとなしくアリスのナビゲート通りに最適ルートを歩いてきたところだ。
「あれ、こんなところで、どうかしたんですか?」
レオンがのんびり問いかけると、その声を聞いたリサがゆっくりと振り向いた。リサは目をはらして泣いていたかのようだったが、レオンに向けて勝ち誇ったように笑顔を垣間見せると、またメルファリアに抱きついた。
「姫様。もう少しこのままでいてください」
「え、ええ、かまいませんよ」
リサはメルファリアの胸に顔を押し付け、さらにギュッと抱きついた。
その様子と、レオンの顔を見比べて、アリスが小声で問いかけた。
「ええと、……うらやましい、ですか、レオン?」
「そんな事をわざわざ確認するんじゃない。この言葉は、おまえに対する教育だからな。ちゃんと学習するように」
……などと偉そうに言ってみた。けどまあ、少しだけうらやましい。ほんの少しだけ。
ともあれ、四人は揃ってS&P社のオフィスへと向かい、スピンクスとの会合までの間にお互いの情報を交換することにしたのだった。
不老不死化も技術的には可能になりそうですけど、それは人類種の衰退を招きそうな気がします。
(個人的な感想です)




