18.気になる殿方(3)
瀕死の重傷すらきれいに直せる医療技術は、善人悪人を問わず適用可能です。
どこかの宇宙海賊みたいに、恒星にでも落ちてしまえば万事休すなんですけどね。
メルファリアとアリスがエグゼクティブ・ルームへと戻ったあとに、程なくレオンとリサがそれぞれに身だしなみを整えて帰ってきた。その際、メルファリアが唇を真一文字に引き結んで黙しているのを見て、リサは大いにうろたえた。
「ひ、姫様、申し訳ありません、お待たせしてしまいました」
時間を掛け過ぎたかと思ったリサが慌てて取り繕おうとするので、それでメルファリアは自身の硬い表情に気が付いた。
「ああ、リサ、構わないのよ。嫌な顔をしていたのかしら、ごめんなさい」
彼女はいちど目を閉じ、深呼吸をしてから、リサに対しては改めて微笑みかけて席を勧めた。
四人は小さなテーブルを囲み、メルファリアが思い悩むことになった顛末を、アリスが要約して二人に伝えた。
「マイケル・リーが、別名でこのグロリアステラに乗船しています。先ほど彼と少しだけお話をしてきました……」
マイケルは、全身に及ぶ再生医療により遺伝子本来の姿を取り戻していたようだが、その体格はレオンに近く、それでいて身長は一センチほど小さいとアリスは測定していた。
「この船にマイケルが……」
レオンももちろん驚いたが、リサは両手を口に当てて声を失ってしまった。
リサはメルファリアと一緒に、これまでにも何度か船内ですれ違っていたはずだが、容姿どころか体格までも随分と違っていた彼に、気付くことが出来なかったのだ。
しかしながら、マイケルはメルファリアに対して直接的に危害を加えようとは全くしなかった。グロリアステラ船内が、自らに有利な場所でないことは正しく理解しているわけだが、問いかけをはぐらかして、ハッキリしたことは喋らなかった。
だがそれでも、メルファリアが直接問い質したことで分かったことがある。
「この船に対して襲撃予告があった、と彼は知っていました」
まず、グロリアステラに対する襲撃予告に、マイケルは何かしら関与しているのは間違いない。この襲撃予告はS&P社でもごく一部の者しか知らない秘密情報であり、当然ながら乗客には一切知らされていない。それを知っているマイケルは、少なくとも予告した者と何らかの繋がりがあると見なすべきだろう。
では、彼自身がこの船に乗っているのをどう考えるか。
海賊がよく使う手段ではあるが、襲撃の際に手引きをする者を予め内部に潜り込ませておくやり方がある。だがそれでは、アストレイアとプロミオンによって厳重に警戒されることになった「予告」の意味が分からない。
「それに、俺をどうにかしたところでもう遅い、と彼は言いました」
そして、惑星ノアをも含めて、どうとでもなるがいい、などと宣ったのだ。
グロリアステラの寄港直前であった襲撃予告のタイミングからして、惑星ノアへ向かうのを止めようとしたのではなく、なおかつ、騒ぎが大きくなり船旅自体が中止されることは望まなかったのではないか。むしろ、この予告は発信元を偽装した上でグロリアステラから発したものという可能性すらある。
つまり、狙われているのは豪華客船グロリアステラではなく、惑星ノアである、という可能性だ。
レオン達はまんまとおびき出される形になって、惑星ノアを手薄にしてしまったが。
「で、ですが、姫様がノアを離れることまで予想していたとは考えにくいです。姫様が不在の現時点でも、ノアを狙うでしょうか?」
まあ、そのリサの言い分も理解できるが、レオンは更にマイケルの性向を併せて考えた。いまやメルファリアにとって、惑星ノアは大事な存在だ。なにもノアを含む星系の総督という立場にあるから、というだけにとどまらない。
「もしかしたら、メルファさんを直接狙うかどうかというよりも、メルファさんにどれだけ嫌な思いをさせられるか、って考えているのかもね」
メルファリアとレオンに対するネガティブキャンペーンのやり方などから察するに、嫌がらせにかける情熱は相当なものだ。そしてまた、恐ろしいほどに粘着質でもある。
「もしそうだとしたら、相当に気味の悪い御仁ですね。……でも、その為に惑星そのものを狙うなんて事までやるのでしょうか?」
それは、もっともな感想だと思う。が、単に彼の戯言で片づけてしまって良いとも思えないのだ。
「それに、惑星をどうにかしようだなんて、いったい何をやらかそうというのでしょう……」
もっと規模の小さなもの、例えば船とか家とかなら嫌がらせの内容も少しは予想もできるが、惑星や星系を対象に何をするのか。想像しがたいからと言って考慮する必要がない、とはいかないが、今の時点では検討材料が乏しすぎる。
皆が考え込んで会話が途切れたところで、レオンが立ち上がった。
「ここは、メルファリア様の警護役として言わせてもらいますが……」
惑星ノアが狙われる可能性があるなら、なおさらメルファリアはこのままグロリアステラに留まるべきだろう。そしてメルファリアがいる限り、アストレイアとプロミオンによる護衛もそのままで、手薄にすべきではない。勿論、ラーグリフも少し離れて深く静かに見守っている。
「次の寄港地ミリセントまでは、このまま今まで通りとします。警備体制も変えません。メルファリア様の安全が第一です。そのうえで、本当に惑星ノアが狙われているのかどうか、を詳細に分析します」
メルファリア様の安全が第一というところに、リサは大きく頷いた。
「惑星ノアが心配ではありましょうが、断片的な情報だけで拙速に動くわけにはいきません。それこそ罠かもしれませんので」
マイケルに直接聞くべきなのだろうが、「尋問」はできないので、結局それ以外の情報を集めなくてはなるまい。グロリアステラ上で騒ぎを起こすような真似は、極力慎まなくてはならないのだ。
「ミリセントで、スピンクスから情報を提供してもらいましょう。その上でさらに分析して、次の行動を決めましょう」
エマリー女史たちは、新たな船を得て勇躍ノアから出港して行ったが、かなり先までのフライトプランをメルファリアに提示している。そして、いつでもメルファリアの呼び出しに応じる意向を伝えて来ていた。
そんなわけだから、スピンクスはメルファリアが欲しがりそうな情報も網にかけつつ活動していることだろう。上得意様におもねるのは商売としては当然だろうし、今回はそれをあてにしよう。
「わかりました。レオンの思うように動いてください。スピンクスにはわたくしから至急連絡を入れておきます」
皆と話したことで少しは落ち着いたのか、メルファリアの表情がずいぶん和らいだ。当面のやることが定まると、気持ちも整理がつきやすいものだ。
§
レオンとアリスは豪華客船から離れてアストレイアへと戻り、デニス船長に報告をするとともに警戒任務に戻った。次にメルファリアたちに会うのは、寄港地ミリセントの軌道ステーションという事になるが、それまでに、情報を整理して採るべき選択肢を絞っておく必要があるだろう。
ランツフォート宇宙軍司令部からは随時新たな情報が提供されており、MAYAには様々な可能性を検討してもらっている。あとはスピンクスの持つ情報を取得して分析し、どう動くかを決めなくてはならない。
「そもそも、ほんとに惑星を狙うのか、ってところからして引っ掛かるんだよな。いったいどんな手段があるって言うんだ。果たして本当にノアが狙いなのかな?」
「そうですよね。腹が立ったから、というだけでやらかすような事柄ではありませんしね」
ほとんど逆恨みのようなものでしかないのに、それだけで惑星そのものまで狙うとすれば、やり過ぎもいいところだ。彼がたとえそこまで感情を高ぶらせたのだとしても、誰か止めろよ、と言いたい。声を大にして。
そもそも惑星ノアの何を狙うのか? お屋敷への破壊工作などといった程度ではないのか、それとも例えば火山噴火の誘発とか? はたまた厄介なウィルスでもばら撒くのか? エネルギー供給網の停止につながるハッキング、なんてのも考えられるかもしれない。
「そーですねー。ラーグリフなら、レールガンを撃ち込みますけど」
アリスが、さらりととんでもないことを言った。
ラーグリフの場合、初めから「惑星上の異文明に対して明確な打撃を与えること」を目的とした武装が載せられている。これだって、公になれば非難の的になってもおかしくない代物だろうとは思うが。
いずれにせよまだ何か、レオン達には知られていない事があるのではないかと思えて仕方がない。
「メルファさんへの嫌がらせを色々と考えるだなんて、気が乗らないな」
ラーグリフのレールガンは、重金属弾体を亜光速で撃ち出します。
巨大ガス惑星の中心に向かって打ち込めば、赤色矮星が誕生するきっかけになるかもしれません。
さよならジュ……いえなんでもありません。




