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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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16.気になる殿方(1)

ねずみ―ランドって、あの非日常感を醸す演出が徹底しているところが凄いと思うんですよね。


グロリアステラは、どこにでもありそうでどこにもない無国籍な街並みを演出しています。

……とか言い出すのは、私に表現力が足りないからです。


 惑星ノアを後にしたグロリアステラには特にトラブルなども無く、次の寄港地までの航程の中ほどを過ぎてから、レオンはアリスと共にこの豪華客船を訪ねる機会を得た。船長以下数名にしか知らされていない、襲撃予告についての打ち合わせの為にである。


 今まで、惑星ノアから延びる航路での海賊による被害の報告はなく、従って警戒すべき対象も絞れないままだが、引き続き周囲に対する警戒を怠らないよう気を引き締めるしかない。

「なんとも総花的ですが、現時点では仕方ありません。襲撃がないことは、喜ぶべきです」


 グロリアステラの船長やメルファリアなどを前にして、レオンが打ち合わせを締めくくる。この豪華客船もまた、海賊に襲われたことなど一度もないので、この場ではレオンこそが最も経験豊富だったりするのだ。実は襲う気なんて無いんじゃないか、とも思うが、それは言わないでおく。


§


 現状維持を確認しただけの打ち合わせは速やかにお開きとなり、その後レオンとアリスは久しぶりにメルファリアの茶会に加わった。彼女の滞在しているスペシャルスイートに招き入れられて、リサの淹れる茶と、手作りのスイーツを頂くのはいつも通りだが、滞在している部屋の豪奢な内装のためか、なんとも特別な雰囲気だ。


「ここでも茶はリサが淹れるんですね」

「はい。リサの淹れてくれるお茶がいちばんです」

「当然です。姫様が口にされるのですから、私が敬愛の念を込めて、お淹れしたものでなくてはなりません」


 リサはさも当然のように言う。きっと茶器も茶葉も持ち込みなのだろう。恐らくは身の回りの世話も、乗務員に任せずリサが仕切っているに違いない。そうだからこそ警護役のレオンとしても安心できる、とも言えるわけだが。


 それぞれに近況を伝え合い、グロリアステラで供される食事の話題でひとしきり盛り上がった後で、レオンは思い切ってわがままを一つ聞いてもらうことにした。

「グロリアステラにはサウナがあるそうですね。ぜひ体験したいんですけど、行ってもいいですか?」

「そのような物もあるのですか? そうですか、では是非あとで体験談を聞かせてくださいね」


 サウナは美容にも良いと言われるが、それでもメルファリアの眼中には無いらしい。

「サウナは高温多湿すぎて私は一緒に入りたくありません。却下します」

「却下しない! 一緒に入らない! 俺は一人で行くんだよ!」


 アリスのあんまりなボケに、レオンは慌てて突っ込んだ。突っ込まずにはいられない内容だった。人間が耐えられる環境であればアリスは問題なく稼働できるはずだが、好き嫌いはまた別ということだ。


 アリスは不服そうだが、バイオデータテレメトリーはその間一時中断してもらおう。日頃からミッカ・サロネンがサウナの良さを説くものだから、レオンは一度体験してみたいと思っていたのだ。しかも豪華客船のサウナとなれば、ミッカに対して自慢もできそうだ。



「では、行ってきます」

 茶会を終えてレオンがいそいそとスパ施設に向かうと、今度はそれを見ていたリサがフィットネスルームを利用したいと言い出した。グロリアステラに乗り込んでからというもの、どうにも運動不足気味なのが気がかりなのだという。メルファリアと一緒にスカッシュでもプレイできれば一番良いのだろうが、本人の嗜好もあるので、なかなかそうもいかない。


「アリスさんが側にいてくれるならば、その間に体をほぐしてきたいと思うのですが……」

 レオンが在室ならば、そんな事は間違っても言い出さなかっただろう、と思う。

「メルファリア様、私は問題ありません」

「ええ、構わないわ。行ってらっしゃい、リサ」


§


 アリスに促されてリサの別行動を許すと、船室とは到底思えない豪奢なスペシャルスイートルームには、メルファリアとアリスが残る。過去にはリサを交えて三人で過ごしたことはあったはずだが、今までにはあまりない組み合わせの二人は、リサが部屋を辞した後に少し長めの沈黙を作った。


 ……。

「……あ、あのう、アリスさん?」

「はい。なんでしょう」

「ええと……」


 こういう時、共通の知人がいればその人物を話しの種にするのは常套手段だが、まず思いつくのはレオンだ。レオンに関することをアリスに聞けば、アリスはそれこそ何でも知っていて、なおかつ包み隠さずメルファリアに対しては話すだろう。聞きたいような、聞きたくないような、聞いてはいけないような、妙な思考に陥った。


「……さ、散歩に行きましょうか」

「はい。わかりました」


 メルファリアは汗をかくような運動を好まないが、乗船してからは良くリサと連れ立って船内をあちらこちらと散策して巡っていた。そのリサが不在でも、アリスがいれば警護の任務は充分に務まる。そもそも最上級クルーザーであるグロリアステラの船内なので、既にリスクはかなり限定的だ。


 軽く身支度を整えて扉を開け、宇宙船内にしては規格外に広い通路を歩きだすと、メルファリアはエレベーターを使わずあえて階段を選んでいつもの道順をゆっくりと進み、自然にアリスは横に並ぶ。


「宣伝文句通り、思いのほか寛げそうな船内空間ですね。案内表示がほとんどないのが意外でした」

「アリスさんはそこに気が付かれるのですね。それも演出のひとつなのですよ」

 どこからともなく会話は生まれ、二人はそぞろに歩きながら笑顔を交わした。


 通路はいま摂氏二十度ほどにコントロールされていて、メルファリアは花柄のあしらわれたワンピースに白のカーディガンを羽織る、いわば春の装いだ。天井まではかなり高さがあり、所々に幾つかの階層を貫く吹き抜けがあり、それなりに大きな樹木も植えられていて、中にはちょうど花の咲いている草木もある。


 二人は特段の目当ても無く地方都市の街角のような雰囲気に作られた船内を廻り、メルファリアがグロリアステラについて語るのに、アリスは相槌を打ちながらぴったりと歩調を合わせた。


 この豪華客船の船内は、乗客に開放されている部分だけでも上下に十層ほどもあり、前後左右と掛け合わせると、散歩のできる範囲は思いのほか広い。メルファリアは有名人だが、その広さのおかげで千人ほどの他の賓客たちとも頻繁に出会うことはない。彼らは、それぞれにお気に入りの場所を見つけて寛ぐようで、散策の折に同じ場所では同じ人を見かける、というような事になる。


 そして今日も、船内を前後に貫く広い通路を自室へ戻ろうとする途中で、今までにも幾度か見かけたことのある黒髪の青年と、宇宙船内とは思えないほどの距離を置いてすれ違った。隣で一緒に歩くのがリサでない今日は、いつもとは心境もわずかに違うようで、メルファリアは何となく、その青年の姿を無意識のうちにちらりと目で追った。


 その青年はたしか、一人の時もあれば、アジア系の美女と連れ立っている時もあった、と思う。体格も年齢もレオンと同じくらいと見え、御多分に漏れずどこかの良家の子息でもあろう。


 パーティーで話をさせて頂いた客達とは船内で時々すれ違うこともあり、時には挨拶だけでなく立ち止まって会話をすることもある。ただ、メルファリアの方から話しかけることは稀で、普段の散歩ではリサと言葉を交わすばかりの時が多い。


「メルファリア様、先程の男性客のことが随分と気になる御様子ですね?」

 少し俯いたメルファリアに、アリスが声を掛けた。

「え? ……ああ、そのように見えましたか。随分と気になると言うほどの自覚はないのですが、どうなのでしょう」


「おそらく、背格好がレオンと似ているからでは?」

 メルファリアはぴたりと立ち止まり、少し驚いた顔でアリスを見た。

 つられてアリスも立ち止まり、メルファリアと寸刻見つめ合った。


 ……。

「冗談です。お気になさらず」

「……き、きにしてなどいませんけど」


気にしてなどいませんよ。

ええ、気にしていませんとも。


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