15.最上級のショールーム
人は、希少な物ほど余計に欲しがります。
限定、と言われるとなぜか欲しくなる、
……ってのは私だけじゃないはずだ。たぶん。
初めてづくしの惑星ノアは、些細な不手際などは散見されたものの終始穏やかに時間は過ぎて、もてなす側ももてなされる側も心地よい疲労感と共にその日を締めくくった。晩餐会も含めてツアーは概ね好評で、VTOLに乗り込みグロリアステラへと戻る乗客たちを見送った後に、メルファリアとリサは速やかに支度を整えて後を追う。
慌ただしいところを申し訳ないとは思ったが、レオンはひとつメルファリアの許可を得て、グロリアステラとも連絡を取る。せっかく金づる、もとい賓客たちが大勢乗る船がわざわざ来てくれたのだ。この機会を逃さずノア産のマホガニー家具を売り込むべく、グロリアステラにサンプル製品を幾つか乗せてもらうことにした。
執務机、ソファ、サイドテーブル、コレクションボードなどだが、これらにメルファリアのグラフィック付きのポップを貼付して宣伝しようかと考えている。
商品の受注に関しては、寸法や装飾なども含めて、価格は応談ってことで。
「あざといですね」
レオンの考えを聞いたアリスは、なんの遠慮もなくそう評した。
「イメージ戦略って言ってくれよ」
メルファリアにとってマホガニー製の家具とは、いつも身近にあって特段意識などしない存在だ。全人類域的に見て、実はどれほど希少なものかを知識として知ってはいても、人がどれほどソレを欲しがるかまでは思いが至らないのだと思う。ここはひとつ、レオンが一般人を代表して諭してあげる必要があるのでは。
メルファリアの肖像を販売促進に使おうだなんて、他者にはできない絶対的なアドバンテージなので、ノアの財政のため、社交界における彼女の知名度とイメージはできるだけ利用させてもらおう。それで収益が上積みされるとなれば、メルファリアも無碍にはすまい。
実はもう、サンプル品は軌道ステーションに上げてあるのだ。メルファリアが滞在することになるエグゼクティブ・スペシャルスイートに使う分と共に、あとは船に乗せるだけ。グロリアステラは言わば動くショールームだ。しかも覗きに来るのは、何れもひとかたならぬ資産家ばかり。
メルファリアの取締役としての権威を利用して、ゆくゆくは姉妹船のグラムホルンにも載せてもらおうかと思っている。でもそれは、今のところ惑星ノアに実店舗を構えても仕方ない、というのが根本的な理由ではあるが。
ご注文はS&P社まで、よろしくお願いします。
§
メルファリア達がグロリアステラへと乗船すると、レオンはデニス船長たちと共にアストレイアに乗り込み、プロミオンを従えて大気圏外へと速やかに上がった。グロリアステラのスペシャルスイートを堪能するのはメルファリアとリサだけで、レオン達はアストレイアとプロミオンで付かず離れずの護衛任務を遂行する。
プロミオンはともかくアストレイアも同行するのは、メルファリア達が次の寄港地から惑星ノアへと変える際に使うことになるためだ。
そのアストレイアのブリッジには、レオンとアリスの座るべき席が用意されているが、アストレイアの指揮や操船には何ら関与しない二人は、戦闘行動時以外は主に船長の話し相手である。
「レオン君、襲撃予告は海賊の仕業だと思うかね?」
「うーん、そこが良く分からないところなんです。たとえば、襲撃するのは海賊の仕事としても、それを指図した者が別に存在するような……」
デニス船長の問いかけに、レオンは明確な答えを提示できなかった。
「うむ。本当にグロリアステラを襲撃する気があるのか、やはり疑問だな」
デニス船長も事は単純ではないと考えていて、宇宙軍司令部に、というよりもローレンス総司令に対して、できるだけの情報を提供してもらえるよう求めているところなのだそうだ。
「総司令からは、データは全部やるが極秘だから覚悟しろ、と改めて言われたよ。私は言わずもがな、どこまでもランツフォートの利益に沿う所存だが、レオン君はどうする?」
「覚悟はできています」
総司令が、愛する妹の乗艦を任せているロナルド・デニス対して改めて覚悟を迫るのは、秘匿性の高い情報が含まれているという事だろう。一方レオンは、既にラーグリフがらみでランツフォート家の者しか知らない情報をも知ってしまっていて、もはや抜け出せないほどに足を踏み入れている自覚がある。
「データはプロミオンにも頂いて、こちらでもMAYAに解析させます」
「うむ分かった。では、そうしてくれ」
わざわざ犯行予告を行うくらいだから襲撃はあるのか、それとも最初から警備体制全体に対する攪乱が目的なのか。もともと、S&P社の最上級旅客船であるグロリアステラは、その余裕ある船体に自衛のための装備をも載せている。外観を損なわないように埋設型とした対艦砲門だけでなく、普段は格納庫に収められている艦載型のガンシップもある。
ガンシップというのは、噴射型の推進機とバッテリーで稼働する近距離戦闘機タイプとは違い、小型ながらもバニシングリアクタを搭載してベクターコイルで推進し、エネルギービームによる砲撃戦闘を可能とした舟艇を指す。
小型の船体故に搭載砲数は少ないが、その出力は外洋型駆逐艦の艦載砲に並び、海賊にとっても到底侮れるものではない。この六隻のガンシップが適切にフォーメーションを組めば、例えばプロミオンであっても容易に近づくことはできまい。
これらの装備は安全性を声高にアピールするために公にされており、襲撃を目論む者たちが知らないはずもないが、それでもなお予告は行われていて、それへの対策として今回はアストレイアとプロミオンという二隻の巡航艦が護衛についた。もはや、伝説の大海賊wでもない限り、いまさら襲撃は難しいんじゃないかと思う。
そもそも、そんな奴が存在するならば、ではあるが。
§
約千名の賓客を乗せて、今回は特別に二隻の巡航艦を護衛に従えたうえで、豪華客船グロリアステラは次の寄港地を目指す。それまでの間、航路の途中での観覧地点は予定にない。惑星ノアへ寄港したこと自体が初めてでもあり、その途中にある観光資源の開発はまだまだこれからだ。もっとも、今回に限っては、寄り道をしないのは護衛の為には都合が良い。
星系間宇宙船による船旅は多くの日数を費やすものなので、客船には様々なサービスが載せられる。本来、宇宙船は占有空間と質量にシビアだが、贅沢な時を過ごすことが目的のクルーズ船の場合には様相が異なる。長期間過ごすことになるからこそ、賓客たちの目にする或いは手に触れる範囲においては相応の質感が求められる。
例えば床に敷かれる絨毯ですら、通常の邸宅に用いられるものと同じ材質や厚みのものが採用され、踏みしめる感触すら吟味されている。グロリアステラに至っては、わざわざピザを焼くための大きく重い石窯さえも載せていることはご存知の通り。
また、プールやテニスコート、シアタールームなどの遊興施設ばかりでなく、紳士淑女が好みそうな宝飾や被服を仕立てる店舗も揃い、長い船旅のあいだを飽きさせないよう、普段の生活を彩るものまで様々に用意されている。
そんな店舗エリアの一画に、惑星ノアへの寄港の後からはノア産木工家具のショールームが開設された。基本的に受注生産であり、生産キャパシティも今のところはかなり限定的だし、専門家をコンシェルジュとして配置するでもない、いわば仮設店舗の状態だが。
それでも、大型船とはいえ所詮船の中なので、長く乗船している人たちにとってはその変化そのものが新鮮に感じられるようで。オーナーであるメルファリアが乗船している話題性もあってか、足を運んでくれる人は老若男女を問わずに多かった。
メルファリアが、紳士淑女たちとのふとした会話の中で「わたくしが使用しているものと同じものです」と口を滑らせたシンプルなデザインのサイドテーブルには、あっという間に三十件以上のオーダーが入った。してやったり。
マホガニーの家具を求めるような御得意様たちのことを考えると、いずれは楽器などの製作販売もアリかもしれない。木材資源の大量消費ではない有効利用と、伝統や芸術の継承と、それから惑星ノアのイメージアップにも貢献できそうだ。
惑星ノアで継続的に働いてくれる職人さんが見つかると良いな、と思う。
可住惑星が増えて、増えた人口以上の食糧生産能力をも手に入れて一息ついた人類だが、思うように増やせなかったものもあり、それが所謂化石燃料と言われるものや、生育条件の難しい自然生産物などである。
代表的な例を挙げれば、赤珊瑚などは、鉱物として採取できる金や宝石類よりも遥かに希少であるために非常に高価だ。そして良質なマホガニー材もまた、未だに産出量の少ない銘木として珍重されている。
幸運にも惑星ノアでこの銘木が育つのは、その徹底的に地球に似せた環境構築のたまものだろう、とレオンは認識している。たとえ規模は小さくとも産業として活動しつつ、木工職人を維持して大事に、そして継続的に育てたい。木材資源のままでの輸出は行わず、必ず付加価値をつけるよう、そこは声を大にしてメルファさんに伝えようと思う。
サンゴ礁の育成には時間が掛かります。
ノアでもまだまだこれからです。




