14.博物館の惑星(2)
おしゃれは我慢、なんて言葉もありますが、
着飾ってパーティーに臨むのは結構大変なんですよね。
おいしそうな料理が並んでいても口にできなかったり、なんてことも。
そよ風と共に優しくピアノの音色が流れる中、賓客の並み居る華やかなパーティーの中心には、瀟洒なドレスを見事に着こなすメルファリアがいた。この場に居合わせるのはいずれ劣らぬ名士や社交界の華ばかりであるのに、シンプルな装いのメルファリアこそがあらゆる視線を集めて輝いていた。
「この度は、次の寄港地までではありますが、わたくしも皆様とご一緒させて頂くことになりました」
「おお……」
その言葉から、ささやか以上のサプライズが、波紋のように周りに広がる。
「まあ。では、たくさんお話をさせて頂く機会がありますのね」
「なんという僥倖でありましょう。今回の船旅は素晴らしいものになりますな」
もしもお近づきになれたならば、と男性ならずとも色めき立つ様子が、少し離れたレオンにまで伝わってきた。
自分の事でもないのに、なんとなく誇らしさまで感じて頬が緩む。
「まぶしいね……」
彼女は強く輝く存在で、まさに太陽のようにあらゆるものを惹きつける、と思えた。
§
本意ではないながら、レオンにとっても社交界デビューとなる今回は、メルファリアに勧められてスタイリストの世話になることになった。専用の控室をあてがわれ、大きな鏡の前に座して化粧を施され、眉を整え、着こなしや立ち居振る舞いの指導を受けた。その数時間に及ぶ下準備を経て、パーティーとは大変な戦場でもあるのだと認識を新たにして、レオンはそれなりに見栄えを整えることができた。
「まあまあ(↑)、よくもまあ上手いこと化けたものですわね?」
リサがわざとらしく扇子で口許を隠しながらも、充分に聞こえる音量で感想を述べた。
そう毒づくリサだって、なかなかに可愛らしく仕上がってはいる。髪を束ねる装飾も煌びやかなものを選んでいるし、宝石のはめ込まれたイヤリングも付けている。どこぞの御子息にアピールするわけではないから胸元を強調したりはしないが、纏うドレスも晩餐会用のものだ。こんな時にこそパッドを外せばいいのにと思うが、それはあまり目立たないようにとの配慮なのかも。
居合わせたアリスは必要以上と思えるほどにレオンに近づいて、その目を見開いた。
「なるほどなあるほど、ぱっと見の印象はこんなにも変化するものなのですね。これは大変に興味深いことです」
心の底から興味深そうに、レオンの顔を様々な角度から眺めまわすものだから、なんだかこそばゆい。せっかくの化粧が摩耗するんじゃないかと思えた。
「儀体への適用のためにも、高解像度で記録しておきますね」
「近い、ってば」
そんなアリスはといえば、いつも通りのいで立ちのまま。UV対策のベースメイクのみでリップすら付けないし、装飾品もなんら身に着けない。唯一ガラス玉の付いたカンザシなるもので、艶やかな黒髪を丸くまとめている。でもまあ、ばっちりメイクなどしようものなら、ただでさえ整った顔立ちが目立ちすぎるかもしれない。
それに服装だっていつものUN制服だ。髪をアップにして目立たぬようインフォグラスを掛けた姿は、遠目には警備員のようで、実際のところ飲食もしないアリスは会場内を自由に歩き回るためにも、警備員然としていた方が良いだろう。眼鏡のフレームは黒色で、レンズはミラーコートだ。
レオンは白いシルクの手袋をつけ、警護役の証となる短剣を正装の腰に提げて準備を整えた。せっかくの指導の甲斐あって、レオンは以前よりも幾分か洗練された身のこなしでもってメルファリアの手を引く。
「では、参りましょうか」
その指導の成果に満足したものか、メルファリアは笑顔で手を引かれて会場へと通じる扉に向かったのだった。
§
夕焼けが闇に溶けるように消えて、小さめの月が満天の星空と共に自己主張を始めると、給仕たちがかいがいしく働いて各テーブルには彩りが加えられた。そこかしこで談笑の花が咲き、お互いを褒め合うことに忙しくなるパーティーの最中にあって、メルファリアに話しかけた者たちの中に一人だけ、彼女の容姿や振る舞いについて誉め言葉を口にしない男がいた。
それは後から気づいたことで、その時はとにかく他の者たちとは少し口にする言葉の色が違っている、と感じたのだ。
「美しい星ですね。見られなくなる前に、見ることができて嬉しいです」
形式的な挨拶を交わし終えてから、メルファリアはその時ふと気になった。
(見られなくなる前にとは……、何かしらの事情が御有り、なのかもしれませんね)
ただし、余計な詮索はマナー違反だ。ともあれ、喜んで頂けたのならば何よりだろう。
そのすぐ後に、ひととき挨拶の列をなす人が途切れ、メルファリアはふとレオンを探して視線を巡らせた。そしてその仕草に気が付いて、傍に控えるリサがレオンの所在を指し示す。
「姫様、あれを」
二人が送った視線の先で、レオンは今、様々に着飾った多数の淑女に囲まれて賑やかに談笑している真っ最中だった。「まあすごい」とか「さすがは騎士さま」などといった言葉が躍っている。これはどうやらスピンクスによる喧伝の効果らしく、噂にはたいそう尾ひれが付いて立派に独り歩きしている様子。
抑止力としてのレオンには、巷に広く伝聞されているのが過剰過飾な活躍劇だったとしても、それを無碍に否定するわけにもいかない。そもそもそれは、こちらからスピンクスにお願いしたことでもあるから。
この時、メルファリアには、少し離れたところから聞こえてくる貴婦人たちの話し声が、やけにうるさいものに感じられた。人の話し声というよりも、それはまるで街中にあふれる雑音の類か、もしくは目障りに飛び回る虫の羽音のような。
それを読み取ったものか、リサが横合いからメルファリアをつついて言葉を添える。
「姫様、御覧下さい、あの緩んだ顔を。仕置が必要ではありませんか?」
「……ええ、そうね」
更には、主従の二人がレオンを窺いながら話しているのを見て、その会話にアリスが加わってきた。
「おしおき、ですか。……では、切り落としましょうか?」
目の前で、右手でハサミを真似たジェスチャーをするアリスの顔は割とマジだった。それは、さすがのリサも頷くのをためらうくらいに。
メルファリアにも、見つめてくるアリスの本気度がひんやりと伝わってきた。
「コホン。……まあ、今日のところは大目に見てあげましょう」
大目に見てほしいですね。




