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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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13.博物館の惑星(1)

ねずみーランドとか、植物園とか、箱庭的なの大好きなんです。

某ワールドスクエアとかも。


でも、惑星一個丸ごとってのは、それはもう箱庭とは言わないかもしれませんね。


 アストレイアに先導されて、豪華客船グロリアステラは惑星ノアの軌道ステーションにゆっくりと近づく。各所に赤と紺色のあしらわれた純白の船体が、淡いシャンパンピンクを基調とするアストレイアと共に、ゆるやかな弧を描きながら接舷バースへと誘導される。


 惑星ノアは若い太陽に照らし出されて青く輝き、その中で大地と海とそれをまだらに覆う雲とがせめぎあっていた。船窓から直接遠望する者も、スクリーンに大写しになる姿を見る者も、まるで宝石を眺めるように見惚れる者が多かった。これから行われるオプショナルツアーへの期待が高まるように、乗客が見慣れる前に角度を変えつつ港へ船体が収まるよう、露出時間は周到に計算されているようだ。



 彼ら賓客は軌道ステーションで一旦グロリアステラを下船し、このツアーの為に特別にあつらえたVTOLに分乗する。軌道ステーションと地上とを行き来するだけの単なる垂直離着陸機ではなく、観覧客に快適な時間を過ごしてもらうよう様々な機能が盛り込まれた、惑星ノア用の特別製だ。


 複数機用意された各VTOLはそれぞれに設定された別々の遊覧ルートに沿って惑星ノアの上空から地上すれすれまでを縦横に行き交って、まだ名のない山河を含む景色を次から次へと披露することになる。遊覧用のこれらVTOLは、レオンが初めてこの惑星を訪れた際に体験した雑な揺れなど微塵もない高品位な機体で、外周すべてが透過壁となって各乗客の求めに応じ、説明表示や拡大表示もこなす。


 普通の博物館であればガラスケースなどに文化財や貴重品を収めて観覧客が中を覗くが、ここではガラスケースの中から見る外周すべてが見どころの、いわば惑星丸ごとの自然環境博物館ということだ。



 各機はそれぞれメルファリアとレオンが考案したシナリオに沿って、惑星上の各地へと散らばり行く。


 標高一万メートルを超えて切り立つ岩山を真横から眺望し、次にはマグマの流れ出す活火山を真上から覗き見る。数百メートルもの横幅で流れ落ちる巨大な滝には濡れないままに近づき、他島海域では島ごとの風景の変化をゆっくり見比べながら、快適な機内で食事を頂く。


 低緯度の海上で渦巻く台風の目を上から観察したり、移動距離を稼いで一日のうちに様々な季節の風景を眺めたり。或いは、綺麗な夕日を眺められる場所を求めてどこまでも移動したり。大きな鳥たちの編隊飛行にニアミスを起こすほど近づくことも出来れば、海面すれすれでイルカの群れと並走したりもできる。


 VTOLは基本的に内蔵されたベクターコイルで飛び、周囲に騒音をまき散らしたりはしないので、運が良ければホエールウォッチングなども可能だ。


 空中を自由自在に飛び回るVTOLに驚いた類人猿が、亜熱帯の樹木から滑り落ちるなんて場面もあった。

「もしかしたらアレが、百万年後には我ら人類にとって代わるのかもな」


 もしかしたら付近の洞穴内に、未確認飛行物体を描いた稚拙な壁画が残されることになるかもしれない。乗客の誰かがふと口にしたことも、荒唐無稽とは言い切れない。


 胸熱。


 それら様々な情景は、宇宙の絶景に比べればスケールは随分小さくなるが、むしろ人間が広がりや奥行きを感じるにはちょうど良い尺度ともいえる。百年程度の年月ではまだ植生が乏しい所もあるが、全体を通してみれば概ねその見ごたえには満足して頂けたようだ。


 半日ほどもめまぐるしく変化する風景の中で優しく揺られた観客たちは、ツアーの最後についに惑星ノアの地上へと降り立つ。そこはこの星の中で唯一地上ステーションの設置された大きな島に建つ真新しい宿泊施設で、空は綺麗に晴れ渡り、時間帯はちょうど夕暮れ時であった。


 §


 大地を踏みしめた賓客たちが、真新しいゲストハウスを俄然として賑やかに彩ると、ホストの中にもまだ慣れぬ者が散見されるうちに陽は落ちて、幾つものホールと中庭を会場にした晩さん会が催された。


 奏でるオーケストラはグロリアステラでのメンバーと同じではあるけれど、広くどこまでも解放された会場での演奏は、また違った音色を響かせて皆を魅了する。映像ではない本物の星空や、ライトアップされた大きな噴水のダイナミックな動きも幻想的で、そして何よりその中庭を吹き抜けるそよ風が、宇宙船内では味わえない穏やかな心地よさをもたらしていた。


 室内会場では随所に大型スクリーンが設置されて、VTOLから眺めたこの星の風景が絶え間なく映し出されており、皆は遊覧飛行での感動を肴に談笑しつつ喉を潤している。そしてこれは重要なことだが、この場には晩さん会そのものや参加者に対する取材又は撮影などを行う者は存在しない。


 皆が寛ぐためには不可欠な事柄であり、取材陣の入国は基本的に許されないばかりか、個人的な情報発信にも制限が掛けられている。これはメルファリアが拘りたいポイントでもあるのだ。


 誠に申し訳ないが、スピンクスの面々も軌道ステーション内の許可されたエリア以外は自由に歩くことが出来ない。これはセキュリティやプライバシーの面だけでなく、実際に来訪した者しか味わえない、そういったプレミアム性の演出をも含めた措置となっている。



 とあるテーブルで、身長はレオンと同じくらいであろうか、艶のある黒髪にやや鋭い目つきをした青年が、隣りに寄り添う女に声を掛けた。

「美しい星だな。これが自分のものでないとは、何とも腹立たしい」

 穏やかでない言葉の主の視線は、中庭の薄暗がりを向いたままだ。


 女もまた、男に顔を向けようとはせずに会場の一角に視線を泳がせたまま。

「自分のものでないことを腹立たしい、とされるのは理解できませんが。わたくしたち、考え方はまるで違うとしても、目先の目的は一致するのですから興味深いですわね」


 女はスリムな肢体を強調するかのような、所謂アジア系の裾の長いドレスを纏っていた。ドレス自体の装飾はシンプルで、それゆえにプロポーションが強調される。

「ほら、今夜の主役がいらっしゃったわ」


 女が小さく指をさした先には、この晩さん会会場へと開いた大きな両開きの扉から歩み入り、今まさに笑顔を振りまこうとするメルファリアの正装した姿があった。これまたランツフォート家護衛役の正装を着込んだ騎士レオンに手を引かれて、会場に姿を現したところだ。


 黒髪の男の眼は、二人を視界に認めると更に鋭く、そして薄暗く光った。

「……腹立たしい」

「ふふ。だからといって、ここで問題は起こさないで下さいまし」


 女の手が男の肩を軽くたたき、すらりと伸びた脚はいまや会場中の注目を集める二人へと、ゆっくりと踏み出した。

「ちっ」

 男は、女には頭が上がらない様子であったが、一人になると感情を覆い隠すように表情を整えて、こちらもまた歓談の中へと紛れていった。


実は地球も箱庭なんですよ、なんてね。

この宇宙のたった一つの奇跡、ってよりよほど可能性がありそうな気がするんですがね。


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