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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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12.豪奢な標的

人類の歴史が進むほどにね、貧富の格差ってのは広がっていくんだと思いますよ。

ランツフォート家なんてのは富める者の最たるものです。

でもまあ、ベースアップが出来ていれば良いんだと思いますね。


 惑星ノアの軌道ステーションでは、あらかじめ明確に区分けをしたうえで、旅客用ターミナルの整備が急ピッチで進められた。グロリアステラの大きさに合わせた係留ドックと共にラウンジなどの設備と警備体制を構築し、一方で地上においてはゲストハウスとその周辺まではなんとか準備を間に合わせることが出来た。


 そしていよいよ、星系内に豪華客船をお迎えしようというところで、面倒事が持ち上がった。


 グロリアステラに対する襲撃予告が、S&P社に届いたのだ。

 場所や日時を指定するわけでもなく、ただ豪華客船を名指しして。



 ランツフォート宇宙軍が監視を強化している他の宙域でも襲撃予告は散見されていたが、それらはむしろ監視の目をかく乱するためであるかのように、海賊どもは予告などに頓着せずに振舞っていた。だから、グロリアステラに対する襲撃予告も本物かどうかは分からない。


 牽制目的やいたずら程度の可能性も無いわけではないが、今回は運行するS&P社宛で届いたという事もあり、やはり無視はできないし、そして慎重に分析するだけの時間もなかった。つまるところ、当座の対応はアルラト星系で何とかしなくてはならないのだ。


 そこで、惑星ノアに賓客をお迎えする記念すべき第一号でもあるので、大事をとってアストレイアが出向き、丁重にグロリアステラの水先案内を務めることとなった。

 客船側からの見栄えを考慮してプロミオンではなくてアストレイアを向かわせたわけだが、その流麗な船が優雅に飛翔する様は想定以上に豪華客船の乗客には好評だった。


「船長、出迎えに感謝の意と、それから、良く見えるようにもっと近くを飛んでくれ、って要望があるそうです」

「暢気なものですね」

 操舵桿を握るミッカが、ため息をひとつついてからデニス船長にそう伝えた。


「まあ、乗客たちには暢気でいてもらうことが今回のミッションだからな」

 デニス船長は落ち着いたまま、要望を叶えるようにミッカに指示を出して、次いでグロリアステラの無事を知らせる定型文をメルファリアに送った。出迎えにメルファリアは同乗しておらず、彼女は軌道ステーションにて最終チェックに専念しているところだった。



 §


 一方、軌道ステーションのS&P社オフィスでは、とりあえず豪華客船の無事を確認し、メルファリア達は今後の対応を検討する。

「ひとまず無事であることが確認できましたが……、困りましたね」

「あの船は有名ですし、ましてや名のある人士ばかりが乗っているはずですから。放ってはおけませんね」


 まずはこの星系に無事迎えることが出来たが、ツアーのあと、惑星ノアから去り次の寄港地までの間にグロリアステラをどう守るか。昨今の治安維持対策もあり、ランツフォート宇宙軍は全体的に忙しいし、そもそも今から護衛の派遣を依頼しても、グロリアステラの旅程には到底間に合わない。


 そして、アストレイアはメルファリアの執務室を兼ねることもあり、星系内での出迎えならまだしも、基本的に外征するための戦力として扱うものではない。つまりは動かせるとすればプロミオンしかないが、グロリアステラを護衛して次の寄港地まで従うとなると、それなりに長い間、護衛官レオンと共に不在となってしまう。


 建前を抜きにしても、レオンとしてはそんなに長い間メルファさんのそばを離れるだなんて、嫌なのですよ。

「さすがにそれはまずいです。いけません。困ります」


 船旅そのものが目的である大型客船に従っての航行となると、それはかなりの日数となるだろう。それに、船旅客に対して不安を与えるような行為は、できるだけ避けたいところでもある。


「そうですねぇ……わかりました。では、こうしましょう!」

 メルファリアが、ぽんと両手を叩いて声のトーンを上げる。

 至って朗らかに、まるでどこかのシチュエーション・コメディのような言い方だった。


「次の寄港地まで、わたくしもグロリアステラの乗客となりましょう。そうすれば、わたくしの護衛とグロリアステラの護衛をいっぺんにこなせます。……どうでしょう?」

 どちらも重要であるなら、ひとつにまとめてしまえ、と。


 たしかに、それなら豪華客船に対して厳重な警戒態勢を構築する理由になり、他の乗客には不安を与えずに済む。それに、自分の会社の船ならば、ある程度の執務もこなせるだろう。

「まあ、それは名案ですわ、姫様!」

 リサは小躍りして、というか踊り出した。軽やかにステップを踏んで、くるくると回ってポーズをとった。


「一区間とはいえ、グロリアステラでの船旅だなんて素敵ですわね」

 メルファリアが船上の人となれば、身の回りの世話をするリサも、自動的に同じ豪華客船の乗客となる。ノアで過ごすよりも刺激的だろうな、とはレオンも思うし、護衛対象が一つにまとまるのは解決策としてアリかもしれない。


 今は、この初めてのサイトシーイング・ツアーを無事に成功させることはとても重要で、それは今後の惑星ノアへのイメージを形成する上での、前向きなきっかけにしなければならない。

「良いですね。それで行きましょう」



 メルファリアが一区間だけ乗船することはこうして決まり、付き従う護衛官レオンはツアー後の対応などのために、にわかに忙しくなった。ちょうどメルファリアを通じて依頼をしておいた観測機器の第一陣が届いており、登録と調整を行ってラーグリフに積み込もうとしていたが、時間的な余裕がなくなってしまった。


 そこで今回はラーグリフに積まず、アルラト星系内で惑星ノアに近い軌道に滞留しておくようにばら撒いて、ラーグリフにリンクする設定だけで済ますことにした。

「設定だけして、あとで帰ってきたら回収しよう」

 背中を向けていたアリスが何をしているかなど頓着せずに、レオンはそう話しかけた。


「むしろそのまま、星系内に散りばめておいても良いんじゃないですか? 積み込むのは第二陣以降で良いかと」

 振り向いたアリスが、わざとらしくインフォグラスを人差し指でくい、と持ち上げた。

「……ん?」

 いつの間に眼鏡をかけた?


 言葉が出かかったが、敢えてツッコむ愚を犯さずにレオンは平静を貫いた。

「ああ、そうだな。そうしよ……う?」

 ……。

 ふと見直すと、アリスの掛けるインフォグラスのフレームが、鮮やかな赤色に変わっていた。


「ほほう。レオンは赤色の方がお好みですか、そうですか」

 いかにもしてやったりというように、アリスはにやりと笑った。

「いやその、なんていうか、早業?」

「いいえ。フレームの色を自由に変えられるのが、トレンドだそうですよ」


 しばしばトレンドというものは、必要十分な機能性能の外側にある。


 まあガジェットのトレンドなどどうでも良いことだが、なんかちょっと悔しい。黒髪のアリスに赤いフレームが映えるのは間違いないし、なかなか似合うとも思うけど、いちいち反応を探られるのは正直めんどくさい。


 ともあれ、観測機器の第一陣八百機はそれぞれの固有番号を登録して宙域にリリースされ、惑星ノアの公転軌道からその外側にかけての宙域に適当にばら撒かれた。

「恐らく、帰って来るよりも第二陣の到着の方が早いだろうから、それらもばら撒いておこうか」

「そうですね、そもそも置いておく場所もありませんからね」


 汎用の観測機は、ラーグリフに積んで持ち運ぶにはやや大柄だが、そのぶん活動可能期間や機動力には優れているので、今回はそれが好都合だった。今後、客船を迎えることが日常になるなら、治安維持にも役立つこれらは多いに越したことはないだろう。


波乱の予感……とか、しませんね、あんまり。

嗚呼。


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