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深淵のアリス3 博物館の惑星  作者: 沢森 岳
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11.S&P社 ノアオフィス

これまでの惑星ノアは、ランツフォート家にとっても、お荷物とまではいわないものの、利益を生む存在とは見なされていませんでした。

メルファリアがどこまでやるか、兄二人は楽しみに見守っている、というところです。


 工事の進むノアの新しい軌道ステーションには、世界最大の宇宙運輸業スターズ・アンド・プログレス社のオフィスが、設計段階から既に組み込まれていた。 これは同社の新しい取締役、つまりメルファリアのためのオフィス施設と言い切って差支えない。


 メルファリアは地上のお屋敷を割と気に入っていて、あまり軌道ステーション上のオフィスを使うことを考えてはいなかったようだが、今後クルーズ船を出迎えるのであれば、使われることも多くなるだろう。


 現時点での経済活動の規模と比べると大きすぎるノアの軌道ステーションは、メルファリアの意向でまず最初に大型客船を収めるためのドックと、賓客を迎えるための付帯設備の整備が優先して進められた。


 工事の進捗を確認するため久しぶりに訪れたメルファリアは、実際に自分の目で確かめるためレオン達を引き連れて広い施設内をあちらこちらと見て回った。レオンは以前の老朽化していた軌道ステーションを利用したことがあるが、新しいステーションはまず趣からして異なり、躯体が大きいだけではなくて整然とした経路設計ひとつをとっても、使いやすさや快適性の面で大きく向上していることを感じ取った。


 かたや旧来のステーション設備は引退して、いまは近傍のラグランジュ点の一つに滞留しているが、いずれは小惑星資源の採掘基地として再利用することとしているそうだ。


 メルファリアは大きく仰ぎ見てから、うん、とひとつ頷いて笑顔になった。

「だいぶ完成に近づきましたね。これなら大丈夫でしょう」

「……といいますと?」

「はい。グロリアステラの寄港と、サイトシーイング・ツアーの実施が決まりました」


「まあ。初めてお迎えするのがグロリアステラ号ですか。素敵ですね」

 それを言うなら気が引き締まりますね、じゃないかと思うが、リサは案外肝が据わっている。


 グロリアステラとは、S&P社が所有・運航する最上級の豪華客船として、姉妹船のグラムホルンと共にその名が知れ渡っている。全長約五百メートルのクルーズ船で、千人ほどの賓客と共に、それらをもてなす乗員千人が乗り込む。大きさだけなら更に大きな客船はあるが、こと豪華さと、そこで提供されるサービスは抜きんでているというのが一般的な評価だ。


 なんといっても、二十四時間体制で賓客をもてなす為に、客数と同等数以上の乗務員が乗り込むのだから。レオンはまだ見たことがなかったが、それはリサも同じで出来ることなら覗いてみたい、などと言う。レオンもその船内の豪華さ素晴らしさがどれほどか気にはなるが、むしろどんなアームローダーを乗せているのか、のほうが気になったりして。


 §


 惑星ノアの軌道ステーションは、その一部をランツフォート宇宙軍も使用することが決まっている。恐らくはそういう名目で、軍の全面協力の下にこの巨大な軌道ステーションの建設は過去に例をみないほどの速さで進捗している。


 宇宙軍の使用予定はほんの一部分でしかないのに、ローレンス兄様はその持てる権限を最大限に利用して人・物・金を割り振ってくれているようだ。 そのローレンス兄様は、何かと理由をつけて様子見にでも来るのかと思いきや、ここしばらくは海賊対策に忙しくしているらしい。


「ラリー兄様がいちど視察に訪ねてくださるとの事でしたが、当面は延期したいと連絡を頂きました。お忙しいのでしょうね」

「ローレンス様に、ご自愛なさるようお伝えしては如何でしょうか」


 リサの言葉にメルファリアは笑顔で頷く。そのまぶしい笑顔の向こうに、レオンにはなぜかローレンス総司令の引き締まった強面が思い浮かんだ。

 ……。


 ぜひ、言葉だけではなくて、その笑顔を兄様にお伝えして下さい。微笑むホログラムムービーがベストですが、フォトメッセージだけでも喜んで頂けると思います。不必要に凄まれないで済むように、どうかよろしくお願いいたします——。



 強面の兄様が視察を延期せざるを得なくなったのは、とある宙域で行方不明だった船団のうちの一隻が、少し前に発見されたからだった。行方不明になった船団は商船四隻とそれを護衛する駆逐艦二隻の計六隻だったが、発見されたのはそのうちの、護衛の駆逐艦一隻だけだった。


 そして、その護衛艦はほとんど無傷のまま、バニシングリアクタも含めて全てのシステムが停止していた。乗組員は全員が死亡していたが、外装も、艦内にも、誰かに荒らされたような形跡がなかった。つまりそれは一見して海賊の仕業などではなくて、ましてや敵対勢力との戦闘行為の結果でもないことは明らかだった。


 しかしソフトウェアもデータも毀損しており、フライトレコーダも外観を留めたまま、データはすべて判読不能だった。乗組員の死亡状況からして、この駆逐艦は、なんら危機を察知することも無く突然に事案に遭遇したという事のようだ。だとすれば、他の船も含め船団はすべて、ほぼ同時に同様な被害に遭って連絡が途絶えたのだろう。


 その異様な状況から、駆逐艦は高エネルギーの電磁波を浴びたものとまずは推測された。

 民間船はどうかわからないが、少なくともランツフォート宇宙軍の外宇宙航行型戦闘艦艇である駆逐艦クラスは、それなりの電磁波対策は当然に施してある。


 リアクタやフライトレコーダなどは厳重にシールドされている筈だが、それを上回る高いエネルギーの電磁波によるもの、という事になるだろう。或いはシールドが電磁波の多くを遮蔽した結果高温となり、その熱が電子回路やデータを破損させたかもしれない。


 確認された状況から、司令部のAIはまず自然現象由来の電磁波による被害の可能性を提示したが、今までのところ、行方不明となった船団の航跡に影響を与え得る天体現象は確認されていない。マグネターのバーストや超新星爆発などの現象であれば、予測も観測も全くされていないというのは殆どあり得ない。


「となると、人為的なもの……なのか?」

 司令部のAIは、ランツフォート家しか知り得ないような情報も抱えていて、単なる可能性としてローレンスにのみ「それ」を示した。


「それ」は公式な記録には無いものだ。だから今のところ可能性としてだけ存在し、なおかつその数値は極めて小さい。

「完全に無視するわけにもいかんが、……まさかなあ」


 行方不明の他の船が見つかれば、もっと分かる事があるかもしれない。証拠に乏しい今の段階から検討範囲を狭めるのは、さすがにまだ早すぎる。いずれにせよ、この案件は海賊の跋扈とはまた別に考えなければいけないものだろう。金品や物品或いは人物、または自己顕示欲などの、反社会的勢力が目指すものとは方向性が違う。


 というよりも一体全体、この行為によって誰にどんなメリットが生じるというのか、にわかには思いつかない。

「さっさと海賊どもを成敗して、こちらも原因究明に取り掛からねばならんな」

 行方不明のままよりは良いとはいえ、この発見は新たな謎を提示してさらに司令部を悩ませることになった。ローレンスが惑星ノアを視察に訪れるのは、まだまだ先になりそうだ。


星系と星系を結ぶ航路の開拓と選定は、当然ながら、なるべく平穏なところを選んで結ばれます。

遠くからは綺麗に見える星雲なんて、強烈な電磁波を浴びて光っているわけで、近づくべきものじゃありません。

綺麗に見える角度から、眺めるだけにしておきましょう。


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