異世界の騎士
完璧に熟睡は出来なかった。
空がだんだん白んできた頃、うとうとと舟を漕ぐのを繰り返していると遠くの方で馴染みのない音が聞こえてきた。地面を伝って振動も近づいている。
これは車の走行音ではない、こちらに確実に近付いてくるそれはテレビでしか聞いたことのない音だ。
「蹄の音?誰か来るっ」
慌てて立ち上がり、鞄を抱き締めて幹の反対側に隠れる。
どんどん距離が縮まっているのか音は大きくなるばかりで、それに比例して心臓もうるさいくらいに早鐘を打っていた。
隠れる場所はここしかない。瞬間移動など自分の魔法で出来るか判らない。ならば少しでもと指を唇に当てた。
「霧、私を隠して」
震える唇から小さいリップ音。それと共に周囲にあっという間に真っ白な霧が立ち込めた。
自分が隠れる木の周囲五メートルくらいの範囲はこれで曇らせることができたはずである。
こちらから相手を伺うことも出来ないが、これなら向こうからこちらを見つけることも難しいだろう。
後は息を殺してやり過ごすしかない。
人に会えるのは嬉しいけれど、それがいい人達とは限らないのだ。せめて少し見極める時間が欲しい。
膝を抱えて蹲っていると馬の嘶く声がすぐ近くで聞こえた。
「なんだこれは!急に視界が悪くなったぞ」
「おい、イース気をつけろ。魔法の使い手なのかもしれない」
自然現象じゃないことがあっさりバレている。
しかし咄嗟に考えたにしては目くらましとして機能しているようだ。
「誰か!誰か居ないか!」
イースと呼ばれた人が声を張り上げている。
「我々はパルヴァイス王家からの使いの者だ!話がしたい、術を解いてくれないか!」
パルヴァイス、王家。
王様の使いがこんな草原に当てもなく現れるわけがない。
何らかの情報で、ここに何が現れたと判って朝早くから馬で駆けてきたのだろう。
極悪非道な悪逆皇帝みたいな人の使いだったらどうしようとも思ったが、最早こうなれば運任せだ。
ええい、ままよと指を振って魔法を解く。
徐々に霧が薄くなり、ゆっくりと周囲の景色が輪郭を取り戻す。声の主は馬から降りてすぐそこに立っていた。
「其方が術の主か?」
「…そう、です」
霧の中から現れたのは若い男が二人。茶色い短髪の体格のいい男と淡い金色の髪の痩せた男だった。茶色い方がおそらくイースと言うのだろう。鎧姿がいかにも騎士といった出で立ちだ。
ステータス画面を起動させると名前は当たっているようだった。金髪の方はアレンというらしい。
とにかく二人とも顔面偏差値が高い。
イケメンだ、種類の違うイケメンが居る。
職業は『パルヴァイス騎士団員』。嘘を言ってるようではない。
「驚かせて申し訳ありません、花嫁様。暗い中お一人で心細かったでしょう?」
アレンが眉を下げて言う。その優しそうな表情に少しだけ強張っていた身体が緩んだ気がした。
しかしアレンの言葉に引っ掛かりを覚える。
「あの、今私のことなんて?」
「はい?あぁ、お名前を存じ上げませんので花嫁様とお呼びしましたが」
職業が相手にバレている。
もしかしてこの人達も他人のステータス画面が見れるのだろうか。だとしたら、この世界のプライバシー設定オープンすぎる。
何と答えたものかと沈黙を続けていると、二人が困ったように顔を見合わせていた。
とりあえず言葉は通じるし、そこまで怖い人ではなさそうだ。とにかく情報が欲しいので頭を下げる。
「隠れるような真似をして申し訳ありませんでした。お怪我はされませんでしたか?」
謝罪の言葉を告げると二人は慌てふためいた様子でかぶりを振った。
「顔を上げてください、花嫁様。我々に怪我はありません!」
イースの言葉にほっとしているとアレンが地に片膝を着いた。それに続いてイースも膝を着く。
急に二人に跪かれて今度はこちらが慌てる番だった。
「貴女をお待ちしておりました、セミラウスの花嫁様。我が王が城でお待ちです。どうか我々と共にいらっしゃってください」
そう言われ、二人に見つめられる。
不謹慎だけれど高揚感が凄まじいことになっていた。
絶対これはイベントシーンだ。
朝日が差し込む美しい草原。膝を折り、まるで姫に忠誠を誓う騎士のような綺麗な男性が二人。主人公の顔は見えない角度でお願いしたい。主人公に顔が描いてあるとテンションが下がるタイプのプレイヤーなので、そこは切に。きっと音楽も素敵な物が流れ、ゲーム開始に相応しい素晴らしい一枚絵のスチルが手に入るに違いない。
今まで片手の数はその手のゲームをプレイしてきた経験があるが、ここまでいい思いはしたことがなかった。
すごい、異世界ってすごい。
「判りました。道中いくつか質問しても構いませんか?」
「もちろんです」
イースが笑顔で頷きどんと胸を叩いて見せる。それを咎めるようにアレンが視線を向けたがイースはどこ吹く風だ。
警戒心が薄いのかもしれないが、この二人は悪い人じゃないような気がする。
人を見る目は自信ないけれど、危険そうな王様だったらどうにかして逃げ出そうと決め、差し出された手を取ることにした。




