異世界へのバージンロードⅡ
目の前に広がるなんて綺麗な青空。
どこまでも続く美しい緑の草原。
そこにポツリと座るスーツに身を包んだ自分。
「はあ?」
立ち上がり辺りを見回すも、緑。とにかく緑。
「ここどこ?え?私さっきまで電車に乗ってたのに!」
眠っている間に外に放り出されるはずもない。何より外はもう深夜に近い時間で真っ暗闇だった。いやそうではない、最寄駅にこんない草原はない。いや、そうでもなくて。
現状が理解できない。
とりあえずスマホを取り出す。当然のように画面は消えていた。
「ですよねー」
がっくりと肩を落とす。
こういう状態、ファンタジー物の小説とかでよく読んだ。目が覚めると異世界でした、魔法の国でした、人外の王国でしたその他諸々。
神隠しとかそういう類なんだろうか。
何度か深呼吸してもう一度ぐるりと辺りを見回す。現状確認は大切だ。
見渡す限りは草原。辺りに建物や人影は無し。
背後には一本の立派な木が立っている。どうやらこの木を背に眠っていたらしい。
そう言えばやたら鮮明な夢を見た気がする。
「花嫁って言ってたかな、あの人」
綺麗な白い人だった。
花嫁様と呼ばれたけどもちろん結婚の予定などない。何せ先程フラれたばかりだ。
「ぐぅ」
自分でダメージを負ってしまった。ふざけてる場合ではないというのに。しっかりしなくては。
足元にあった通勤鞄の中を確認する。
財布、化粧ポーチ、ハンカチティッシュ。お弁当の空箱、書類の挟まったファイル、手帳、お茶が少し入ったタンブラー。
「あぁ!お昼の私えらい!」
封を切ってない携帯食も入っていた。これで一食分くらいお腹ももつだろう。
しかし地図もない現状で、ここから無闇に動くのは得策とは言い難い。
頬に感じる風はひやりともしていない。陽が落ちてからここがどれほど寒くなるかは想像できなかったが、突然雪が降るほど寒くなるとは思えなかった。
「とにかく情報がほしいよね」
独り言が多くなってしまうがこの際気にしないことにする。声を出してないと不安なのだ。
ただただ広いこの場所に吸い込まれて消える声だけれど音がないより幾分かマシである。
「ゲームのスチルみたいな景色なんだからメニュー画面くらいあればいいのに」
視界の下の方にメニューバーが欲しい。
出来るならアイテムとかマップとかステータスとか出てきて欲しい。
そう思っていると視界がブンッと揺らいだ。
目の前にゲームでよく見るステータス画面が広がり思わず目を丸くする。
「え?なに?なんの言葉に反応したの?え、ステータス?」
突然出現した画面。どうやら空中にステータス画面だけが浮いているようでいよいよファンタジーめいてきた。
「んーと、名前…年齢、職業『セミラウスの花嫁』…花嫁、あ!」
夢の中の言葉を思い出す。
本当に花嫁だ、それにセミラウスって何だろう。首を捻りながらそのまま下に続くHPとMPの数字は500と1500だった。
自分の知っている知識で良ければマジックポイントが高いから魔法が強いのだろうか。
そしてスキル。その字の羅列にさらに首を捻った。
「スキル『創造の口付け』『癒しの口付け』『葬いの口付け』ーーーー嫌味ですか!」
思わず叫んでしまった。
けれどこれは叫ばずにいられない。
何故キスのオンパレードなのか。喧嘩を売られているのだろうか。スキルをたくさんくれてありがとう、でもここに正座して、一発引っ叩かせて欲しい。
やり場のない怒りで地団駄を踏んでいると足元に咲いている小さな黄色い花に気がついた。
鞄で死角になっていたのだろう、危なく踏んでしまうところだった。
しゃがみこんで花にピントを合わせると、花の横に小さなウィンドウが現れる。
「おぉ…『シアリ花』。光属性なんだ」
聞いたことのない名前にやはりここは自分の暮らしていた場所ではないのだと改めて実感する。
「スキル、魔法、魔法ねー。空とか飛べるのかな」
スキルを見る限り空は飛べそうにないかもしれない。口付け、つまりはキスである。
「キスで発動するっていうことかな」
癒しは判りやすい。傷やもしかしたら病を癒せるのだろう。葬いの方は何だか物騒な気がする。何となく死へ送り出すイメージがある。
残るは創造だけれど、いまいちこれが掴めない感じがする。
夢の中の自分はたしか綺麗な水を作り出していたけれど、今も出来るのだろうか。
「ーー水よ」
人差し指を立てそっと唇に当てる。振り下ろしながら水を呼んでみた。
すると線を描くように水滴が宙を舞った。
「わあ!本当に出た、うわー」
イメージが弱かってからこのくらいの量なんだろうか。もう少し集中したら量や範囲が増やせるかもしれない。
少しわくわくしたがステータス画面のMPが少し減っていることに動きを止める。こういう物は眠れば回復するのが定石だけれど、しっかり判るまでは乱発しないで置こう。
とにかく今日はこの木の下で一夜を明かすとして、少し場を整えたかった。
魔法で火は灯せそうだけれど、草原で火事などおこしてしまっては大変だ。
ふむ、と考え足元の花を見つめる。
「光属性ねぇ」
陽が落ちて辺りがすっかり暗くなる頃、木の幹にもたれかかりながらぼんやりと夜空を見上げていた。
自分の周りは全て暗闇に呑まれているわけではない。ささやかだがスタンドライトくらいの灯りは確保していた。
昼間に見つけたシアリ花にキスをして光を灯してみたのだ。光属性の花だったから相性が良かったのかもしれない。しっかりと発光してくれたのでライトになってもらっている。
幸い日中と気温は変わらずジャケットを膝にかけても眠れそうなくらいだった。
「明日起きたら少し歩いてみよう」
今日はひたすら慌ててしまったけれど、とにかく元の世界に戻る術を探さなくてはならない。
「あと、あの白い男の子」
自分を花嫁と言ったあの人はもしかしたらこの世界に実在しているのかもしれない。
「約束したんだから、助けなきゃ」
ジャケットを胸元まで引っ張り上げ丸まって目を閉じる。次に目を開けたら電車に揺られているかもしれない。そうであったらいいのに。
そんな願いも虚しく、次の日私はまだ薄暗い早朝に遠くから聞こえる馴染みのない音で目が覚めるのだった。




