第8話 装備
弘法は筆を選ばず、という言葉があるが、おおよそ強者と呼ばれる魔法使いには実力に見合う相応の物が必要だ。
魔法使いの装備である杖やら剣やらは、魔法を発動するために使われる魔法式の器だ。強力な魔法を受け止めるためには、よりスペックの高い武装が求められた。
そして、武装する魔法の器にはコアと呼ばれる魔法発動の動力源が存在し、そこに組み込まれた式によって、器が使用できる魔法が決まる。
コアを作る際に組んでいく式のレベル、構成には難易度があって、組んだ魔法式が不細工なものなら、発動する魔法も粗く、使い手に掛かる負担も大きい。腕の良い技師が丁寧に丁寧に構成していった式は、高度に洗練された一級品となる。
とはいえ、コアに高度な魔法式―――例えば四大属性などの限定魔法の発動式を混ぜて組んだとしても、使用者である魔法使いが魔法を扱えなければ宝の持ち腐れ。高位の使い手と高性能な装備。それが揃ってこそ始めて本物の強者。
基本的に表されるスペックの単体値は上限で1000。
攻撃値:――
魔法攻撃値:――
防御値:――
魔法防御値:――
敏捷値:――
耐久値:――
魔力出力:――
それらを総合した魔法具自体のレベル値と、その他別途で備えられた魔法具固有で出される値も存在する。
全ての分野を完璧に整えることは出来ない。自分の戦い方ならば何を活かし、何に妥協するのかをよく考えて魔法具を選んでいく。
戦いは、装備を整えることから始まるのだ。
市販されている基本スペックの高い装備を購入し、コアの式構成の組み直し、器の耐久力を上げる補強及び錬成。これらは本来、改造屋や魔法技師の仕事であって、戦闘に出る普通の魔法使いはそこまでのことはしない。特に近代では、元の基本性能が高い魔法具が増えているため、あまり手を加える必要が無くなってきているのだが、E機関の《水の姫》―――六道六花は、
「魔法装備の改造マニアだからねぇ~」
装備屋の前でガラス展示された物を品定めする六花。それを見て、付き合いの長い久菜は苦笑いした。
「物はそこそこ……けどこの区画では多分一番……」
ぶつくさと呟きを漏らしながら、ようやく店を決めたのか、彼女の掛けている眼鏡が光った。
「ここにする……」
「はーい。ていうか、物以前に店を決めるだけで何時間かかってるのよ……」
六花が装備に妥協しないことは知っている。とはいえ、いくらなんでも長過ぎだ。自分の装備の改造も六花に任せきりの久菜が文句を言えた義理でもないが、待ちくたびれていた。
そうして、ようやく中へ入ると、
意外な人物がそこにいた。
「…………水嶋さん?」
「え? 六道さん……?」
先日、同じ学園の同じクラスに転校してきた魔法使い。魔法機関『アース』に所属している美少女―――水嶋和希は、この店の店長らしき中年の女性から短剣を受け取っているところだった。
「六道さん……どうしてここに?」
手に持った短剣を仕舞うことも忘れて、和希は目を丸くして問い掛ける。
「そんな意外そうな顔しなくても良いでしょ? 最前線に出る以上…………それなりの装備が必要なのは当たり前だよ……」
当然とばかりに答えを述べた六花に、和希の目はさらに大きく見開かれた。
そんな彼女の様子から久菜は察したようで、苦笑いして口を開く。
「あー、ジュリったら、この娘にわたしたちが戻ること言ってないのね……」
「まあ、あのあとバタバタしてたせいで、水嶋さんと話す時間もなかったしね……」
「………え? え? ということはもしかして、お二人とも……」
困惑気味の和希に綺麗な笑みを向けて、六道六花は、
「ええ、私と久菜は、エリア踏破の戦いに戻る……あなたたちと一緒に行くかは別だけどね……」
いたずらっ子のようにそう言った。
◇ ◇ ◇
始め説得をして断られたからか、あまりにあっさり手のひらを返した六花の言葉に和希は複雑な表情をしていたが、それでもどこかホッとした様子が見てとれたのは、それだけ前線の戦況の悪さを物語っているようだった。
すると、今度は六花の方から質問が飛ぶ。
「それで……水嶋さんはここで何を?」
「私は装備のメンテナンスです。この区画の装備屋の中で、メンテナンスまで手掛けてくれるのはここだけなので………」
鞘に納まる短剣を見せながら和希が言うと、眼鏡越しの六花の瞳が品定めをするように細くなった。
「………【白】の『メルティー・ダガー』」
口にされたのは、和希の手の中にある短剣の名前だった。
近代魔法でよく使われる『色』の魔法式の一種を組み込み、近接戦闘で式の単体高速発動に重点を置いた『メルティーシリーズ』の短剣型だ。
小型軽量のため扱いやすく、魔法式の発動をスムーズに行う点では現代の魔法装備の中で上位ランクに入る武器だが、スピードを重視した単発魔法は威力が数段劣る。
「私は主にスピードに特化したタイプの魔法使いなので、自分のスタイルに一番合った『メルティー』の装備が好きなんです……」
どこかばつの悪そうな物言いだった。
最近魔法学校を卒業したばかりの新人がかなり高スペックの装備を使用していれば、先輩魔法使いに生意気に見られることもあるのだろう。
六花ならくだらない価値観だ、と鼻で笑う。一歩間違えば死ぬかもしれない前線の戦いだ。新人だろうがなんだろうが、自分に一番合った、命を預けられる装備を使うのは最も賢い判断だといえる。
「けど、どうせメルティーが好きなら、同じタイプで刀剣型の『メルティー・ソード』とかでも良かったんじゃないの? あれなら多少のパワー不足も補って、『魔法出力』も大きく作り出せるし……」
六花の後ろから久菜が言えば、和希の表情は苦笑いに変わった。
「私はまだ駆け出しの身ですから………その、あまり値の張るものはちょっと……」
「ああ、なるほど……」
短剣には短剣の利点があるのは確かだが、質量やら外装の剛性やら、いろいろ引っくるめるとどうしても剣の方が値段が高くなる。
武装の価格は品きりだ。安いものなら新品でも十万~五十万。良質で高スペックの物なら一千万以上懸かる高級品まであった。
「『メルティーシリーズ』は《フラワー》メーカーが製造した限定品で、結構高いからねぇ。短剣型でも三百万くらいするでしょ……全く誰がこんなぼったくり品を造ったのやら……」
「………」
ニヤニヤした言葉とともに、ジトリと六花の方へ視線を流した久菜だが、我関せずという風に六花はスルーした。
「いえ、確かに値段は高いですけど、それだけの価値があってもおかしくない性能と質を持った物だと思います………」
だが和希にとってその言葉はスルー出来なかったようで、食い付くように意見する。
「綿密に計算され正確に組み込まれた魔法式の構成、高出力の魔法に耐える強固な外装の剛性、手にした誰もが手放すことを拒むようなフィーリング…………実戦に出て間もない私でも十分に伝わってきます。これを造った人が、どれだけ使い手のことを考えているのか……軽い気持ちでは使えない質感が、この武器にはあります……」
「…………」
「………………へぇ」
和希の並べる尊敬の気持ちを含んだ話に、六花は無言だったが久菜は感心の息を吐いた。
「ねぇ、水嶋さん………よかったらこれから、六花のラボに来ない?」
「………久菜」
「良いでしょ? これから同じチームで戦っていくかもしれないんだから……」
静かに目で咎める六花に、久菜はあっけからんと言う。だがもう一人、水嶋和希も遠慮があるのか、微妙な顔をしていた。
「いいからいいから! じゃ、さっさと買う物決めちゃうよ!」