第9話 ラボ
六花と久菜は、武器屋、そして道具屋で必要物資の買い物を済ませた後、和希を伴い区画整備中の街へと来ていた。
「えー、と……今回ジュリが手配した六花のラボは………」
前を先導しながら歩く久菜が手元の携帯端末で開いた地図を確認しながら、何の気無しに呟いた。
「…………今回?」
その言葉に引っ掛かりを覚えた和希は、思わず疑問符を飛ばしてしまった。
「ああ、六花の専用ラボは各区画のセーフティーエリアに点在しててね。それらは全部ジュリが管理してるのよ」
「各区画って……」
「まぁ、全部じゃないけど。確か四十箇所くらいかな……」
「四じゅっ……! それって普通の武装メーカーの開発ラボと同じくらいありますよね……」
本来、エリア踏破に乗り出す魔法使いは、武装整備のラボなど必要ない。自分は戦うことが専門。装備のことは専門の武装業者に任せておくのが通例だ。個人用のラボを持ってること事態、例を見ない。
「久菜……あまり余計なことを喋らないの………」
「はいはーい……」
六花の御咎めもあまり気にせず久菜は見えた目的地を指差した。
「あれみたいね……」
街の方から数キロ離れた区画整備中の外周部に、ポツンと建つ一軒家ほどの大きさのペナント。
六花のアームスキャナーで分厚い扉が開く。
中に入ると、現在はほとんど使われていない空気が感じられた。ここしばらくは人のいた気配が無いが、埃や汚れといった機械の敵である異物も存在しない。清潔に完備された室内は広く、十数台のCPUモニターと、点検や整備用の機械がいくつも置かれていた。
きっちりと整った管理をされているのは見た通りだが、正直、和希には何がどういう機械なのかさっぱり分からなかった。
「買ったものはもう全部届いてるし、すぐに始めるから」
言って、六花は箱詰めの荷物を開け始める。
「あーあ、時間があれば、五十区の大きな装備屋で好きなの買えたのにねぇ」
ぶつくさ言いながら六花に習う久菜は、今回の装備調達があまり納得いくものではなかったのか、少し不満顔を見せている。
とはいえ、二つの店をはしごして三千五百万円以上の買い物をしたことに変わりはなく、彼女たちの金銭感覚のイカれ具合を物語らせていた。
ちゃくちゃくと手を動かす二人を見ながら、手伝うべきかどうか迷い、完全に手持ち無沙汰で立っていた和希に六花が言葉を飛ばした。
「水嶋さんも、ダガーを出して……」
「え?」
「同じチームでやるなら、チームメンバーの装備くらい知っておかないといけないし。何より今の装備パラメーターじゃ、最前線では苦しいでしょ?」
「…………」
確かに、最前線の方へ足を運ぶようになってから魔物との戦いが急に苦しくなっていた。未踏エリアに乗り込む以上、前へ前へと進めば危険が増すのは当然で、上手く戦えないのはまだ新人魔法使いである自分が原因だと思っていたが。
「最前線の未踏エリアは、魔法使いの腕だけではどうにもならないことが多いよ。それこそ、何をどうしても敵わない反則的な魔物もいっぱいいる」
経験者―――六道六花は語る。
「生き残るのに必要なのは、自分の魔法と―――信頼できる仲間。そして、命を預けられる武器……これが無ければ、未踏エリアの進撃なんて……とても出来ないよ」
その言葉の意味は分かる。だから和希は、自身のスタイルに最も適した短剣―――【白】の『メルティー・ダガー』を手にしているのだ。
「あなたの実力だと、いくらメルティーでもノーマルじゃ心許ないだろうからね」
「そ、そんなことはないと思いますけど……」
和希は疑問符を頭に浮かべながら、腰のホルスターから短剣を引き抜いた。
白い柄から伸びる、小さく短い白刃は強靭さとしなやかさを兼ね備え、その見た目からは考えられないほどの迫力を醸し出している。
だが、
「………」
レンズの奥で、六花の瞳が鋭く細まる。
「刀身は確かに綺麗だけど……全体の剛性が所々小さな歪みを見せてる………頑丈に造ったメルティーシリーズの外装でも、前線の戦いや高位魔力の負荷に何度も耐えられる訳じゃないからね」
「パッと見ただけで、そんなことが……」
「分かるよ。こう見えても、私はこっち分野の専門だから……」
和希の手からダガーを受け取った六花は、改めてそれを品定めするように眺める。
―――【白】の『メルティー・ダガー』。
攻撃値:375
魔法攻撃値:520
防御値:170
魔法防御値:300
敏捷値:650
耐久値:110
魔力出力:450
【白】魔法適正値:330
各数値の最大値が1000であるとはいえ、総合バランスを見ればかなり整った数値を示している。武装改造によって手を入れていないノーマルの装備で、このレベルの数値を見せるものはあまりない。
当然だ。これが、《フラワー》メーカーの『メルティーシリーズ』。
(まぁ、こういう風に造ったからね……)
頭の中に浮かび上がった数値に、六花は考察する。
(……けど、やっぱり耐久値が極端に低くなってる)
メルティーシリーズが高価で売られている理由の一つに、外装の製造で使われている特殊合金がある。現代の金属物資の中でも、魔導区画支柱区でしか採れないとされる特別な魔法金属―――《メルトクロム》。これを熔解し、本来の刀剣の魔法装備製作で使用する魔鉄に混ぜて魔法により固めていく。そうして出来る刀剣は、他で出回っている刀剣装備に比べて約三倍以上の強度になる。
だが、物は所詮―――剣。どんなに頑丈な物を造っても、僅かな亀裂や微妙な歪みから、武装パラメーター上の耐久値は減っていく。そしてその亀裂や歪みを作ってしまうのは、他ならぬ使い手―――魔法使い自身である。
魔法の技術が上がる。
魔法の威力が上がる。
そうやって魔法使いが強くなっていけば、まず辿り着くのは装備の外装剛性。市販された装備は、基本型と呼ばれるごく通常の外装ラインであり、使い手の使用方法を考慮した専用アイテムにはなっていない。故に、僅かな波長のズレからくる装備への負荷は、蓄積されれば破損へと繋がっていく。
エリア踏破の中に起こる窮地の際に、武器が壊れる。それがどれほど恐ろしく、危険なことか、経験して始めて知る者も少なくない。そして、そういった者たちは必ずと言っていいほど、この安全地帯には帰ってこなかった。
「そうならないために、どんな些細なことも見逃さず、丁寧に内部の魔法式や外部の器を造り込んでいくんだよ」
六花の話を聞き終えて、和希の表情は戦闘時のような真剣さと、気負いある固さをチラチラと見せていた。
和希はまだまだ、魔法使いとしては新人だ。知らぬこと、理解できないことも多いだろう。それでも今、言葉の意味を少しでも感じ取ってくれるなら、六花はそれで良かった。
どんなに言葉を並べても、たった一回の戦闘で得られる経験ほど身になるものはない。彼女が育っていくのはこれからなのだから。
「姫さまー、どれからやるの?」
二人が話してる間に荷ほどきを全て終えたのか、久菜がこちらに寄ってきた。
「そういえば、お二人の装備は………」
「ん? 買うとこ見てなかった? 取り敢えず、今回の私の装備はこれ……」
と、久菜が掲げたのは、彼女の背丈より遥かに長い、おおよそ二メートルにも届く仙人が持つような杖だった。
先端に取り付けられている水晶玉のように大きな魔法石。武器の核であるコアだ。独特に乱反射して輝く翡翠色は、この武器の特徴。
和希はその目を見開いた。
「杖型の『【SSR】04――シャトールブリエ』……」
定価で八百万近くの値がつく《フラワー》メーカーの傑作『【SSR】シリーズ』の高性能魔法装備。和希はこれを、雑誌のカタログ以外で見たのは始めてだった。というか、買う人を見るのが始めてだった。
実際に使用している魔法使いも少なからずいるだろうが、それでも現物をお目にかかれる機会は早々ない。
「ちなみに、六花の装備は刀剣/チョーカー連結型シングルブースト仕様『【SSR】03――エクセルトアルファ』」
しかも、それが二つ。さも当然のように二人は手にしている。
何というか、もはや常識と世界観が違う。どうやら自分は来るところを間違えたようだ、と和希は頭を抱えた。




